戻る
Next
Back
「昔な、いろいろあったんだよ」

悠をおんぶしながら竜は光にそう話す
お腹すいたーといった後、悠は突然死んだように眠ってしまった
ぶちぎれモードの後は、いつもこうなんだと言って小さく笑う

痣と火傷の跡を隠すために前髪を揃える髪型

子供の頃
悠が”お人形さんみたいで可愛いねぇ”と言われていたのを、よく思わない連中がいた
それを「こけし!」「こけし!」と何度も揶揄われているうちに、抑えが効かないほどぶち切れて”半殺しに近いことをやったことがあったんだ”と言って、思い出し笑いをする竜を見て、光はかなり驚いていた
痣は生まれつきで、火傷は幼い時だから記憶がないと言っていたらしい

「な、びっくりしただろ」
涼しい顔で竜がそう聞いたので、光はしみじみと頷いていた

「竜さんは”アレ”、言ったことあるんですか?」
光がそう訊くと、竜はちょっと遠い目をしたがやがてまた小さく笑った
「いや、俺は言ってないんだがな。1回面白いことがあったな」
それだけ言って、竜は前方の家を指差す

「あそこにするか。水木も相当疲れただろ」
言って、竜は周囲を確認しつつ家の中へ誘導する
実際相当疲れているのは事実なので、休めるなら休みたいというのが光の本心だった

居間に悠を寝せて毛布を掛け、竜はまたキッチンへ
手持ち無沙汰の光は、とりあえずタブレットを開いて”今できること”をやっていると、やがて悠が目を覚ましたようだった

「光ちゃん、ごめんね」
起きるなり悠はそう言って光に頭を下げたので、光はすぐに手を振ってそれを制した。やめてください、と
しかし悠はしっかりと光の目を見て、もう1回頭を下げた

「光ちゃんは私のために泣いてくれた。光ちゃんに危害を加えるやつは私が絶対に許さないから」
真剣な表情でそう言って頷くと、すぐに普段の悠の表情に戻っている

「晩御飯なにかなー。竜、お腹すいた」
悠が台所まで聞こえる声でそう叫ぶと、「待ってろ」と竜の声が届く

暇なのか悠は、タブレットを弄っている光のほうを黙って見ている
光はそれで、さっきの竜が匂わせた件を聞いてみることにした

「あぁ、あれのことね」
悠はそう言うと、台所のほうを見て目を細めた

竜の憧れの人が亡くなってからしばらくした後の話
悠がいつものように竜の部屋に遊びに行ったとき、竜は何かの本を読んでいた
それで悠はPCを勝手に起動させ、”ABEMA"でプロレス中継をかけて、竜の隣で漫画を読んでいたのだが
事件はその時に起こった

あるプロレスラー、ニックネームが「みんなのこけし」なる人がいる
技名が小こけしや、こけしロケット、そして必殺技が『こけし』

気づいた時には、悠は我を忘れて大暴れをしていた
本を投げる、机を蹴り飛ばすなどしていても竜は平静を保っていたのだったが、竜と悠、そして憧れの人が写っている写真立てを破壊した直後
竜が静かに「悠!」と一喝した声、それが今でも忘れられないんだよねと悠はしみじみ語った

「あの時はもう、許してもらえないんじゃないかなと思ったんだよ」
言って、悠は自分のスマホを開くと光に見せた
そこには今よりちょっと幼い竜と悠、そして派手な赤い髪をした女性が写っている写真だった
「それが竜の憧れの人。美人でしょ?」
光が頷いたのを見て、悠も小さく頷いた
「で、光ちゃんにお願いあるんだ。私に何かあったら、このスマホを竜に渡して」
そう言った悠の声のテンションは、いつになく低いもので光はちょっと驚いたのだったが、やがて台所からとてもいい匂いが漂ってきたので、悠はそちらに夢中なようだった

光が作業を終えると同時、竜が「出来たぞ。取りに来い」と悠を呼んだ
悠と竜がテーブルの前に並べたプレートを見て、光はまた驚く羽目に

ピラフの上に、とんかつが乗ってデミグラスソースがかかっている
「”エスカロップ”ってやつな。まあ悠はカツピラフって呼ぶが」
そう言って竜は小さく笑みを浮かべると、「おっと忘れてた。スープもある」と言って再び台所へ
その間に、悠はまた早速食べ始めている
光は竜の到着を待っていると、「いいから。先に食ってろ」と見透かしたかのように竜の声
それでも光が待ってると、やがて竜はスープを運んでくる
「早く食わないとまた取られるぞ」
言って竜が笑うと、悠は本当にもう食べ終わりそうな勢いだったので光もつられて笑った

やがて竜と光も食べ始め、悠も”おかわり”を食べ始めている
そんな中、外から聞こえる唐突なピアノ演奏の音
ノリがとてもいい曲で、スターダストな雰囲気を感じさせるその曲が流れる”18時”の放送が開始したようだった

『ブエナスノーチェス〜、北洋!』
無駄にイケボの声が響いている中、食べ終えた3人は悠が例によって洗い物を開始して、光が再びタブレットを開き、竜は外の様子をカーテンの陰から見守っている
『禁止エリアがこれからどうなるのか、今までの死亡者が一体誰なのか。その答えは、もちろん...Tranquilo.あっせんなよ! ではまた、この放送でお会いしましょう。Adios!』
まるで放送になってないそれの後、例に違わず”ゲロ”による禁止エリアと死亡者の紹介が行われている
死亡者の中に原間日登美の名前があったので、光は思わず竜の顔を見てしまった
もし、あの時。私が「オカマ」を選んでたら...

それに気づいたのか、竜はカーテンのほうから席に戻ってきてそれをまじまじと見つめ返す
そこに洗い物を終えて戻ってきた悠も加わり、光のほうをまじまじと見つめるので思わず光は俯いてしまう

「あれね。もしオカマ選んでたら、『ホントにそれでいいのか?』ってやって、絶対選ばせなかったんだよ」
無駄に竜のマネを入れて悠がそう告げると、竜はふふと鼻で笑っている
とんだ種明かしをされて、光は俯いたまま首を振った。というより、心の中を完全に読まれたことが内心怖くなっていた
「それは光ちゃんが分かりやすいからだよ」
悠がダメ押しの一言を入れてきたので、もう光は考えるのをやめた。ダメだ、この子には敵わないと

「そうだ、お風呂にお湯入れて来たよ。汗臭いの嫌でしょ」
悠がそう言うと、竜は「いいんじゃないか」と小さく頷いている
確かに汗臭いのは嫌だけど、そんなことして大丈夫なんだろうかと光は考えていた
交代で入るのはもちろんにしても、あまりにもリスクが大きいのではないかと

「嫌なら入らなくてもいいよ。これから水木臭ちゃんって呼ぶね」
涼しい顔で悠がそう告げると、竜はまた下を向いてふふと思わず笑っていたが、やがて小さく首を振ってから言った
「多分だが大丈夫だと思うぞ。わりと俺ら歩いたからな。結構外れのほうだし」
そう言って竜は地図を指差した
「ここが現在地な。禁止エリアに囲まれてるし、そう簡単に襲撃されないと俺は思うが」

そのやり取りをしている間に、悠はさっさと”一番風呂”に突撃していた

早っと光が感心していると、
「あいつは出てくるのも早いぞ」
竜はそう言ってまた小さく笑った