前園翠には忘れられない記憶があった
中学1年の時の体育祭の時の話。借り物競争で翠が引いた紙に書かれていたのは、『背が高い人』
それで密かに憧れていたクラスメイトの西崎竜を慌てて呼んだ
竜は素直に出てきてくれ、翠にこう言った
「手、繋がなくていいのか?」
翠はちょっと驚きつつ首を振って遠慮していると、竜は小さく笑みを浮かべてこう続けた
「本当にいいのか?」
結局手を繋ぐことはなく、1位にもなれなかったが5年経ってもまだはっきりあの光景は覚えている
「ホント、あの時の西崎はかっこよかったからね」
一緒に行動している戸叶碧はそんな翠を見て小さく笑っている
翠と碧は中学からの親友
碧が最近光と仲良くしているからあまり目立ってはいないだけで、元々は翠と碧は離れられない関係と言っても過言ではなかった
「てっきりあんたは水木さんを選ぶと思ってたんだけどね」
翠は水を飲みつつそう呟くと、碧は小さく首を振った
「光は...そうね、大切な友達よ。でも翠、あなたはかけがえのない友人だからね」
「西崎といえばさ、中2の時だっけ。文化祭の打ち上げでカラオケで凄いの歌ってたよね」
碧がそう振ると、翠は笑って頷いていた
”THUNDER STROM"、誰一人知らないそれを淡々と歌っていた彼。本原悠だけが小さく手拍子していたのも覚えている
あまり社交的ではなかった彼だったが、それでも中2まではそういう『催しごと』にもわりと参加していた
しかし中3のある時からは...
「いつからだっけね。あんなキャラになっちゃったのって」
翠がそう言うと、碧はちょっと考えたようなそぶりを見せる
翠と竜は偶然にもずっと同じクラスだったのだが、会話らしい会話を交わすことは全然なかった
悠と竜が一緒に居るのはよく見ているが、ほとんど話しているのを見たこともない
「あの2人の関係ってなんなんだろうね」
碧が思わずそう呟くと、翠はちょっと笑みを浮かべて首を振ってみせる
「それを言ったら、私たちだってそんなもんじゃない」
確かに、と碧は思った
腐れ縁としか言いようがない碧と翠の関係
塾が一緒。席替えをすると前後になるか、隣になるか。片親しかいないという家庭境遇、テストの順位まで常に隣同士という
もう気持ち悪いくらいの一体感で自然に意気投合していた
好きな歌手まで一緒だったのは驚いたが、さすがに好きな人までは一緒ではなかったようだ
「まあ、言うほどワルではないんじゃないの。知らないけど」
それが竜に対する碧の人物評
人の憧れにどうこう言うつもりはないが、むしろ憧れのまま終わることのほうがいいと思っていたのは内緒
二人がいるのは北のはずれにあるポツンと一軒家的な場所の家
武器はそれぞれ拳銃だが、それはテーブルの上に放置されている
今のところ2人が合流して以来、誰とも遭遇していないので碧はこの場所で正解だったんだなと感じていた
いくら拳銃を持っているとはいえ、人に向けて撃ちたいとは思っていない撃てる気もしなかった
「ねえ、これからどうしようか」
碧がそう呟くと、翠はおもむろに地図を広げだす
ある地点を指差して、「ここ怪しくない? 映画とかでさ、廃墟ってよく脱出に繋がるケースが多い気がするんだけど」
小さく笑いながら翠がそう言ったのを聞いて、確かにと碧は思った
しかし...首輪が非常に厄介だ。事が上手く運ぶとは思えないそれ
「ねえ、この首輪...どうにかならないかな」
碧がまたそう呟くと、翠はすぐに首を振った
「さすがにそれは....ね。出来そうな人は一人しか思いつかないよ」
翠はそう言って碧のほうを見てちらっと笑う。それで碧もすぐに合点が行った
だよね、と。ばれずに”ハッキング”をして、首輪を解除できそうな人など、このくらすで出来るとしたらあの子しかいないと
碧は光と普段仲良くしているからこそ、底知れない怖さも別に感じていたのは事実だった
予想をはるかに超えた考えをしてくることが多々あったり、碧が聞く前に心を完全に読み切ったかのように答えを言ってきたこともあった
普通に感心して、尊敬に近い念を覚えていたのも確か。その想いは好意に近いものへ昇華していた
「どうする? 水木さん探してみる?」
翠がそう聞くと、碧はちょっと考えた様子だったがやがて小さく頷いた
「そうだね。考えられる最善の策はそれだと思う。けどね...」
碧はそこまで言うと、また小さく笑った
「もう今日は夜遅いからね。明日明るくなってからにしよっか。暗いところ歩くのはリスクありすぎるよ」
家に普通にいるのも安全というわけではないが、女子2人が夜陰に紛れて人探しをするよりは絶対安全と思えた
「じゃあどうする。一緒に寝よっか?」
翠はニッコニコでそう提案してきたが、もちろん冗談なのはわかっているので碧はすぐに首を振った
いや、2人同時に寝るのはリスク高すぎでしょと。放送聞きのがして禁止エリアに引っかかったら話にならないしね
「寝る時は交代にしましょ。もし眠くなったら言ってね」
碧はそう言ったと同時に、思わず小さく欠伸をしてしまい思わず笑ってしまった
それで翠も笑みを浮かべ、「碧、あなたが先に寝ていいよ。私はもうちょっと地図とか調べてみるからさ」
そう言われ、「じゃあお言葉に甘えるかな。仮眠してすぐ交代するから」
碧は素直に寝室へ向かっていった。それを翠は目を細めて見送っている。「いいよ、ゆっくり寝てて」、と
家の向こうで木々が揺れていることに2人は気づいていなかった
「このレズ女郎。女子2人イチャイチャしやがって。レズ!」
またも謎のポーズを取っている山尾光司は何をするでもなく、その場から足早に立ち去って行った