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「樋口くん、てぇへんだてぇへんだ」
安理がまたスマホ片手に呼びかけてくる
交代で睡眠をとることにした3人、今は和屋が別室で爆睡を貪っている。時折とんでもない鼾が居間にも届き、外にも響くのではないかと心配しているレベルのそれ
樋口は一人物思いに耽っていたのだったが、突然安理に呼びかけられ我に返った

「どうかしたのか?」
樋口が向きなおると、安理はスマホの画面を見せてくる
「てぇへんだ。近藤URだよ樋口くん。サビ柊に向けて驀進してるよねこれ」
安理がそう言うと、樋口はしみじみと頷く
いや、確かにそれは欲しいけれどもさ....と。今そんなことしてる余裕はないと思うんだが

その樋口の反応が顔に出ていたのだろう、安理はつまらなくなったようでまた一人スマホを弄り始める
「今週は僕の大嫌いな代行ハードだからね。もう面倒でしょうがないよ」
面倒ならやるなよと思う樋口だったが、安理はあくまでそれに命を懸けているようだ

いろいろあってなかなか眠くはならない樋口だったが、特にやりたいことも思いつかない
もう地図は穴が開くほど目を通した。怪しいのは廃墟で間違いないが、兎にも角にも首輪をどうにかしないといけない
脱出可能だとしても、首輪を操作された瞬間涅槃待ったなしなのは確定事項である
PC操作は和屋が得意とはいえ、さすがにハッキングまでは無理だと本人が語っていた
「俺が得意なのは動画編集、これマジ」と言って卑猥な笑みを浮かべていたが、それ違う人やろと樋口は思っている

これだけ適当なことしかしていないのに、初日を無事乗り切れたのは割とすごいんじゃないかと樋口は自負していた
いつの間にか生徒が半分に減っている惨状で、何もできないし、何もしていない俺たちはとりあえずやり過ごすことが出来た
目の前で何人も死んでいるし、明らかにやる気になっている奴も見た。そして死体もしっかりと目撃している
しかし意外なことに、まだ危険な目には遭ってないように思える。もしかして、これは持ってるのかな
そう思うと樋口は思わずにやけてしまう
いや、人が死んでるんだからにやけてる場合ではないのだが...そう理性も働いているのだが、生き残っている奇跡を噛みしめると思わず笑みが浮かんでしまうのはしょうがない所

そのにやけている樋口を見て、安理は不敵な笑みを浮かべている
「なんだい樋口くん、一人でにやついたりなんかして」
言いつつ、安理はまたスマホの画面を樋口に見せつける
そこには”New”とついた近藤咲のSSRが表示されている

「いや、僕のような行いのいい人間にとっては当然の結果だよねこれ」
そう言い放つ安理に対し、それまで落ち着いていた樋口の表情は一変する

「お前...」
樋口が下を向いてそう呟くと、安理は不満げな表情を浮かべて肩をいからせる
「お前はダメだよ、樋口くん。あまりにも不適切なフレーズだ」
安理がそう言い放つが、それは樋口にはもう届いていない

「こっちが天井食らってるのに、何でお前はおはで引いているんだ!!」
唐突な逆切れ。まさかの事態に安理は慌てて逃げ出すが、燃える男樋口の怒りは収まらない
ついにリュックを開くと、そこから取り出す支給の武器は『加藤良三』と書かれているアレ
樋口は豪快に振りかぶると、それを安理めがけて投げ放つ
ボールは見事にシュート回転して逸れ、寝室からちょうど出てきた和屋の股間に直撃する珍プレー
球速は89マイルと表示され、悶え苦しむ和屋を尻目に場内から大ブーイングが巻き起こる
安理はすかさずリクエストを要求するが、樋口はその隙にもう1個同じのを取り出すと再びそれを安理めがけて投げつける
またもボールは逸れ、今度は居間のテレビに直撃する大惨事が炸裂する
液晶にヒビが入り、もう使い物にならないそれ

それでようやく我に返った樋口は和屋の元に駆け寄ると、球が3つあることを確認して肩を撫でおろす
危ない危ない。球とバットは男の証なのだから、それを危うく消滅させるとこだった
そして衝撃の事実を今知った。樋口に支給されていた武器は加藤良三ボール2つに、ガーバーのサイン入りミニバット。まさに男の勲章ともいえる球2つにバット。まるで戦える要素がないことをいま改めて思い知った

そして樋口は安理に別のリュックを開けるように指示すると、それぞれ『毒霧の素』、『ネビュラチェーン(と書かれているただのおもちゃの鎖)』なのだから、思わず樋口と安理は顔を見合わせてお互いに首を振る
今改めて分かった。俺たちが今日1日を乗り切れたのは、まさに奇跡でしかなかったということ
3人がそれぞれゴミしか貰ってないのだから、もう誰かやる気のあるやつに遭遇してたらそれで終わりだったというお話

ようやく痛みから解放された和屋に、安理はそれぞれ武器を見せてみると同じように首を振っていた
「いや、これ無理ゲーだろ。西崎とか本原がやる気あった時点で、俺らもう終わってたんじゃね」

確かに、と樋口は思った。あの時背後から迫られた時、俺らは無防備にもほどがあったわけで
しかしあの3人は何もせずに立ち去って行った。まあ氷室を押し付けようとしていったみたいだが、それは未然に回避できた
この幸運は偶然ではない、必然なのではないかと内心思えてくる

となれば、だ
明日も同じように過ごし、明後日も。今日と同じように、あくまで運に身を任せてみるしかない
誰とも遭遇しないように過ごす。それがDo My Bestでしょ、と

「樋口くん、てぇへんだ! もう食料がないよ!!」
冷蔵庫を漁っていた安理が衝撃の事実を告げたので樋口と和屋は互いに顔を見合わせ、やがて頭を抱えた

この家なんて死体が目の前にいるから、「動かざること山の如し」でピッタリだと樋口が内心思っていただけに、いきなり計画が暗礁に乗り上げた気分だった
思わず樋口が頭を振っているのに気付き、和屋がすぐ樋口の肩をポンと叩く

「大丈夫だ。腹が減っても俺らにはモンスターがあるじゃないか」
いや、それじゃ栄養は足りるが腹の足しにならん...樋口がそう思っていると、安理も同じように樋口の肩をポンと叩く
「残酷なやつだ。ガシャってやつはな」

まさかの傷の抉り返しだったが、もう樋口は怒る気力さえ沸かなかった
いや、もうガシャの話はいいよ。とりあえず次に寝る番は俺だったな、と

「明日6時の放送の後、ここから移動しようぜ。さすがにずっと此処にいても始まらん」
樋口が珍しくキリッとした口調でそう告げると、和屋と安理は互いに顔を見合わせてからやがて小さく頷いた

「だな。虎穴に入らずんば食事を得ずって言うからね」
和屋がそう言うと安理はうん、うんとまた頷いている
「いいこと言うね。やっぱり出歩いて、しっかりと自分で激写しないと。おかず写真、ゲットだぜ!」
言って、安理は良三ボールを目の前に突き出して見せる

ダメだ、こいつら...思いつつ、樋口はそのまま寝室へと姿を消した