「何があったんですか? 可愛いって言われただけなのに」
悠の手を引きながら光がそう聞くと、竜はすぐに首を振った
「そっちじゃねえから。”3文字のほう”な。あれは禁句だ」
そう言って、竜も悠の別の手を引いたまま歩き続ける
悠が明らかに激高しているのが引いている手から感じられていたのが、歩いてるうちにそれが収まってきているのはわかってきた
それからしばらくすると、悠は自分から二人の手を離す
「...ついてきてるね。追われてる」
いつもの表情に戻って悠はそう言って竜のほうを見ると、「わかってる」と竜は言っただけに留まる
何のことかわからない光が戸惑っていると、
「光ちゃん、足止めてる暇ないよ。歩いて歩いて」
悠がそう真顔で急かすので、とにもかくにも3人はただひたすら歩き続ける
体感でだいぶ歩いている。誰とも遭遇しないのは奇遇なのか、それとも狙って歩いているのは定かではなかったが、無意味にエンカウントしないのは幸いなのは間違いない
「ダメだね、まだついてきてる」
悠が静かな口調でそう告げると、竜はちょっと思案した感じだった
「水木、何かいいアイデアないか。このままじゃ追いつかれる」
そう言われても、と光は内心思った。誰に追われてるのかもわからないし、そもそも本当に追われてるの?というのが本心であった
とはいえ、今までのこの2人の洞察が間違っていたことはないので、真実なんだろうとも考えてはいたが
「言い方悪いですけど、誰か他の人を犠牲に出来ませんか? その間に私たちが逃げるというのがベストじゃないでしょうか」
ちょっと困った感じで光がそう言うと、悠と竜は二人で顔を見合わせて小さく頷いていた
やがて、竜は急に歩く方向を変えた
悠と光はそれに黙ってついて行くと、やがて”3人”の人影が見えてくる
背後から迫られた3人は驚いた様子でこちらをそれぞれ振り返る
樋口、安理、和屋の3人はどこに行くかを思案しながら地図を眺めていた
無防備に道路の真ん中でそれを行っていた3人
真剣に地図を眺める樋口に、その横でキャプテン代行ハードに勤しむ安理、そしてパワポケを嗜む和屋
竜、悠、光が背後から迫っていることに気づきすらしない有様だった
拳銃を持っている光に慌てて逃げ腰になる3人だったが、竜と光は樋口たちに目もくれずに前へと進んでいく
悠だけは和屋に「氷室っちがもうすぐ来るよ。相談したいならチャンスだよ」と、いつぞやの満面の笑みを浮かべてそう呟くと、竜と光の後を追っていく
一瞬の出来事だった。何が起きたかわからない樋口たち3人だったが、そういえばと和屋は思い出していた
「そうだった、樋口くん。俺たちは氷室を探してたんじゃなかったっけ。もうすぐ来るって、今本原が言ってたよ」
和屋がそう告げると、いや、俺もそれは聞こえていたと樋口は内心思う
ただ、なぜそれを俺たちにわざわざ告げて言ったのか。一緒に行動してる? いや、そういう感じではない
妙に竜たち3人が早歩きをしていた。それがとても気になる樋口だったが、すぐに理由は思いつかなかった
しかし安理の反応は違った。すぐにスマホの画面を閉じると、
「これはまずいよ。あいつら、厄介者を僕らに押し付けようという魂胆だ。きっと氷室はこのプログラムに乗ってるんだ。僕らを囮に自分たちは逃げようっていう魂胆だよ」
言って、こっちだと竜たちが消えていったのとは別の方向の茂みを指を差す
そして安理とは思えない素早い行動で、地面に『西崎、本原、水木はこのまま直進していったよ』と書いた紙を地面に置いて石で固定するファインプレー
「よし、これで僕たちを追ってくることはないはずだ」
言って安理は自信満々に身を隠す。そして樋口、和屋もそれに続く
やがてすぐ清が本当にやって来たのを見て、樋口たち3人は驚きを隠せない
まして鉈を持って不気味な笑みを浮かべているのを見て、”相談”しなくてよかったと心底安堵していた
清はその”置手紙”を見ると、樋口たちが潜んでいるほうを見てニヤリと笑みを浮かべる
見えていないはずなのに!
安理はそう思ったが、やがて清はその紙の指示している通りの方向へ進んでいったのを見届けて安堵のため息をついた
「どうする? 戻るか?」
和屋がそう言うと樋口はすぐに首を振ったが、安理は
「今、氷室が来た方向へ進んでみるのはどうだろう。あの3人、そして氷室の歩くペースを考えると、多分誰にも遭遇しない安全地帯のように思えるよ」
言って、今以上 それ以上 愛されるまで〜と唐突に歌いだす
まあアテもないわけだしそれもいいかもと樋口が感じていたが、和屋は妙に遠い目をしていた
「さっきの本原、可愛かったなぁ。こけしみたいで」
しみじみそう呟くと、リュックから本麒麟を取り出して飲み始める
いや、今はそんな余裕ないだろと樋口は思ったが、隣で安理もマックスコーヒーを飲み始めているのだからたちが悪い
挙句に二人で乾杯まで始める始末。ダメだこいつら、何とかしないと...
「...失敗したか。まだついてきてるな」
竜が苦虫を潰したような表情を浮かべると、不意に悠が足を止めた
光は、”まさか。このタイミングで限界が来たの?”と思わず天を見上げそうになったが、竜が「水木、お前は隠れてろ」と言って、静かに木の茂っている方向を指差す
わけもわからない光だったが、リュックを2つとも預けられ、3つのリュックを抱えたまま木陰に身を潜めることに
竜と悠はその場で清が来るのを待つかのように、道の真ん中で静かに立っている
光は二人が武器を持ってないことに気づき、焦ってリュックを開こうとしていると「光ちゃん、そこで黙って見てて」と悠がとても静かな声でそう告げたので見守るしかなかった
やがて清が鉈を片手にやってくるのを見て、木陰で見ていた光は驚きを隠せない
2対1とはいえ、武器を持っている清に徒手空拳の竜と悠
せっかくマシンガンとショットガンがあるのに...光はそう思いつつ、手元に拳銃があったのを思い出した
いざとなったら私が...そう思っているのを見透かしたかのように、悠は清に見えないように左手を振ってみせる。「いらないよ」、と言わんばかりに
無言で対峙する3人だったが、やがて竜が最初に口を開いた
「何が狙いだ?」
静かに響く声でそう聞くと、清はわざとらしく首を振って周囲を見渡す
「そうね、あなたたちに用はないかしら。水木光はどこ?」
言って、光が潜んでいる木陰のほうを見て不気味な笑みを浮かべる
「光ちゃん、オカマに用はないって言ってたよ」
そう言った悠の表情は、恐ろしいほど研ぎ澄まされている
聞いて清は、こちらも不気味すぎる笑みを浮かべるとナタを悠の目の前に突きつけてくる
「あら、そんなこと言っていいのかしら。こっちは鉈だけじゃなく、拳銃も持ってるのよ」
言うが早いか、鉈を自分の背後に置くと拳銃2つをそれぞれ竜と悠に突き付ける
「水木光、いるんでしょ。出てきなさいよ。じゃないとこの2人、西崎とこけしちゃんの命はないわよ?」
清がそう言い放った直後だった
竜は静かに下を向いて首を振ると同時に、清はあっという間に悠に組み伏せられていた
銃2つとも奪われ、鉈を首元に突き付ける悠
修羅か鬼のような表情を浮かべている悠の前髪はいつの間にか上がっていて、そこから大きな痣と火傷の跡が覗いている
「ひっ」
思わず悲鳴を上げる清に対して、悠は徐々に鉈の刃を清の首に食い込ませていく
このまま清は涅槃へGO!になるかと思った矢先、光が突然空に向けて拳銃を発砲した
「やめてください!」
言うと同時に飛び出してくる光に一瞬気を取られた悠に対して、清は脱兎のごとく逃走した
「待てや!」
そう言って追いかけそうになる悠だったが、光が必死な表情でそれを抱きついて必死に止めた
「お願いだからやめてください。悠さんに人殺しになってほしくないんです」
涙を浮かべて光はそう言いながら、悠衣の前髪をいつものぱっつんに戻す
ややあって、「光ちゃん、もういいよ。わかったから」
悠はそう言うと、いつもの表情に戻っているように見受けられた
それで光が離れると、竜が感心したかのように小さく呟く
「水木、お前凄いな」
何のことかわからなかった光だが、悠が光の頭をぽんぽんと撫でていた
「ありがとう」
悠はそう小さく言って立ち上がると、「竜、お腹すいたー」といつもの様子
それで竜は左手の腕時計を見て小さく頷いた
「もう少し歩くぞ。それでどこかの家に入ってからな」
言って、清から奪った拳銃2丁を竜と悠、それぞれがポケットに仕舞うと再び歩を進めだした