樋口はようやく目を覚ました
起きてすぐ目に入ったのだが、安理は何かを読みながら飲食を行っている
「いやぁ、ご都合主義にもほどがあるね。なぜこんなハーレムを作れるんだい。作者が自己投影しすぎでしょこれ」
言いつつ、安理は生の”ふえるわかめ”をつまみに水を飲んでいる
いや、乾燥したままのふえるわかめに水は厳禁のはずだが...樋口がそう思っていると、安理は読んでいた本『Re:』を机に放り投げている
あれ、和屋がいないぞと思って周囲を見渡すと、離れた小さなテーブルで珍しくコーラを飲んでいる
こちらも本を読みながら何かを摘まんでいるようだった
「無理やり感動的に終わらせようとし過ぎだぜ、Cabron.」
言って、和屋も同じように本を投げ捨てた。それには『RLS』と書かれていた
見ると和屋はチューイングソフトキャンディを食べており、そのパッケージには「mentos」と書かれていたので、樋口は思わずそれを制止する
「いやお前、コーラとメントスを同時に取るのは..あかんでしょ」
”なぜ止めるんだい? 僕は勇者だよ”
言わんばかりに和屋はまたメントスを食べようとしたが、不意にそれを置いて樋口を急に睨みつける
「樋口くん、”お前”はダメだろ。あまりにもそれは不適切なフレーズだよ」
肩幅をいからせてそう言い放つと、再びメントスとコーラを同時に摂取してしまう
「いや、これは...ヤバイよヤバイよ」
気づくと和屋も安理も悶え苦しんでいる
そりゃそうだ。やってはいけないことを2人同時にこのプログラムで行っている喜劇
もうお前ら、いい加減にしろよと思いつつ、樋口はスマホの画面を開く
「うわ、また川田飛ばしやがった」
思わず競馬の結果を見てそう呟いてから樋口はスマホを絨毯に放り投げる
あまりにも無防備すぎるこの3人
外では”殺し合い”が繰り広げられているのに、この3人はあまりにも無策で滑稽である
このままことがうまく運ぶとは思えないのだが、何とかなりそうな気さえしてくるのは不思議である
呑気に家で黄昏ている3人
”予期せぬ訪問者”が間近に迫っているのに、安理はまたマックスコーヒーを痛飲しているし、和屋は冷蔵庫から取り出したスイカをつまみにビールを飲み始めている
相変わらず自殺行為が好きだなぁと樋口が感心して立ち上がると同時、家のドアが開く音がした
その音に3人は驚いてドアのほうを見る
「僕は自分を愛してまーす!」
なぜかエアギターを奏でる棚町弘嗣の姿がそこにあった
これは勝ち目がないと踏んだので、樋口たちは弘嗣をもてなしていた
安理はせっかく見つけた即席?を作っており、和屋もプレミアムモルツをジョッキに注いでいる
「棚町、疲れただろ。さあ座って座って」
樋口がそう労って弘嗣を椅子に座らせると、俺はな、生まれてから疲れたことがないんだと涼しい顔で受け流される
とはいえ座ってくれたので、こちらに敵意がないということはわかってもらえたのかと3人はそれぞれ内心で安堵する
やがて安理が”サッポロ一番味噌ラーメン”を卵入りで作ってきて、それを弘嗣の前に置くとものすごい勢いで食べ始める
「こういうのはなあ勢いが大事なんだよー!」
あっという間に弘嗣はそれを食べ終え、和屋が差し出したモルツもあっという間に2缶飲み終えている
和屋がさらにビールを注ごうとすると、それはさすがに弘嗣が制止した
いや、もう十分だと。それで安理がまだ何か食べるかい?と聞くが、それも制止された
「お前ら、プログラムに乗ってないのか?」
弘嗣にそう聞かれ、3人は互いに顔を見合わせる
そして一様にすぐ首を振って頷いてみせると、だろうなと言って弘嗣はニヤリと笑った
「安心しろ。無警戒なやつを襲うような卑怯なことを俺はしない」
言って、弘嗣は今日誰に遭遇したか。どんな出来事があったかを聞いてきた
それで樋口は今日目の前で起きたことを丁寧に説明すると、弘嗣はいちいち頷いてそれを聞いている
なるほどな、と言って弘嗣は水を所望したので安理がキンキンに冷えた水を提供する
「面倒そうなのは西崎と本原か。あの水木を懐柔してるとはな」
弘嗣が感心したようにそう呟いて水を飲みつつ、コップを置くとすっと立ち上がった
「あれ、もう行くのかい? もっとゆっくりしていきなよ」
心にもないことを和屋が言うと、弘嗣は被りを振った
「俺にはやるべきことがあるからな。殺らない棚町はただのイケメンだ」
言うと、弘嗣はポケットから拳銃を取り出したので3人は一斉に怯え始める
それに気づいて弘嗣は笑って右手を振ってみせた
「今日は始まりの夜です。ビギンズナイトです」
言って、弘嗣はすぐに拳銃をまたポケットに仕舞う
「俺、鬱陶しいだろ」
弘嗣はそう言って3人を見てまたニヤリと笑う
蛇に睨まれた蛙状態で身動きが出来ない3人に気づいたのか、弘嗣は右手でポーズを取って玄関へ向かう
「プログラムは常に自分が主役。僕にはプログラムの要素が全部詰まってますから」
そう言って弘嗣は外へ出て行った
しばし経って、3人はまた顔を見合わせる。何だったんだ、今のは。と
「まあ無事でよかった。今晩はこの家でこのまま過ごそうじゃないか」
言って安理は弘嗣が出て行ったドアに鍵をかける
いや、ぶっちゃけ鍵かけたところで窓割られたら一巻の終わりだぞと樋口が思っていると、和屋はジョッキに生卵の黄身を何個も入れて飲み始めている
「よっしゃ、俺も棚町の肉体を手に入れてやる。ロッキーのトレーニングや!」
黄身を飲みつつ、言ってスマホでロッキーのテーマを大音量でかけようとしたので、樋口はそれを慌てて制止したのであった