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「元々分かってました、クラスの中にライバルはいません」

松井紀里奈は常に自信過剰であった
2年連続北洋高校ミスコンでファイナリスト(ほとんど応募者がいない)な紀里奈は、自分には甘く他人に厳しいを地で行くタイプ

勝手にライバル視していた生徒より順位が上とわかった瞬間、仲の良かったブスな下級生と抱き合って喜んだことが「自分勝手」や「謙虚さがない」と大バッシングを受けていたが、本人はまるで意に介していなかった
しかし去年まさかの3位と大健闘したときの話は紀里奈にとって屈辱的だった

3位ということで壇上インタビューが敢行されたのだが、その時のカメラマンが撮ってくれた写真が秀逸すぎた
わざとらしく泣き顔を作って歓喜を表現した紀里奈のアップ、そこには華麗に鼻毛と鼻くそがくっきりと映ってしまう8K写真万歳であった

いや、カメラマンが悪いわけじゃなくちゃんと手入れをしない紀里奈が悪いだけなのだが、本人は文化祭明けから1学期終了までの10日間を体調不良と称しての欠席
開けて2学期から出てきたのはいいが、態度の悪さにはますます拍車がかかったうえに、そもそも肥えてしまってお前誰や状態
女子プロレスデビューも時間の問題と陰口を言われていた

3年になっても紀里奈の口の悪さは大概だった

「もっとちゃんと色白になって」
クラス替え初日、席が隣になった浪花なおみにいきなり言い放ったこの一言
さすがのキングコングもこれにはショックを受けたようで、その日はビキニ写真をインスタにアップはしなかったとか

「もっとちゃんと喋って。じゃないとクラスが終わるから」
何かの発表会で同じ班だった本原悠にそう強要したが、悠はどこ吹く風でそれを受け流したので鬼のような形相で紀里奈が睨みつけていたというのはあっという間に校内に広がっていた

色々ありすぎたので、今年はミスコンは辞退すると言ってまたわざとらしく号泣会見を開いたのだったが、そもそも北洋高校生徒はすでに誰も紀里奈から興味を失っていた

「徐々に学校も変わって、新しくなっているわけですよ。やっぱり最近新しい北洋をどんどん見せてきているから、本当に新しくなるためには自分がいないほうがいいんじゃないかと、すごく思った」
あくまで上から目線な紀里奈のこの発言は、誰にも届いてなかったのはせめてもの救いだ

そんな紀里奈も御多分に漏れず、今回のプログラムに強制参加させられている
当然のようにクラス内に信用できる友達や、仲間などいるわけがないので単独行動

時折聞こえる銃声や足音などに怯えつつ、ひっそりと身を隠すことに専念していた
支給された武器は鉄製のワイヤー(スポイラーズ・チョーカー)だった上に、食料のパンも一気にすべて食べてしまう失態
そら太って当然という行動だったが、紀里奈はそれを気にも留めていなかった

まあ食べ物は調達すれば何とでもなる
しかし、殺し合いは...というのが紀里奈の考え

いや、特に道徳的なものとか感傷的なものではない
そもそもこのプログラムは殺人が『合法』だし、特にクラスメイトと親しいわけでもない
まして人を蹴落とすことに快感を覚えさえしている紀里奈なのだから

”自らの正義を結果を持って証明してやろう”とさえ思っている紀里奈だが、あまりにも武器がしょぼすぎる
これが唯一の悩みだった

至近距離、背後から迫って殺害していくスタイルしかないこんな武器で勝ち残るのは至難の業と紀里奈は思う
そんなうまく事が運ぶとは思えない

となれば策は3つ
頼りがいがありそうな男に寄生する、これが上策
良さげな武器を持ってるやつを殺害して、武器を奪って殺戮マシンになる。これが中策
このままひっそりと隠れ続けて3日間過ごすのが下策

上策。岡野や棚町の顔がパっと浮かんだが岡野はそもそもフィアンセがいるし、棚町はあくまで自分本位なイメージが強すぎる。もう一人山尾光司の顔も浮かんだが、彼はドラクエのレベル上げをしているイメージしか湧かなかった。ガタイは最強レベルだが、どうも強いのかどうかは微妙に思える
そして下策はあまりにも無能すぎる。これは一番とってはいけない作戦

心は決まった
このままひっそりと身を潜めて体力を温存しつつ、手ごろな女子でいい武器を持ったやつを見かけた場合のみ殺害開始と行こう
水木光や本原悠、戸叶碧あたりの”か弱い系”が当たり武器を引いているといいなあ、などと紀里奈は考えて一人含み笑いをしている

そんな時だった

また木々が揺れる音が聞こえて、紀里奈は周囲に視線を送るが特に変わった様子はない
さすがに警戒しすぎかなぁ、などと思い紀里奈はいつものように鼻くそを取って捨てる
気づけば周囲は紀里奈の鼻くそと鼻毛だらけなのだが、そんなのは知ったこっちゃない

それにしても腹が減ったな、と紀里奈は感じた
何気なく地図に目を通すと、割と近所に『コンビニ』があることに気づいた紀里奈は、もしかしたら食べ物を調達できるかもと思った
ならば、と紀里奈がそちらの方向へ歩を進めようとした瞬間の出来事だった

突如目の前に巨大な黒い壁が出現した
どこか見慣れたその黒色に、紀里奈はあぁと一人納得した
「浪花さ、このままじゃダメだよね? 実力を評価される場所があるのは、幸せです?」
紀里奈が見上げて見ると、浪花なおみは目に涙を浮かべていたので紀里奈はトドメを刺すべく続けてしまった

「最後に一個だけ!漂白するのもすごく勇気がいることだと思います。もしかしたら日焼けすることよりも。その覚悟を決めた仲間達の分も、今日は頑張ってください。死ぬ気でプログラムを盛り上げてください。死ぬ気でいかないとプログラムは盛り上がらない。安心して。私たちが盛り上げますから。ついてきてくれないとこのプログラムは成功しません。
分かってると思います。一生懸命やってます、ウチは。死ぬ気でやってます。死なないから。このスピーチ言えないぐらいやらないと紀里奈のファンは認めてくれないから。その気で来てください。じゃないとミスコンが終わります。みんなで北洋高校のミスコンを守ってください」

その演説が終わると同時だった

なおみは右手に持っていた、いつもの有刺鉄線をぐるぐる巻いたテニスラケットを一閃する
そして例のごとくスマッシュの連続技、目白押し。あっという間に、松井紀里奈の頭部は見るに堪えない何かの物体へと変化を遂げた

殺戮ショーが終わった直後、例によってなおみはまた白々しく泣き真似をし始める

こいつがまた目の前で自殺したんだ。私は何も悪くない。私はビキニで自撮りアップをしただけだ!
そう一人で呟くと、ハヤテのごとくこの場から遁走した。残されたのは元松井紀里奈だった何かだけ

やがて一人の大男がこの場に、風と共に音もなく現れた
その男・山尾光司は元紀里奈の死骸を見ると、大きくため息をついた後唾を吐き捨てた

「おい、この鼻くそ野郎。鼻くそばかりほじりやがって! 鼻くそ!」
言って、両手で謎のポーズを取ると光司はいつの間にかその場から姿を消していた