竜と悠、光は”島”で唯一ある病院にいた
そこまで大きくはないが、所謂「町の診療所」よりは大きいそれ
光が行きたい場所は、なぜか病院だった
病院へ入るなり、光は受付にあるパソコンの起動チェックをしている
悠は”診察室”に入りベッドで寝転んだり、聴診器で遊んだりと好き放題
竜は手持ち無沙汰なので、とりあえず光のやっていることを見守っている
やがて、1台のPCが起動したようだった
光の視線が鋭くなり、竜が思わず驚くほどの高速ブラインドタッチで何かを行っている
すぐにそれを終えると、光は竜のほうを見て小さく笑みを浮かべた
そして置いてあった紙の上に、また何かを書いて竜に見せた
『予想通りです。プログラム本部のホストに繋がりました』
とりあえずそれを確認しただけで止めたと光は続けて書いていた
光の考えは、プログラムが終わったあとの島の”復興”
病院が稼働しないと、何もかも始まらない高齢化社会
そこから逆算して、もしかしたらホストに繋がるんじゃないかという読み
それがズバリ当たったのだから、まずはそれで十分だった
あとは何をするにも、いろいろ準備してからじゃないと意味がない
”ハッキング”して首輪を解除するにしろ、脱出経路を探すにしろ、まずは侵入してることをばれないようにすることから始めないといけない
そして、それはまだその時じゃないと光は判断していた
さすがに残り人数が多すぎる
いつこの病院が襲撃されるかわからないのに、ゆっくりと作業している時間はないのだから
とはいえ、他のPCやタブレットからでも侵入できるように”ルート”を確保できるようにはしないといけないなとも感じていた
いつこの場所が禁止エリアになるかもわからないわけなので
「そうだ水木、お前怖い話とか大丈夫なクチか?」
終始無言だった竜が唐突に口を開いた
突然のことな上、予期せぬ話題に驚いた光だったが、やがて小さく首を振ってそれを否定した
「得意...ではないですね。わりと苦手かもしれません」
光がそう答えると、竜は小さく笑みを浮かべて頷いていたが、やがて話し出した
「水木さ、最初の実力テストで学年何位だった?」
またしても唐突な質問だったが、光はすぐに頷いた
忘れもしない。光にとっては予期せぬ出来事だったのだから
「...2位でした」
光がそう答えると、竜はさもありなんとばかりに頷いている。そして再び言った
「1位、誰か知ってるか?」
そう言えば、と光は思った
最初の実力テスト以外、すべて光は1位だった。そして2位はずっと..
「...保沢さんですか? A組の」
保沢匠司。光を一方的にライバル視しているというもっぱらの噂の彼
2位じゃ駄目なんですか? を地で行っている男の名前を挙げると、竜はすぐに首を振る
そして、悠が消えていった診察室のほうを見て小さく笑みを浮かべた
「あいつだよ。1位は」
そう言ってから、竜は光の耳元で小さく囁いた
「俺が言ったって言うなよ。絶対だぞ」
まるでダチョウ倶楽部のようなことを言い残して、竜は病院の入り口のほうへ行って周囲に視線を送り始めている
あまりの出来事に驚きを隠せない光だったが、いつの間にか目の前に悠が現れてまじまじと見上げていたので思わず「ひっ」と声を上げてしまった
「...どうしたの? お化けでも出た?」
いや、貴女が脅かしたんじゃないと内心光は突っ込むが、先ほど竜に言われたのが頭に過って悠の顔を素直に見ることが出来なかった
「あ、わかった。竜がまた余計なこと言ったんでしょ?」
図星だった。とんでもない洞察力だなと光が内心感心していると、悠も先程の竜と同じように光の耳元で何事かを囁き始めた
「竜ね、昔憧れてた人いたんだよ。その人、プログラムに巻き込まれて死んじゃったんだけどね」
言って、悠はまた普段見せない研ぎ澄まされた視線で遠くを見つめている
「だから私は竜の傍にいる。誰かが竜を否定しても、私は絶対味方だから」
そう小さく呟くと、またいつもの無邪気な様子に戻って聴き慣れない曲を口ずさんでいる
何が何だかわからない状況に光は置かれていた
頭をいったん整理しようにも追いつかないのが現状
一回落ち着こうとリュックから水を出して一口飲んでいると、入り口にいた竜が悠を手招きして何かを告げている
そしてその悠はすぐに光の元へやってくると、
「光ちゃん、非常口から逃げるよ。誰かが近づいてきてるってさ」
悠は涼しい顔でそう告げると、非常口のほうへ案内を始めた
光は言われるがまま従おうとして、竜が来ていないことに気づいて思わず歩を止める
「光ちゃん、ほら早く」
悠が再び促すが、光は首を振って竜のほうを見た
「竜さんが来てません。危ないじゃないですか」
光が振り絞るようにそう言ったが、悠は黙って首を振った
「せっかく竜が時間稼ぎしてくれてるんだよ。早くしないと」
悠が無理やり光の手を引こうとしたその矢先、竜が「ダメだ、戻れ」と大声で叫んできた
え?と思い光が足を止めると同時、悠は非常口の道へ向けてショットガンをいきなり発射した
至近距離での爆音に一瞬光は耳が聞こえなくなるほどの衝撃を受けたが、悠は再び光の手を引いて竜のいる玄関のほうへ向かった
目を大きくして驚いている様子の光に気づいたのか、竜は静かな笑みを浮かべていた
「どうやら尾木、笹野、大和の3匹だな。包囲されてる感じだ」
竜が涼しい顔でそう告げると、悠も静かに頷いたが光はさすがに動揺を隠せない様子
それでも聴力がようやく戻りつつあった光が、
「どうすればいいんでしょう。入り口も非常口もダメならどこから逃げれば」
心配そうに光が言うと、竜と悠は二人で目を合わせてお互い小さく笑っていた
その笑顔が、今の状況にあまりにもふさわしくないことに光は違和感を覚える
「簡単じゃない。光ちゃんをあいつらのエサにすれば私と竜は簡単に逃げれるんだよ」
言って、悠はまた不気味な微笑みを浮かべると竜は下を向いてクククとこちらも笑っている様子だった
怯える光に対し、竜と悠はまた二人で目を合わせて笑っていた
「光ちゃん、本気で怖がってるでしょ。それでもまだ私たちを信じる? それとももう信じない? 選ばせてあげるよ」
悠の表情はいつもの感じに戻っていつでも歌いだしそうな雰囲気で、竜もまた外の様子を伺っている
さしもの才媛・光ですら、思考回路が追い付かないくらいの状況の移り変わりが激しすぎる展開だったが
やや逡巡して考えてみた
確かに、この2人には得体のしれない何かを感じる。けれども...
光の考えは決まった
「私が貴方たちを信用する気持ちは変わりません。お願いします」
光が小さく頭を下げると、すぐに悠がそれを止めた
「今はそんな状況じゃないから。ほら、早く行くよ」
言うが早いか、悠は光の手を取って玄関から外へ出る。それに竜も続いて、直後に悠が再び病院の入り口に向けてショットガンをぶっ放したので光は思わず天を見上げた
どうしよう、まだ”ルート”確保できてないのに、と