西の端
そこはもう、”船越英一郎”が似合いそうな素敵な風景な場所
海の上には監視の船なのだろう、目視で数えるのが面倒になるくらいたくさん見受けられる
なるほど、海上からの脱出は無理ってことね。まあ対岸の陸地も見えないから、泳ぐのは当然無理なんだろうけども
先に出発したはずの安理の姿は見えなかったことにちょっと樋口は驚いていたが、やがてすぐ草むらをかき分ける音が聞こえた
半分期待、半分警戒しつつ樋口は様子を伺っていると
そこから現れたのは和屋だった
息を切らしながら姿を見せた和屋は、樋口と同じように安理がいないことに戸惑いの様子を隠せない
「あれ、樋口くん一人?」
和屋がそう声をかけると、樋口はとりあえず頷いてみせる
30分も前に出発している安理がまだここに来ていない事実
もしかしたら何かに巻き込まれたのかも、という嫌な予感も頭に過った樋口だったが、どうやら和屋の考えは違うようだった
「王子(安理のこと)なら、もしかしたら...逆のほうに向かったんじゃないか?」
方向音痴を揶揄する和屋だったが、確かにそれは否めないかもと樋口は内心思ってしまった
「まあ、もうちょっと待とうぜ。焦って動いてもなんもいいことはないし」
樋口はそう言って、ちょっと大きめな石に腰かける
それで和屋もその隣の草が茂ってない地面に腰を下ろすと、ふぅと息を大きく吐いた
そしておもむろにポケットから何かを取り出すと、グイっと一口飲み始める
樋口がふとそれを見ると、赤い缶のそれは”本麒麟”だったのだからもうタチが悪い
「いやぁ、プログラム中に飲む酒は格別だ」
気持ちよさそうに飲酒を始める和屋は、樋口にも本麒麟を手渡すがさすがに樋口はそれを辞退
そして再び草むらをかき分ける音、そして
アカツキ!の電子音
疲れ果てた表情で安理がようやく姿を見せた
「いやぁ、ごめんごめん。ついついデレ〇トハードに夢中になってしまって遅れたよ」
悪びれもなくそう言い放つ安理に対し、思わず樋口はずっこける
しかし和屋は納得したように頷くと、さっきと同じように本麒麟を手渡すがこちらも安理に辞退された
「いや、今はやめておくよ。3人で無事逃げ出せたら乾杯と行こうじゃないか」
安理がそう言ったので、和屋は頷いて本麒麟を大事そうにリュックにしまい込んだ
つかあんた、何本持ってきたんだよと樋口は内心突っ込んでいたが
「さて、どうする。海から逃げ出すのは見てわかる通り厳しそうだぞ」
樋口はそう言って、海のほうを指差した
たくさん浮かぶ船を見て、安理と和屋はちょっと驚いた様子
3人寄れば文殊の知恵とはいうが、さすがに今の状況はイレギュラーすぎる
「知恵者といえば...水木光はどうだろ。彼女に縋ってみないか?」
本麒麟片手に和屋がそう言うと、安理は「いいアイデアだ」と言わんばかりに頷いたのだが
樋口はこの状況下での教室に置かれていた光の様子が頭に過った
いや、あれは普通のJKだったぞと。この状況を打破できるようには感じられなかったが
とはいえ
まずは水木光に当たってみるというのはあながち間違いではない気がした
問題はというと...
そもそも、彼女と話したことあったっけ
それを安理と和屋に聞いてみると、2人とも即座に首を振って「話したことないな」と言ったのでいきなり暗礁に乗り上げてしまう
「いや、大丈夫だ。人畜無害な僕らが懇願すれば彼女ならきっと断れないはずだ」
安理が根拠なくそう嘯くと、和屋も力強く頷いてそれに同意する
「いざとなったら本麒麟をたくさんプレゼントする。それでいけるだろ」
和屋は本麒麟を飲み終えつつそう言った。いや、それ逆効果になるんじゃねと樋口は思ったのは内緒だ
「けどなぁ、そもそも水木はどこにいるんだろ」
安理がそう言うと、確かにと樋口は思う
才媛様だけに、のこのこ歩いているとは思えない
それで何となく支給された地図を見ていた和屋は、「あ、もしかしたら」
そう言って、ある場所を指差す
そこには”洞窟”があることが表示されていた
「水木は頭いいけど、運動とかは不得意だろ。なら人目につかないとこに隠れてるんじゃないか?」
和屋らしからぬ洞察だったが、それは妙に説得力に溢れていた
「まあここに居ても始まらないしね。とりあえずそこを目指してみようか」
安理はそう言って、またスマホを起動する
例によってアカツキ!が再発したので、樋口と和屋からも障碍者手帳が再発行されたのであった