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悠がまさに”烏の行水”を実演した後、光も風呂を済ませて今は竜の番

悠と光は風呂上がりの一杯と称して、お互いに水を飲んでいる
食べるときと別人のように悠の水を飲むペースが遅いのを見て、光は思わず微笑んでしまう
しかし悠はその光を気にせずに、どこからか取り出した”ねるねるねるね”に夢中な様子だった

「そう言えば2つ気になっていたことがあって」
光がそう呼びかけると、悠はん?という感じで顔を上げるが手はまだねるねるねるねに向けたままだった

「最初の家で襲ってきたのって、やっぱりあの3人だったんですかね?」
光がそう聞くと、悠はちょっと思案した様子だったがやがて首を振った
「多分違うんじゃないかな。あいつらだったなら、私たち追いかけてきたときに普通に撃ってきたでしょ。ずっと追いかけて来るしか出来なかったんだから、私は違うと思うな」

悠がそう言うと、確かにと光は思った
ということは、逆に言えばやる気になってる生徒はたくさんいるということ。脱出の方法を探るにしても、一筋縄じゃ行かないんだなと改めて思い知らされる

「あともう1個いいですか?」
光がそう聞くと悠は小さく頷いたので、光は続ける
「どうして悠さんと竜さんは銃を持ってるのに使わなかったんですか?」

それを聞くとすぐ、悠は例によって椅子に座る悠の足元から無邪気な笑顔で見上げていた
「決まってるじゃない。私も竜も普通の高校生だよ? 喜んで人を殺しすように思える?」
確かに。と光は思った
さっき一度銃を撃った時の衝撃は相当なものだった
アレを人に向けて撃つ、考えるだけでそれは恐ろしい...

「そういうことだよ。光ちゃんが脱出の方法があると言ってるんだから、私と竜はそれに従ってるの。責任重大だよ」

そう言って、悠はまた自分の席に戻っている

「まあ今日はこの家でお泊り会だよ。あとで枕投げしようね」
場にまるで相応しくないことを言う悠の表情は、完全にやる気がない無感情なそのもの
1日ずっと一緒に居ても、光は悠のいまだに感情を読み取ることが出来ない
たまに笑顔を見せるが明らかに感情を伴っていないそれ。竜もそうだが、この2人はまだ私に心を開いてくれてないんだな、と思った
まあ私もさすがにまだ完全に打ち解けてはいないけれども、と

悠は再びねるねるねるねで遊びだし、悠もまた水を飲もうとした矢先だった

「光ちゃん、荷物纏めて電気消して。あと竜に早く出るように言って」
言うが早いか、悠は窓やドアの鍵を閉め始める。光が何事かわからず呆然としていると、悠は「早く!」といつになくちょい口調でそう続けたので、慌てて部屋の電気を消す
それから脱衣場に行って「竜さん、早く出てくださいって悠さんが言ってました」
そう告げると、静かに「わかった」と声が返って来たのでそれから荷物を1か所に纏める

2階の窓もしっかりと締め終えたのか悠も居間に戻ってくる。それとほぼ同時に竜も戻ってくると、
「誰かが向かって来てる。どうしよう」
悠が静かにそう告げたので、光は内心驚きを隠せない
竜は相変わらず静かな口調で、「どれくらいだ。逃げれる距離か?」
そう聞かれると、悠は小さく首を振った

「入り口からは無理だね。裏口からなら行けるかもだけど」
それで竜は首を振った

「なら止めとくか。夜陰に紛れて逃げやすいのはあるが、こっちもリスクがでかい」

え、襲撃されたらどうするの...?
光がそう思っている間に、悠と竜はそれぞれ玄関と窓の傍に座って様子を伺っている

「光ちゃん、何かあったらその荷物持って裏口から逃げるんだよ。私たちに構わないでいいから」
悠が暗闇の中静かにそう言ったので、光は動揺を隠せない
「え、それって...」

言いかけると同時、玄関の戸を開けようとするガチャガチャという音
しばらくそれが暗闇に鳴り響き、光の緊張感は高まる一方だったが悠と竜の様子を目で追うと、二人とも銃を構えてこそいるもののとても落ち着いた様子に見える

玄関が終わった直後、今度は窓を開けようとする音が静寂に響く
音を立てずに玄関から竜が異動して来ていて、光に対して「裏口のほうへ移動しとけ。それで裏口の音が鳴ったら玄関へ移れ」
そう静かに言うと、竜は悠と一緒に窓の傍で様子を伺う

光は戸惑いながらもリュックを抱えて裏口へ移動する
1個しか持っていないのに気付き、悠が2つ抱えて光に無理に渡す
光が拒否しようとするが、すでに悠は窓の傍へ移動していた

窓を開けようとする音は続いている。そして次に2階の窓から響くガシャン、という音
多分石でもぶつけたのであろうか、その音に思わず光は声を上げそうになったがギリギリ堪えることが出来た

「やるな。1階じゃなく敢えて2階か」
竜が小さく呟くと、悠も不敵に笑んで頷いている
「ね。1階だと反撃があるかもだからの2階。ということは向こうは1人かな」
悠がそう言ったのを聞いて、竜も小さく頷いた
「俺も同じ考え。多分最初の襲撃犯と同じだな」

竜がそう言ったと同時、今度は裏口に向けて銃声のようなものが響く

「ひっ」
思わず小さく声を上げた光だったが、すぐに荷物を抱えて玄関のほうへ走って行く
「光ちゃん偉いよ。向こうに聴こえてない」
悠がまた小さく呟いていたが、光はそれどころじゃなかった。さすがに間近で銃声を聴くと頭がパニックになってしまう。一生慣れることはないだろうそれ

そしてまた響く裏口を開けようとする音
どうやら裏口は無駄に頑強な”防弾仕様”だったようで、銃弾1発じゃピクリともしなかった様子
また再び何度かガチャガチャやっているようだったが、やがて諦めたのか遠ざかっていく足音がかすかに聞こえてきた

安心したのか、光は窓際で様子を伺っている竜と悠の元へ恐る恐るやってくる
そして再び届く、2階へ向けての今度は銃声の音
再び光が「ひっ」と声を上げるが、すぐにそれは悠によって口を塞がれる

「光ちゃん落ち着いて。まだ向こうは様子伺ってるんだから」
それで光は思わず涙目になりながら何度も頷くと、やがて悠は光の口から手を放して頭を撫でている

「言ったよね。私は絶対光ちゃんを守るって。だから安心して」
そう言った悠の表情は、暗闇からでもわかる真剣そのもの。異常なまでに研ぎ澄まされたそれに、思わず吸い込まれそうな気にさえなってしまう

「行ったか。まあお陰で今晩は大丈夫だろ。2階の窓が破壊されてる家に、わざわざ入ろうとするバカはいないだろうからな」
竜がそう言って思わず笑うと、光は思わずその竜の顔をまじまじと見てしまう
良く笑っていられますね、今の状況で...
それで竜も首を傾げたままその光の目を見つめ返すと、それに気づいた悠も同じように光の目を見つめてきたので
「やめてください」とちょっと照れた感じで両手を振る

しばし経ってふぅと竜が大きく息をついたのを見て、光はまたきょとんとしてしまった。それを見た悠がまた不敵に笑みを浮かべる
「あのね、竜も私も普通の高校生なんだよ。ホントは内心バクバクなんだよ」
明らかにセリフと合ってない涼しい顔をしている悠と、それに黙って頷いている竜

どこまで本心なのかは本当に読めないが、今はそれはどうでもいいことだと光は自分に言い聞かせた
とりあえず今は無事。そして脱出方法を何とか探る、ただそれだけに集中する。そうすれば、この2人はきっと私に協力してくれる

「明日の朝ここ出るよ。早く寝て早く起きる。それが健康の秘訣だよ」
悠が突然意味不明なことを口走っているが、もう光は気にしないことにした


「チッ、ここでもなかったか」
そう舌打ちをしつつ、冷めた表情で家を見ながら去って行くのは刃長拓だった
あいつだけは絶対に許さん、あいつだけは...
そう呟きつつ、まだぬくもりが残る拳銃を手に拓は夜空を見上げる
まあ、もしあの家に潜んでなくても...な

拓は足早に歩きながら姿を消した