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竜と悠、光の3人はひと息つくために外れの民家にいた
というのも、そろそろ悠が限界だろうと竜が判断したからなのだったが、運動音痴の光もさすがに限界を超えていたようで無碍もなく賛成したので迷わずに家に入ることに

とはいえ誰か先客がいたら厄介なので竜が先陣で様子を伺い、問題ないと判断して手招きしてからの入場であった

竜は別の部屋で窓から周囲の様子を伺っている中、
疲労から何も喋らず、椅子に座って無言で水を飲む光を見て向かいの椅子に座った悠は膝を抱えてそれを見つめている
その悠は水ではなく、竜が冷蔵庫から拝借したオロナミンCを飲んでいた
「ふぅ、これで元気ハツラツだね」
そう言って満足そうに呟くと、再び膝を抱えて歌を口ずさんでいる

「悠さん、歌好きなんですか?」
光は何気なく聞くと、悠は歌っているのをやめてすぐに首を振る
「私は別に好きじゃないよ。竜が憧れていた人がとても上手くてね、いつも歌ってるのを聴いていただけ」
悠はそう言って、竜のいる部屋のほうを見て小さく首を振ってから続ける
「あの人が死んだって聞いた時、竜は誰も寄せ付けようとしなかった。けれど、私が歌っている時だけは傍にいることを拒まなかった。ただそれだけ。私たちは本当にめんどくさいんだよ」
言うと、また悠は何かの歌を口ずさみ始める

ちょっと言葉が出なかった光だったが、やがて一人頷くともう1個質問をしてみることにした
「それっていつ頃の話ですか?」
それを聞いた悠はまた歌声を止めて、すぐに「中3の時だよ。その時の竜は本当に大変だったんだから」
言って優しく笑みを浮かべたが、またいつもの悠の様子に戻るがもう歌うのは止めていた

これ以上聞くのは止めておこう、光はそう直感した
聞けば話してはくれそうだとも思ったが、あまり深入りしないほうがいいのではないかという思い
そして...知ったことを竜が分かった時にどういう反応を示すのか、それを瞬時に判断した結果だった

「うん、それがいいよ」
悠がそう呟いたような気がしたが、光はそれを聞き流してタブレットを再び取り出した
光がまた作業を始めると、悠も暇を持て余したのか近くにあったPCを弄り始めている
悠が何事か呟きながら驚くほどのブラインドタッチをしているのを見て、光は思わず手を止め悠の元へ近寄って行った

「何してるんですか」
光は言いかけ、思わずそれを自分で止めていた
PCのモニタには、先ほど光が到着した”ホスト”に繋がっているのが表示されたのだから

「これでしょ? 向こうからこっち見えてないから大丈夫だよ」
悠はご丁寧に別画面でメモ帳を開いてそう書いて見せ、自分はいつの間にか椅子に戻って小さく歌を口ずさんでいる

それで光は、竜が病院で言っていた「怖い話」の真意がようやくわかった気がした
本原悠、ただ可愛いだけの不思議ちゃんではないと。もしかしなくても、本当は私より頭が切れるんじゃないか
実力テストで1番だったというのは嘘じゃないんだろうな、そう確信できた

それで光の頭には一つの疑問符が浮かんだ
どうして1位だったのは1回だけなのだろう。それどころか、テストでいい点数を取ったという話も聞いたことがない
とはいえ追試も受けているのも見たことはないのだけれども

思わず光がそれを聞いてみると、悠はいつぞや見せたちょっと怖さを感じさせる目つきに変わったが、すぐにまたいつもの天真爛漫な様子に戻る
「私たちは奨学生だから。赤点や追試はご法度だからねー」
そう言うと、悠はショットガンを片手に竜のいる部屋のほうへ向かっていった

その悠と入れ替わるように竜がやって来た
竜は冷蔵庫からオレンジスカッシュを取り出すと、美味そうに飲み始めている
ジュースとか飲むんだ。ちょっと意外と思い、光は思わず竜のほうをまじまじと見てしまった

「どうかしたか?」
ペットボトルをテーブルに置きつつ、視線に気づいた竜がそう聞くと光はすぐに首を振った
しかしいつの間にか戻っていた悠が、そのジュースを見て笑みを浮かべながら言った
「竜、コーヒー飲めないからね。苦いの嫌いだから」
それだけ言うと、また別の部屋に移動している
あまりの神出鬼没さに、光と竜は思わず顔を見合わせて互いに苦笑していた

「あいつ、もう大丈夫そうだな。まあもうちょい休んでからにするか」
言って、竜はPC画面を見てちょっと驚いた様子を浮かべる
あいつか...そう呟いて光のほうを見ると、合点が行ったようで光はすぐに頷いてみせた

「なあ。あいつ怖いだろ?」
竜が小さく笑みを浮かべながらそう聞くと、光は思わずまた頷いていた
それで竜はまたクククと下を向いて笑っている

「まあ、今度はちゃんと確認しておけ」
竜はそう言い残すと、再び別の部屋へ戻って行った

あ、そうだった
光は思い、アドレスやルートなどをタブレットへ移行し始める
セキュリティなど対策を講じるのはタブレットだと難しそうなので、また別のPCをどこかで拝借しないとダメなんだろうなあとも思っていたが、当面の目標は達成できたようで一安心だった

いつの間にかまた悠が戻って来ていた
病院の時と同様に、また下から光を見上げていたが2回目はさすがに声こそ出なかったがそれでも驚かされた

「光ちゃんの反応、面白いね」
そう言って、また悠は椅子に戻っている
動きが速いし、本当に膝と股関節に爆弾を抱えているのだろうかと内心思ってしまう光だったが、あまり考えているとまた気づかれると思ったのですぐに止めた

「おい、荷物纏めろ。出るぞ」
竜がちょっと険しい表情を浮かべて戻って来た
「人の気配がする。それも1人じゃないな」
そう言って、ちょっと竜は髪を撫でている
言うほど焦ってないのかなと光は考えていたが、悠はいつの間にか拳銃を取り出すと光に手渡してきた

「自分の身は自分で守れ」
病院の竜のマネをしてそう言ったので、光は思わず小さく吹いてしまった

「水木、どっちがいい。そうだな、オカマと巨乳ならどっちを選ぶ?」
玄関から出ようとした際に竜がそう聞いたが、光は何のことかわからず固まってしまった
それで悠が、「ほら早く。時間ないから」
そう言って急かすと、「じゃ、じゃあ巨乳で!」と光は戸惑いながらそう答える
竜は小さく頷くと、家を出てすぐ左手のほうへ歩を向けた
悠と光が並んで続くと、やがてすぐに一人の影が近づいてくる

「え?」
光が思う間もなく、その1人の影・原間日登美と3人は鉢合わせをしてしまった
竜と悠はリュックを持っているだけで、拳銃を手にしているのは光だけ

日登美はそんな3人に特に警戒心を持たなかったのか、同じように拳銃を手にしているのに即座に撃つことはして来なかった
それどころか悠のほうをちらっと見て笑みを浮かべると、「悠ちゃん、今日もこけしみたいで可愛いわね」と何気なく言った
いや、言ってしまった

”ちっ”
思わず竜が舌打ちする間もなく、悠の表情は見せたことのない鬼のような表情へと変化していく

「このまま進めば家があるぞ」
竜はそう言って、今にも前髪を上げようとする悠の右手を押さえつけると、視線で促して光と一緒に悠の手を引いて無理やり前に進みだした
呆気に取られる日登美だったが、
「家があるのはいいわね」と気を取り直して、言われたとおりに歩を進めていく

そして日登美の耳に届いてくる、怪しい音
”ズンズンズン ズンドコ ズンズンズン ズンドコ”
どんどん近づいてくるそれに、思わず日登美がその方向に視線を向けると

満面の笑みを浮かべた氷室清が、鉈を片手にいつの間にか迫っていた
驚いた日登美だったが、迷わず銃で迎撃しようとした矢先の出来事だった
いつの間にか清は目の前から消えていて、後ろに回り込んでいる
そしてそこからは、いつものナタでの惨殺ショーだった
首を掻っ切られ、トドメの一撃は自慢の巨乳へ太陽から奪った拳銃での銃弾サービス
日登美は北半球を晒したまま、無惨な死骸へと進化を遂げた

見えんけれども おるんだよ
見えんけれども おるんだよ
君の近くに

そう口ずさみつつ、清は竜たちの進んでいった方向へと姿を消した