「樋口くんのは、まあまあ..スタンダート。だてに履いてないわけじゃない」
そう言ってから、和屋は安理のほうをまじまじと見る
「すると、そこには小さな獅子唐が……」
そう言って、和屋は風呂上がりの一杯と称して黒ラベルを痛飲している
樋口、安理、和屋の3人は原間日登美だったものの死体が転がっている近所の民家にいた
「僕は何も見ていない、何も見ていない」
死体の第一発見者の安理は、直後に目を閉じて知らない振り
さすがに普段は豪胆な樋口も死体はまじまじと見れなかったようで目を伏せていたが、和屋は本麒麟を一本供えて合掌していた
しかし、あえてその近所の家に入ったのには樋口なりの考えがあった
「死体がすぐそばにある家なんて、誰も来たくなくね?」
樋口がそう言うと、安理と和屋は”然り、然り”と合わせ鏡のように頷いていた
まずは、という感じでそれぞれシャワーで汗を流す3人
さすがに呑気に風呂というわけにはいかなかったのが現実だった
放送を聞き終え、当面の禁止エリアの心配はない
それどころか周辺がわりかし禁止エリアに囲まれていて、当座の安全が確保されたような状況に内心安堵していた
ただ一つ気になったのが、この家のこと
ジュースやオロナミンCの空き瓶などが、さもついさっき飲まれたかのように放置されていたことだった
「樋口くん、何かついさっき片づけた感がある食器があるよ」
空き缶を捨てに行った和屋が、ちょっと驚いた感じで居間に戻ってくる
となれば、と樋口は思った
原間なのか、氷室なのか、それとも....
「食器は3人分だね。本原達じゃないかな」
和屋があっさりそう告げたので、そういうことねと樋口は心の中で頷いていた
「間接キッスやっちゃう? 誰がどれ飲んだか知らんけど」
まるで興味なさそうに安理はそう言いつつ、棚などを漁っている
どうやら”晩飯”を物色しているらしい
「お、いいものがあったよ。晩御飯はこれにしよう!」
そう言って安理が嬉しそうに持ってきたものを見て、ヒグチと和屋は驚愕する
『一平ちゃん ショートケーキ味』
”絶対に完食できないカップ麺が、そこには ある”とまで称された、伝説のアレ
なぜか賞味期限はしっかり大丈夫なそれを3つ、安理は大事そうに持っている
「他にめぼしい食べ物は見当たらなかったよ」
言って、安理は台所でお湯を沸かし始める
プログラムというのは、ホント”過酷”なんだなと心の底から思う樋口だった
殺し合い以前に、”食事”から苦行を強いられている真実
和屋は覚悟を決めるためなのか、それともただの酒乱なのか。ひたすらぐいぐいと今度はサッポロクラシックを飲んでいる
思わず、「1本くれ」と樋口は言ってしまい、和屋から受け取って痛飲する
”このプログラムがどうなるものか。危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし。迷わず食えよ、食えばわかるさ”
”焼きそば”にお湯ば注がれる中、樋口は心の中で詩を読んでいた
詩で済めばいいが。死になるかも知れんね、この食べ物は...
3分後、そしてそのすぐ後
そこには地獄絵図が広がっていた
一口食べ、あまりの衝撃に樋口は言葉を失った
安理はまた泣きながら食べつつ、
「これは食べ物に対する冒涜だよ。キリストやブッダも怒るよこれ」
そう言いながら、懸命に箸を進めるが焼きそばは一向に減ろうとしない
和屋は当初、「あまーい」などと言って軽口を叩く余裕を見せていたが、2口目、3口目と食べるにつれわかりやすいくらいにテンションが下がって行っている
それと反比例して、黒烏龍茶を飲むペースが上がってくる
「流し込むしかないんや!」
心の叫びが駄々洩れだったが、見事なまでに量が減ろうとはしない恐怖の食べ物
「食べるのを諦めるな!」
言って、樋口はテーブルに突っ伏した。朝倉未来よろしくタップはしていない。失神でもしたかのように、静かに気を失っている
「無理だったかもしれない、無茶だったかもしれない、でも無駄じゃなかった」
安理もそう言って見事に散った。それはそれは見事なKO負け。橋本真也負けたら引退スペシャルならぬ、千葉安理吐いたら引退スペシャルを敢行してしまった
「樋口、王子。お前ら消えるのか?」
和屋はそう言うと、異常なまでに澄んだ目をして遠くを見る。やがて一人納得したように頷いている
「弱音を吐くのはいい。吐きたければいくらでも吐け。俺が聞いてやる。だが諦めるようなことだけは言うな!」
そう叫ぶと、和屋は便所に向かって駆けて行った
しばし経って涼しい顔をして戻ってきた和屋だったが、その後またいつもの本麒麟を2缶飲み終えたところで樋口、安理と同様にテーブルに突っ伏したのであった