「竜、やっぱりここにいたんだ」
そう言って、静かに少年の横に腰を下ろすのは一人の黒髪のおかっぱ頭の少女
少女には目もくれずに、竜と呼ばれた黒髪で短髪の少年はただじっと、鉛色の空の様子を伺っているだけだった
「バカか、お前は。これから殺し合いが始まるってのに」
口調こそ厳しいが、その視線は涼やかだった。来るのはわかっていたとでも言うのだろうか
二人は”プログラム”に巻き込まれていた
高校2年生の”定例行事”とも言われているそれ、何の因果か彼らのいるクラスが今年度の対象クラスに選ばれたという次第
そして二人は待ち合わせも打ち合わせもしていないのに、呼び寄せられるように洞窟で”再会”した
「で、これからどうするの」
少女が”竜”と呼んだ少年にそう聞いたが、相変わらず遠くを見つめたまま何も答えようとはしなかった
その反応もわかっていたように、少女は”リュック”から拳銃を取り出すと竜の目の前でちらつかせて見せる
「凄いよね、これ。おもちゃじゃないんだって。人殺しできるよ」
少女は他人事のようにそう言って、拳銃を弄んでいた
竜は目の前で拳銃を何度もちらつかされたのが癪に障ったのか、不意に少女の前にマシンガンを突き付けてきた
「これなーんだ」
竜は完全に馬鹿にした態度で少女を一瞥した
マシンガンを突き付けられても、少女も相変わらず無表情を崩しはしなかった。気にしないよ、そんなの
「ねえ、怖くないの?」
少女が竜にそう聞いた
竜は遠くを見たまま、「さあな」とあくまで他人事を装っている
やがて遠くを見ているのにも飽きたのか、竜はわざわざ少女から離れた場所に腰を下ろした
少女はそれに気を留めた様子もなく、再び拳銃を弄び始めた
「あのな、暴発するからやめとけ」
相変わらずそっぽを向いたまま竜がそう言ったので、少女は座ったまま移動して拳銃を竜に手渡した
「じゃあ預かってて」
竜は無表情のままそれを受け取ったが、すぐに興味を失くしてその場に放り投げた
足元には拳銃とマシンガンが転がっている
「ねぇ」
少女が再び呼び掛けるが、竜は一人何かを思案しているだけで反応はない
それで少女は諦めたのか、伸びをした後に一つ大きく息を吐いた
その様子を竜はちらっとだけ見て、またすぐに興味を失くしたように一人思案
「それで私を殺す?」
少女はマシンガンを指差してから、小さく微笑んでそう話すと竜は下を向いて小さく笑った
「ご希望とあらば。いずれな」
そう言って、竜は少女にマシンガンを拾ってから手渡した
「悠、お前こそ俺を殺しに来たんじゃないのか?」
感情のこもってない声で竜がそう言うと、悠と呼ばれた少女は同じように小さく笑った
「最後の二人になったら。竜を殺して生き残るのは私ね」
「好きにしろ」
竜はそう言うと、再び立ち上がってそのほうに視線を向け始めた
それでも悠もマシンガンをその場に置いて、拳銃を片手に竜の横に立った
それから拳銃を竜に手渡すと、再び竜の横にちょこんと座った
二人はいつからかずっと一緒に居た
小学校から孤児院で共に過ごし、奨学生状態での高校生へ
決してお互いに干渉はしないが、気づけば傍にいる。不思議な関係
竜は中学までは自分の本当の親を探すのに必死だったが、いつの間にかそれを諦めていた
諦めたというより、興味がなくなったというのが正解かも知れない
悠はそんな竜をずっと遠くから見守っていた
自身の両親のことには興味を示さず、竜の両親探しを協力していたが竜が”それ”をやめたと知ったあの日、悠もそれをやめた
「カッコわりぃか! カッコ悪くてもいいよ! 俺はずっと両親を探して来たんだ!」
竜は”あの日”以来、感情を消した。いや、失くしたのかも知れない
悠はそれからもずっと変わらずに竜の傍にいる。ただそれだけ
そして今日からは3日間のプログラム
竜は拳銃を片手に外の様子を静かに伺っている
悠はその横に座って一人、何かの曲を口ずさんでいるだけ
プログラムの最中とは思えない、静かな光景だった
「お前こそ...」
不意に竜がそう呟いたので悠は歌を止めた。わざわざ正面に回り、竜の次の言葉を伺う
「怖くないのか? このプログラムとやらをさ」
悠はそれを聞いて返事はせず、再び横に移動してまた歌を口ずさみだした
竜も返事を強要せず再び外に視線を向けたが、意外そうに目を丸くすると拳銃を悠に手渡して洞窟の中に入って行った
一瞬取り残された悠がキョトンとしていると、そこに一人の少女の”来客”があった
黒髪の少女は、ちょっと息を切らし気味にしていたが、二人を見てちょっと安堵のような表情を浮かべた
「ここにいたんですね」
そう少女が言ったが、竜は興味なさそうに後ろを向いたままで悠も座ったまま拳銃を弄んでいた
「お願いがあります」
少女が続けたので、ようやく竜は少女のほうを振り返った。マシンガン片手に近づいていき、不敵な笑みを浮かべていた
しかし少女は動じず、竜の視線を真っ向から受け止めていた
やがて竜はすぐにマシンガンも悠に手渡すと、また後ろを向いた
「二つもいらないし。持てないし」
悠はそう言うと、拳銃を少女に渡そうとしたがそれは少女が固辞した
「私に協力してもらえませんか? ここから脱出する方法があるかも知れません」
少女はしっかりとした口調でそう言った。悠はちょっと驚いた表情で少女を見上げていたが、竜は黙って背を向けているだけ
しばしの沈黙があった
やがて、竜が再び振り返ると今度はしっかりと少女の目を見据えた
「脱出...か。悪くはないな。こんなプログラムはクソ喰らえだしな」
竜がそう言うと、悠は何度も何度も頷いていた。本当にそう。バカバカしいよ
「ただ、なんで俺たちなんだ。水木光、お前ならもっとマシな連中と組めるだろ」
竜は呆れたような口調でそう言うと、悠はまた同じように何度も頷いている。私たちは一番信用しちゃダメな二人だよ
しかし光は凛とした表情を変えることはなかった。
「お願いします」
そう言って、竜の視線をしっかりと受け止めたうえ逆に見つめ返している
やがて根負けしたのか、竜は再度後ろを向いた
いつの間にか悠も光に背を向けて、竜の横にちょこんと座っている
光はちょっと困惑していたが、それでも竜の返事を待っていた
「あ、そうだ」
光は何かを思い出したかのようにそう呟くと、リュックから何かを取り出して悠にそれを渡した
”ショットガン”、いきなりそれを渡されて悠はまたちょっと目を丸くしたが、すぐに竜にそのまま手渡しした
「それで信用してもらえますか? 私は本気です」
光が再び懇願すると、竜は突然クククと笑いだしたので光はちょっと動揺した
悠は立ち上がると、光の肩をポン、ポンと二度叩いた
「よかったね。手伝ってくれるってさ」
悠がそう言うと、光は再び驚いたような表情を浮かべた。「本当ですか?」
「悠、ちょっと手伝ってやれ。俺はその後だ」
竜はそう言うと、再び外のほうに視線を向け始めた
悠は知ってたと言うと、光のほうを見てちらっと笑った
困惑した光だったが、やがて気を取り直したようでしっかりと悠のほうを見据えた
「じゃあ、まずはここら辺を探りに行きたいんです。お願いできますか?」
地図を指差し光がそう言うと、悠はマシンガンを片手に光の移動を後押しし始めた