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居間にいるのは悠と光の二人だけ
竜は”仮眠”ということで別室にいる
悠がスマホのあみだくじアプリで順番を決め、最初に竜が選ばれた
「わかった」と言って部屋から出て行こうとした際に、悠が「ちゃんと”トルティーヤゲーム”やってから寝ないとダメだよ」というと、思わず竜は噎せる
さらに光が「スッポン食べて元気出します?」と追撃するのでたちが悪い
「お前ら、もういい加減にしとけ」
竜はそう言って静かに部屋から姿を消している

しばし経った後
「光ちゃん、酷いよね。”作者さん”、私たちのことと今後の展開をすっかり忘れちゃったみたいだよ」
悠はそう言って泣き崩れる真似をして見せると、光もわざとらしく驚いた様子を見せてからがっくりと項垂れている
「そうなんですか?! 私たちが今まで頑張って来たのは水泡と帰しちゃうじゃないですか!!」
珍しく激高した様子に急変する光に気づくと、今度は悠もどこからか取り出したハンドバックを放り投げて怒り心頭な様子
「ホントふざけるなって感じだよね。明日は竜に朝からラーメン作らせてやるから!!」

言って悠は突然いつもの様子に戻ると同時、光も落ち着きを取り戻して地図の睨めっこを開始している

「ありがちなパターンだと、廃墟が廃坑に繋がっていて、そこから地下トンネルから本州に行けるってパターンが多いよね」
悠は光からタブレットを借りて、動画を見ながらタオルを回して遊びながらそう言うと、光は地図のある地点を見てそこを指差す
「悠さん、ここに廃墟ありますよ。すいません、ちょっとタブレット貸してもらえます?」
言ってタブレットを受け取ると、地図と照らし合わせ始める
そして間もなく、スケッチブックを取り出すと『これはもしかしたら、もしかしますよ」
光はそう言って目を輝かせると、タブレットを操作する手の動きが早くなり始める

しかし悠はまだタオルを振ったまま首も振っている
「光ちゃん。首輪はどうするの。これ邪魔だよ」
悠はそう言って首輪を指差した
もちろん光もわかっている。生理的じゃなく物理的にも邪魔でしかないそれ
そのためにホストにアクセスできるかを試していたのだし抜かりはないつもりだ

「明日、ゆっくり落ち着いて作業できる場所に行きたいんです。どこかよさそうなとこありませんか?」
光がそう言うと、悠はすぐに首を振った

「お前は何を言っているんだ?」
某ミルコのようなことをいきなり言い出したかと思うと、悠はしっかりと光の目を見た
「光ちゃん、これはプログラムなんだよ。誰がやる気になってるかわからないし、いつどこで襲われるかもわからない。そんな悠長なこと言ってられないんだよ?」
いきなり正論をぶちまけられ光は戸惑うばかりで言葉が出てこない
そんな光に気づいたのか、悠はまた表情がいつもの柔和な感じに戻ると、またタブレットを借りて動画を見ながら一緒に歌っている
その様子を見つつ、どれが本当の本原悠なんだろうか、と光は逡巡している
基本的にほとんど表情を変えない西崎竜と違い、悠はコロコロと表情を変えてくる
しかしその全てに”感情”が感じられない
笑っているように見えてもその心はどこか別にある、そうとしか思えなかった
ただ一度だけ、「だから私は竜の傍にいる。誰かが竜を否定しても、私は絶対味方だから」
この時だけは本当の悠を感じたような、そんな気がする
まあそれも”ツクリモノ”だったのかも知れないけれど

丸1日一緒に居てここまで理解できないのは、逆に凄いことだと思うと光は感じている
しかしそれは”恐怖”ではなく、底知れない魅力というべきなのかよくわからない状況ではあったが
このまま”頼って”いいのだろうか、と今更になって光は考えてしまった
碧と一緒に居たほうがよかったのではないか、と
”プログラム”に放り込まれた極限下の思考回路で、迷わずにこの”イレギュラー”な2人を選んでしまったのだが、心許せる碧と合流するべきだったのかなと
悠と竜は、光が思った以上に難解な存在だった

危害を加えられることはなさそうなのはいいのだが、完全に心を許すわけには行かない状況をあえて2人が作っているようにすら思える
踏み込んでいいのか、ダメなのか。まだ光にはその判断がついてない

”言いたいこと言えないけどここにいるよ”
また歌いながら悠はタオルを振り回している
プログラムに巻き込まれてる女生徒とは思えない行動を平気で取る悠の様子を見ながら、光はまた違和感を覚えている
考え込んでいる光に気づいたのか、悠はまた不思議そうな顔で光を見つめている

「どうして考え込んでるんだい? 私たちは普通の高校生だよ」
悠はまたキャラを変えたかのようにそう呟くとすぐに、またタブレットで動画を見始めている
また私の心を見透かしてるんだろうなあと光は思いつつ、再び地図と睨めっこ開始

「アグア!」
いきなり悠はそう叫ぶと、コーラをわざわざ避けてペットボトルの水を飲み始める
いや、いつの間にコーラをそこに置いたのと突っ込みたくなる光だったが、悠はそのコーラを光に手渡してくる
「光ちゃんはコーラ飲む人?」
悠からそう聞かれ、光は小さく頷いた
「今夜はなんだって飲みます。全部飲むよ」
言って500mlを一気に飲もうとして、すぐに噎せこんでいる

その光の様子を見て悠も笑いながら、「無理しないでいいから。光ちゃんがコーラ飲むイメージはないよね」
言って、静かにテーブルを拭いている
ごめんなさい、私がやりますという光を制して悠はテーブルをあっという間に拭き終えている

「私はウェイトレス経験長いからねー」
またよくわからないことを平気で悠が言うが、もう光は気にしないことにした
いちいち付き合っててもキリがないし、聞いても本当のことを言うとは思えないので

「そいえば、光ちゃんは碧ちゃんと付き合い長いの?」
悠が急に振ってきたので、光は地図から目を離して悠のほうを見る
話を振った悠はもうそれを忘れたかのようにまたタブレットで動画を見ている
思わず光がその画面を覗くと、”山崎武司”が無駄にフルスイングをしている『ドラマ』を見ているようで光の頭には疑問符しか浮かばない

「悠さん、何を見てるんですか」
ついつい逆に聞いてみると、悠は”ハチナイ”って書いてあったよ。なんだろうねこれ、と自分で再生しておいてまるで興味がない様子
もう質問したことも忘れた風で、動画にも興味を失くした悠はタブレットを光に渡して家に置いてあった小説を読み始めている
ようやくタブレットが戻って来たので、光はまた地図と照らし合わせるかのようにいろいろと調べ始めている

しばし時間が経つと、竜が戻ってくる
「お前ら、ずいぶん賑やかだったな。交代の時間だ」
まだ1時間も経っていないのに竜がそう促したので、悠は「次は私だー」と言って読んでいた小説を放り投げて寝室のほうへ走って行く

「いや、次水木の番だろ」
竜がそう呟いたがすでに悠の姿はなかったので、竜と光は思わず顔を見合わせている

「大丈夫か? 眠かったら寝て来ていいぞ」
竜がそう促すが、光はすぐに首を振った。大丈夫です、と
そっか、ならいいと言って竜はおもむろにテレビをつける
え、意外。テレビとか見る人なんだと光は内心思っている。そしてかかった番組が、「怪奇特集」なのだから余計に驚きが止まらない

「こういうの好きなんですか?」
光が思わずそう聞くが、竜の返事はなく無言で光の飲みかけのコーラを飲みながら見入っている
それ私が飲みかけたやつ!と思いつつ、何となく光も一緒に見ていたが、不気味なシーンに思わず目を背けているのを見て竜は小さく笑っていた
見せたことのない優しい笑顔に一瞬ドキッとした光だったが、すぐに心の中で首を振った
今はそんな場合じゃない、そんな状況ではないと自分に言い聞かせる

「今の状況が当たり前だと思ってるのか? このプログラムに”光”がない状況が当たり前だと思っているのか? 当たり前じゃないからな。諦めなければ”光”は必ず見えるんだぞ」
竜はそう言ってまた小さく笑った
それを聞いて光はまた内心で頷いていた。わかってます。私は絶対に諦めません、と
光はまた地図とタブレットの睨めっこを再開したが、竜がテレビのボリュームを上げて妨害してくるので思わず「やめてください」と言ってリモコンで音量を下げ返した