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「樋口親分、てぇへんだてぇへんだ」
先んじて進んでいた安理が、血相を変えて戻って来た
何事かと思い樋口と和屋は歩を止める

洞窟まではまだ距離がある険しい坂道、無駄に走って疲れるだろうにと樋口はちらっと思う
「ごめん、樋口くん。僕は疲れてるよ」
悪びれもなく安理がそう言ったので、思わず樋口はずっこける
そして安理が続ける

「悲しいお知らせでしかないんだが、水木光はすでに”拉致”されているよ」
そう言って安理は首を振った
おい、どういうことだと樋口、そして和屋が食い気味にそう聞くと安理はしみじみと話し出す

「今だな、ちょうど見えてしまったんだよ。2本の銃を持った西崎竜と拳銃を持った水木光、そして本原悠が一緒に歩いていた」
そう言って安理はリュックから水を取り出して一口飲んでいる

「いや、その状況は拉致じゃなくね?」
思わず樋口は突っ込んでいた
竜と悠が銃を持っているのならともかく、竜と光が銃を持って悠がそれと一緒に居る
ということはだ...どういうことだ?
それは樋口の理解の範疇を超えていた
まさか、水木光があの2人と一緒に居ることを選んだとでも?
いや、それはないない。ナイスネイチャ

「なにぃ、本原だと...?」
いつの間にかモンスターエナジーとストロングゼロをストローで同時飲みを始めている和屋が、ちょっと驚いた様子でそう言う
いやお前、なんつーもの飲んでるんだと樋口は驚きつつも、どうしたと一応聞いてみる

すると和屋は、エナジードリンクをそれぞれ樋口と安理に手渡しつつ喋りだした
「昨年の文化祭準備の時だったか。何か知らんが本原と2人きりになった時間があってな、しゃあないからちょっと話しかけたらもちろん無視されたんだが...」
そう言って、ふと遠い目をした
「去り際に見せた顔がな、まあビックリするくらい可愛くてだな、その日の夜に夢にまで見てしまってな。ちょっと出ちゃった」

まさかの下ネタだった

するとエナジードリンクを飲み始めている安理は小さく頷いていた
「いや、僕は顔のことはよくわからないけれども」
そう前置きしつつ、不敵な笑みを浮かべた
「本原のハミダシモノはデカダンスだよね。隠し撮りでおかずにしてやりたいくらいだよ」

こちらもまさかの下ネタ
ダメだこいつら、何とかしないと...

閑話休題、才媛様に縋るという作戦はどうやら失敗に終わったようだった
ならばどうする。樋口は一人思案する
次善の策を準備していないのは我ながら失敗だったと自嘲しつつ、とりあえず樋口もモンスターエナジーに手を出す

”2番じゃ駄目なんですか?”
どっかの議員の言葉が不意に頭に過った
水木光がダメなら、2番目
光と仲がいい、戸叶碧。彼女に縋ってみればという考えが浮かんだのだが...いや、と樋口は思い直した

碧はごくごく普通に頭がいい程度。何度か話した程度ではあるが、こういうイレギュラーに対応できるとは思えないのも事実だった

イレギュラー

そこで樋口の頭に、とてもイレギュラーなクラスメイトの顔が浮かんだ
”氷室清”
マダムキラーから、いつの間にか”性別不明”に進化してしまった一人のクラスメイト

もしかしたらヤツなら、このイレギュラーにも対応できるのではないか
樋口はそう思ったが、さすがにそれを口に出すのは勇気がいる
あまりにも無謀かつ、恐怖すらある賭け

しかし残念なことに、樋口は生粋のギャンブラーでもあった
やがてそれを口に出してみた
さすがに安理は戸惑いの表情を浮かべていたが、半分出来上がりかけている和屋は「いいじゃんそれ。頼れるものは何でも使おうぜ」となぜかノリノリの様子
多数決的には2-1であっさり可決しているわけで、渋々安理も同意することに

「けど、それこそ氷室なんてどこにいるか見当つかないんじゃないか」
安理がごもっともな意見を言う。確かにと樋口は思ったのだが、なぜか和屋はまた自信満々に地図を開きつつ、ある地点を指差した

「氷室だろ。男だか女だかわからないんだから、真ん中でしょ。この辺の民家ゾーンだって。これマジ」
妙に自信満々に言い放つ和屋

民家ゾーン、確かに魅力的な場所ではあると樋口は思った
食料や飲料など徴収出来るし、休憩も取りやすい
リスクとしては、みな同じことを考えて集まりやすいというそれ

「いいね。行ってみようじゃないか。虎穴に入らずんば氷室を得ずだよ」
安理はそう言ってニヤリと笑うと、いつものようにスマホを起動した

3度目の正直で”アカツキ”が鳴らなかったので、障碍者手帳発行を免れて歓喜の雄たけびを上げたのであった