戻る
Next
Back
「姉さん、ガチャばっかり引いちゃダメだよ」
言われ彼女は小さく微笑みを浮かべつつも、スマホの画面から目を離そうとしていない
明日の朝怖い目に遭うよと竜が注意したが、それでも彼女は『10連』を押してしまっている

「たま姉、また爆死してるじゃん」
スマホを横から覗き込んだ悠がそう呟くと、たま姉と呼ばれた苅谷珠美は笑顔を浮かべたまま悠を軽く小突く

5年前の日常の光景

孤児院の仲良し3人組だった珠美、竜、悠は学校が終わったあとはほぼ3人一緒に居た
とは言っても珠美の部屋に集まって何をするわけでもなく、ただ時を過ごすだけ
今日はいつものように珠美がスマホゲームのガチャを引いているのを、竜と悠が茶化しているだけ

珠美は竜と悠の3つ上。高校は東京の学校へ行くことが決まっているので、別れの日は刻一刻と近づいているのが現実
今は夏休み真っただ中。竜が「姉さん、日曜海に行こう」と誘うと、珠美は即座に首を振った

「私が海嫌いだって知って言ってるでしょ。ジョーズのせいでサメが怖いんだからさ」
笑みを浮かべてそう拒否する珠美に対し、悠がすぐに突っ込みを入れる
「たま姉、北海道の海にサメいないから。単に泳げないだけでしょ」
冷酷かつ冷静なツッコミにタジタジになりつつ、珠美は話題を変えようと必死な様子

「ていうより竜くんも悠ちゃんも泳げないでしょ。カラオケならいいよ」
珠美がそう言うと、竜と悠は顔を見合わせて笑った。してやったりといったところ
最初から海になど行くつもりはなく、これが狙いだったというわけ
その2人の様子に気づいた珠美はやられたという表情を浮かべている

「いっつも私ばっか歌ってるじゃん。次はちゃんと歌うんだよ?」
その通り。竜は珠美の歌声が好きなので、一緒にカラオケに行ってもほぼ歌わず黙って聴いているだけ
それで悠も空気を読んで、同じように聴いているという事態になる

「もし今回歌わなかったら、もう2度と一緒にカラオケ行かないからね」
珠美はそう言ってまた笑みを浮かべているが、またスマホの画面に夢中になっている

それで竜は悠に目配せで合図を送ると、悠はいつの間にか部屋から姿を消している
珠美がソシャゲをやっているのを黙って竜が見ていると、そのうち悠が白い箱を持って戻ってくる
それにすら気づいてない様子の珠美を見て、竜と悠はまた目を合わせて頷いている
そしてどちらからともなくクラッカーを取り出すと、2人は一斉にそれを鳴らす

「姉さん、誕生日おめでとう!」
竜はそう言って笑いながら、何度も珠美に向けてクラッカーをぶっ放している
「こら、それは人に向けて撃っちゃだめなやつでしょ」
珠美が笑いながら窘めるが、悠も竜もどれだけ持ってるのというくらいにクラッカーを大量に所持していて、まだまだ撃ち続ける

気づいたら珠美の部屋が酷いことになっているのに気付き、竜と悠はまた顔を見合わせて笑っている
されるがままにしていた珠美はさすがに呆けた表情に変わっていたが、悠が「たまねぇ、ケーキあるよ。みんなで食べよ」
竜もいつの間にか準備していたシャンメリーとグラスを取り出して準備万端
思わぬサプライズに動揺する珠美に竜と悠はさらに追い打ちをかける
「2人で買ったプレゼント。受け取ってね」

悠がまた別の小さな箱を取り出して渡す。珠美は驚いた表情のままそれを受け取って、悠から開けていいよと言われてその箱を開く
箱に入ったのは、珠美の派手な赤い髪に似合いそうなおしゃれなピアス
「悠がこれがいいって推したから」
竜が照れ臭そうにそう言うと、悠がすぐにそれを制する
「お金はほとんど竜が出してるからね。私は選んだだけだよ」

2人のやり取りを目を細めて見ていた珠美だったが、やがてちょっと目に涙を浮かべた様子に変わった
目を手で抑え、「どうしてこういうことするかなー」となぜか責めるような口調

「来年からプレゼント渡せなくなるからさ。今年はちょっと頑張ってみた」
竜がそう言って笑うと、涙目のまま珠美は竜と悠を抱きかかえる
「ありがとね。ホントにありがと」
思わぬ涙声に、悠は図らずもらい泣きしている
姉さん、大袈裟だって。俺らは姉さんがいるから楽しく過ごせてるんだよ、と竜が呟くと悠は泣いたまま頷いている

竜と悠が孤児院にやって来たのはほぼ同時期
どちらも身寄りが全くなく、拗ねた感じの竜に大人しいタイプの悠。扱いにくい2人をうまく懐柔し、姉代わりになったのが珠美だった
いつの間にか竜と悠は姉のように慕うようになり、異常なほど懐いていた

将来のために東京の学校へ行くことを決めていた珠美だったが、竜と悠のことはとても気がかりだった
竜がひそかに家族の消息を調べているのは気づいていたし、悠がそれに協力しているのも知っていた
珠美も手伝おうかと思ったのだが、釘をさすように「大丈夫。竜のことは私に任せて」と悠がそう言って来たのであえて協力していなかった

進路を東京に決めたことを2人に伝えたとき竜と悠は最初驚いた表情こそ浮かべたが、すぐに2人から「頑張って」と笑顔で励ましの言葉
内心こそわからなかったが、後押しをしてくれたのはすごい嬉しかったのは事実
まあ今はLINEでいつでも連絡取れるからね、そんなに心配しなくていいのかも知れない

「ほら、早くケーキ食べよ。私取り分けるから」
悠がそう言って、しっかりと3人分に取り分ける
チョコ専門店ならではの美味なケーキ。飲み物も準備万端で、ささやかな誕生パーティを3人で過ごしている
「お礼はちゃんとするからね。竜くんは2月、悠ちゃんは4月。私が東京行くまでに間に合うから」
珠美がそう言うと、竜と悠はすぐに手を振ってそれを制する

「俺らがお世話になってるからやっただけなんだから。姉さんは気にしないで」
竜がそう言うと、悠もすぐに頷いてそれに同意を示している
”コロナください”と言って、悠は竜から別のジュースを受け取っている
そのやり取りを見て、珠美はまた目を細めている
それに気づいた悠が、「何でたまねぇすぐ死んでしまうん?」といきなりぶちかます
すかさず珠美は「死んでねーわ」と鋭いツッコミを入れるので、竜と悠はまた顔を見合わせて笑っている

「たまねぇ、私たちも東京の学校に行くからね。向こうで待ってて」
悠がそう言って不敵な笑みを浮かべると、竜も静かに頷いている
予想外の発言に目を丸くした珠美だったが、やがてすぐに目を細めてから小さく笑みを浮かべた
「わかったよ。”上”で待ってるからね」

しかし2年後、まさかの訃報が届く
珠美の死
プログラムとかいう時代遅れの長物が再発行され、珠美のクラスが選出されてしまう悪夢
そして人が良く心優しい珠美が殺し合いなどできるはずがなく、生き残るすべはなかったようだった

孤児院の”マザー”からそれを告げられた竜と悠は、最初「お前は何を言っているんだ」状態
マザーにしては面白い冗談言うねくらいにしか感じていなかったのだが、どうやらそれが本当の事だとわかるにつれ2人は言葉を完全になくしていた

2人はそれぞれ部屋に戻ったが、すぐに悠が竜の部屋にやってくる
完全に感情を失くしたようになっている竜の横に悠はちょこんと座るが、全く反応はない
竜はおもむろに立ち上がると、部屋の片隅に置いてある珠美から貰ったベースを押し入れにしまい込んだ
それを見ていた悠は、思わず竜の後ろから抱きついた

「竜、辛いのはわかる。私もだから。一人で抱え込まないで」
直後、竜の目から涙が溢れ出して止まらなくなっていた

ある雨の日
竜の元に1通の封筒が届いていた
学校から帰宅した竜がそれを受け取り、部屋ですぐにそれを開く
調べていた自分の家族の調査依頼の結果だった

『残念ながら見つかりませんでした』

自分の中に微かにあった記憶を基にいろいろ当たってみたが、結局の結果は同じだった
以前市内の病院もだいぶ調べたが結果は同じ。足首の違和感がずっとあったので、幼い時にもしかしたら行っていたんじゃないかと考えてかなりの病院に聞いてみたが、「西崎竜」という子のカルテはないよと言われるだけの結果
もしかしたら元は函館市民じゃないのかもなとも考えてみたが、さすがにそれだと探しようがなかった
自分を連れてきたというマザーに聞いてみても、詳しくは教えてくれなかった
『あなたの親族が連れて来たのよ。育てられなくなったって言われてね』
じゃあその親族は?と聞いても、なぜかちゃんと答えてくれない事実
最初はすごい不満だった竜も、珠美がよくしてくれたし、同時期に入ってきた悠とも打ち解けていて真剣に探すことをだいぶ怠っていたのだが
例の一件、珠美の死をきっかけにまた探すのに精を出していたのだが、結果は毎度おなじみのそれだった

竜は怒りのあまりその封筒と中身を一緒にビリビリに引き裂いて、ゴミ箱にそのまま投じた
直後悠が竜の部屋にやってきたが、悠は自分が持っていた封筒をさりげなくポケットに仕舞っている

「ダメだったんだ」
悠がそう言うと、竜は静かに頷いているが明らかにいつもと違う様子に見える
「どうする。もう諦める?」
悠が思わずそう言うと、竜は怒りを隠し切れない様子でゴミ箱を蹴り飛ばす

「カッコわりぃか! カッコ悪くてもいいよ! 俺はずっと両親を探して来たんだ!」
珍しく感情を露わにする竜に対して、悠はかける言葉が見つからない

「微かな記憶あるんだよ。俺には父親がいたはずなんだ。なのにどうしてこんな結果にしかならねーんだよ!」
竜がそう叫ぶ横で、悠はゴミ箱から飛び出したゴミをちゃんと戻している

東京なんて行く必要なくなった。もうどうでもいいと吐き捨てる竜を悠は懸命に宥める
「私たちは奨学金貰わないと高校行けないんだよ。自暴自棄なってる暇ないからね」
正論で説くが、当然のように竜にその言葉は届いていない

その日以来竜は本当の感情を見せることがなくなった
珠美の死によってただでさえ壊れかけていた感情が、家族の手がかりが完全に途絶えたことによってすべて失くしてしまった。というより心を完全に閉ざしてしまった
それでも悠が懸命に努力して、勉強だけはちゃんとさせていた
東京の学校なんていいから。とにかく高校だけはちゃんと行こう、と。高校生活の間に竜の心が雪解けすればいいと悠は思っていた

たまねぇ、安心して。竜は絶対私が守るから。それが私の使命だから...

悠は心の中でそう改めて誓った