夜が明けた
もうすぐ朝6時になろうとしているところ
竜だけがずっと起きていて、悠と光が寝ている状態
光が「私が起きてます。寝てください」と言ったのを、竜が拒絶して最初は起きていた光だったが気づいたら居間で寝落ち
竜は知らない顔をしつつ、光に毛布だけはしっかりかけている
悠は爆睡を敢行したようで、全然起きてくる気配を見せていなかった
もうそんな時間か。思いつつ、竜は静かに立ち上がると台所へ向かう
慣れた手つきで朝食の準備をしていると匂いのせいなのか、光がううん、と目覚めた気配
それに続くように寝室からも「おなかすいたー」と悠がふらふらと出てくる
「もうすぐできるから先に顔でも洗ってろ」
料理しつつ竜がそう言うと、光は寝ぼけ眼のまま洗面台へ向かったので悠はとりあえず居間の椅子にちょこんと座って順番待ち状態
やがて光が戻って来て入れ替わりで悠が向かうとほぼ同時、竜が朝食をテーブルに運び出す
あ、手伝いますと言って光もそれに続いて、悠が戻るとテーブルに朝食が並んでいる
タマゴサンド、ハムチーズサンドに紅茶とカフェオレ
好きなほう飲めと言って竜は小さく笑っている
「こらこら、日本人ならお茶漬けだろ」
そう言いながら、悠は恐ろしい勢いで貪り食べている
あまりの勢いに光は圧倒されているが、もうパターンが分かっているので自分の皿を奪われないように遠目に持っていくのを見て竜はまた目を細めている。やるようになったな、と
「おかわりはないからな。足りなかったらレンチンごはんでカレーでも食ってろ」
言われてすぐ悠は立ち上がると、「まさお、Jリーグカレーよー」などと言いながらすぐにカレーの準備に取り掛かっているので光は驚きを隠せない
「悠さんって、いつもたくさん食べるんですか?」
光がそう聞くと、竜はすぐに首を振ってそれを否定する
あいつは食べるときは食べるが、全然食べなくても平気なんだぞ。まさに不思議ちゃんだ
竜はそう言って遠くを見ている
やがて6時になったようで放送が開始される
『お前ら、みんな5600円くらいのホテルで寝とったんか』
夜中に全く殺し合いが起きていないことをお怒りの岡田だった
その後はお馴染みゲロによる禁止エリアの発表。
残念なお知らせで、竜たちが今いる場所は8時から禁止エリアに該当することになった
「悠、ゆっくり食ってる暇なくなったぞ。食べたらすぐに出るからな」
竜が静かにそう呟いているうちに、悠は光からタブレットを借りている
光が「カレー食べながら動画見るのやめてください」と注意したが、音楽聴きたいだけだからと言って悠はまたYoutubeを開いている
”ブルーザー・ブロディ”の『うっせぇわ』をいきなり再生するので、光は思わず紅茶を吹いてしまう
さすがの竜もあまりの破壊力に下を向いて笑いを堪えているように見受けられるが、悠は涼しい顔でカレーを食べている
噎せつつ光は竜に、「いつもこういうの見てるんですか?」と聞くと竜はまた静かに頷いている
いつもだぞ、と。自分が歌う歌は普通だが、聴く曲のチョイスはとにかくおかしいんだと。それはたぶん...俺が最初にあった時からそうだったんじゃないかな、と言って竜はまた下を向いて笑いを堪えている
ようやく『うっせぇわ』が終わったと思った瞬間、悠はすぐに『1/3の純情な感情』(by長州力)を再生する
目にも止まらぬ早業で変なのばかりチョイスするセンスに、光は思わず感服してしまう
強烈なインパクトがありすぎる曲を流しつつ、平然とカレーをかき込む
曲が終わると同時に、「ご馳走様でした」と言って悠はさらを台所へ運ぶ
わざわざ洗わなくていいぞ。どうせここもう禁止エリアだしなと竜が言ったので、悠は素直にそれに従っている
食べてすぐ出発というわけには行かないので、各自それぞれ荷物を纏めている
悠が飲み物をたくさん詰め込もうとして竜に怒られている
そんなに飲まないだろ、と。重くて無駄になるだけだと
ちぇーと言いながら悠は素直に冷蔵庫にそれを戻しつつ、「光ちゃん、次はどこに行くか決めてる?」と急に振る
光はすぐに頷き、ある地点を指差す
またちょっと外れのほうにあるポツンと一軒家的な場所
「ここならゆっくり作業が出来そうな気がするんです」
光がそう呟くと竜はすぐに頷いたが、悠は力強く首を振ってそれを拒む
「お前は何を言っているんだ」
また某ミルコが降臨していた
悠は懺悔室よろしく両手で大きく「バツ印」を作りつつ、昨日も言ったよね。ゆっくり作業なんてできないんだって、と光に忠告する
「作業するのは構わないから。ゆっくりなんて悠長なこと言わないんだよ。迅速に行動すること。わかった?」
諭すような口調、真剣な眼差しで悠は光にそう告げる
そのやり取りを黙って見守っている竜だったが、やがて「場所はそこで決まりだな」と小さく告げる
「光ちゃんが光ちゃんであることを証明すれば私たちは勝てるからね。自分のお庭ですよ。お願いしますよ」
悠はそう言って、大仰に両手を拡げてみせた
やがて出発の刻
真っ先に悠が飛び出していき、その後に光が続く。竜が最後方から様子を伺いつつ、ふと何かが目について大声で悠を止める
「悠、止まれ。危ねえ」
言われ、悠はすぐに動きを止める。光が思わず止まり切れず動きそうになったのを慌てて悠がそれを制する
遅れてやってきた竜がそれを指差して感心したように頷く
「やべーやつがいるな。一帯にピアノ線みたいなの張ってるぞこれ。昨日の襲撃犯だろ」
夜に襲撃をして、暇つぶしついでに線を張り巡らしていく
ただモノじゃないのがいるなと竜はなぜか感心している
悠や光の顔に傷がついたどころか、一歩間違えれば首チョンパになっていた可能性すらあった
「こういう暇なことするやつ、私一人だけ知ってる」
そう呟いた悠の視線はまた見せたことのない冷え切った鋭いもの
光は『悠』の存在がまた怖くなってくる
物事全てを見透かしているかのような直観力を持っているように見えるのに、何かを達観しているのかその様子を普段は億尾にも出さない
「まあ時間はあるから慎重に歩いて行け。さすがに島全部に張ってるわけないだろうしな」
竜が苦笑しながらそう言うと、悠はすぐに首を振った
やつならやりかねないよ。それくらい陰湿なやつだからね。悠がそう嘯くと、ふと遠くを見ている
光が思わず「誰なんですか?」と聞くと、悠は小さく「刃長。刃長拓だよ」とそう告げる
どうして?と光が聞くと、悠はまた不気味な笑みを浮かべている
機会があったらね。今はこのピアノ線地獄を抜けるのが先でしょと促し、ピアノ線と周囲の様子を伺いながら3人は慎重に歩を進める
”地獄”をようやく抜けたのは、ちょうど禁止エリアになる場所を抜けたあたり。念入りにもほどがある執念深さだった
「夜逃げ出さなくて正解だったね。間違いなく罠に嵌って怪我してたよこれ」
悠がそう言うと、竜も静かに頷いている。怪我ですまなかったかもな、と
光も内心しみじみと頷いていた。改めてあの時の竜の慧眼には感謝しかなかった
”靴を鳴らして私が来る”
悠はそう歌いながら、無駄に靴音を鳴らして歩き出したので光にすぐそれを止められていた