夜中に”一仕事”を終えた宇野砂子と佐々木健犂『夫婦』は、早朝から移動を開始している
午前7時には今いる場所が禁止エリアになる
移動を余儀なくされたわけだが、夫婦仲良くいちゃいちゃしながらの移動
「横に並ぶな、前に並べ」
砂子は健犂にそう吠え、2人は縦並びに歩を進めている
背は低いながら腕力自慢の健犂、女子とは思えない身体能力を誇る砂子
2人は夫婦タッグとして、このプログラムを勝ち残るつもりだ
最後の2人になった場合のプランなどないのだが、まずは生き残ることが重要だ
為せば成るの精神で過ごすのが心意気というもの
「プログラムには負けるかも知れない。それでも、ただぶっ潰すだけ」
健犂は力強くそう話すと、砂子も負けずに力強く頷いている
「何を忘れてもいいけどな、命だけは絶対持って帰るんだよ」
これが砂子の教え
まさにそれを実行すべく、2人はプログラムに挑戦している
支給の武器は健犂がバンダナ、砂子には木刀
嵌ってるとはいえ”殺し合い”には不向きなそれだったので、極力遭遇を避ける作戦を取っていた
人の気配がすると迷わず隠れやり過ごす。本来ならば真っ向勝負が大好きな2人であったが、さすがに今回はしょうがない事態
クラスに仲のいい生徒が他にいないことも災いしている
砂子はともかく、健犂の人望のなさは天下一品。イジメ大好きケンカ大好きなのだからもうどうにもならない
むしろ狙われる立場ともいえるだけに、隠れまくりやり過ごすのが正解であった
2人はそんな出歩いていると、遠い前方に人影を発見する
完全にこちらに気づいてないその2つの人影は、遠目からでもはっきりわかる。一人は白いスーツ姿で、もう一人は水色のジャケットを羽織った男
間違いない、黒潮次郎と真能英興の2人に違いない
そして健犂と砂子は気づいた。次郎と英興は見るからにやばい武器を持って歩いているということに
「チャコちゃん、どうしよ。今まで通りやり過ごそうか」
健犂がそう言ったが、砂子の目は怪しく輝いている。これは神がくれたチャンスに違いない
幸福の女神は前髪しかないという、こんな千載一遇のチャンスを逃すなんてありえないことと砂子は考えている
あの2人なら、気づかずに近づければ間違いなく私と健犂でヤれる
片方を後ろから木刀で殴りつけ、もう片方は健犂が力づくで抑えればいける。そう囁くと、健犂はちょっと不安げな表情を浮かべる
大丈夫かな? バレずに近づけるかな、と。見た目の割に繊細な神経を持つ健犂らしい考えだったが、砂子が決めたことには逆らえない
バレても大丈夫。あいつらならいきなり発砲はしてこないだろ、と
近づいたのがバレたら、そのまますれ違えばいいんだとあくまで強気な砂子
確かに普段の次郎と英興ならそうだろうと健犂は思ったが、ただ今はプログラムの真っ最中。不測の事態を考えてなさそうな砂子にちょっと不安も覚えている
健犂と砂子は結局そのまま歩くペースを地味に上げつつ、次郎と英興の後ろから迫ることに
イケメン2人は不思議なほどこちらに気づかないで同じように前へ進んでいる
これは行けるんじゃないかと健犂もさすがに思ったようで、思わず砂子に笑みを浮かべている
さてそろそろ殴りつけるかと思った矢先、不意にイケメン2人が振り返ろうとしていた
瞬時に察した夫婦は、まず健犂がいきなりラリアートを次郎に喰らわせると同時に砂子が英興に木刀で殴りかかる
英興が思わず悶絶してマシンガンを手から離すと、それを砂子は回転レシーブよろしくキャッチする
ラリアートをまともに喰らった次郎だったが、持っていたグレネードランチャーは離さずにしっかりと後ろを振り返った
互いに銃を持って対峙というわけには行かなかった
砂子は奪ったマシンガンを即座に乱射。至近距離でどうして逃げられよう。白いスーツは鮮血で染まり、あっという間に英興は絶命
あまりの瞬時に止められなかったことを悔いている暇はなく、次郎は覚醒していた
こちらも凄まじい動きの速さを見せると、まず砂子に向けてグレネードランチャーをぶちかます
速攻肉片と化した砂子からマシンガンを奪い返すと、そのままの勢いでグレネードランチャーとマシンガンを速射砲よろしく健犂にぶっ放す
こちらは肉片すら残らない素晴らしい調理見本が完成し、残ったのは次郎一人だった
次郎は目に涙を浮かべ、英興の遺体に相対する
完全に油断していた。後ろから近づく気配に気づかない失態が命取りになった
英興、お前の分も俺が責任を持って生きる。イケメン道を突き進むから見守っていてくれ
次郎は改めて決意を固めた。もう全てが俺の敵だ、と
「随分派手にやってるな」
激しい銃声がわりと近くで聞こえたので竜がそう呟く
光が道を変えましょうと言ったので、悠はそだねーと言ってすぐに進路を切り替えると先頭を切ってふらふらと歩いている
「そういえば、どうして刃長なんですか。竜さんは理由知ってます?」
どうしても気になったので光が再び聞いてみると、いや。俺は知らんと竜は涼しい顔でそう答えた
あぁ、そうなんだ。意外と光は思う。てっきりこの2人はお互いのことは全てを知っているのだとばかり思っていたので
先頭を歩いていた悠がふらーっと光の位置まで戻ってくる
「光ちゃん、ダメだよ。知りたいことはちゃんと本人に聞かないと」
相変わらずの地獄耳だった。いや、いつもの洞察力だったのかも知れない。もうある意味慣れっ子になりつつある光は、今回は動揺しなかった。むしろ動揺したのはさっきの銃声のほうがやばかっただけに
「昔ね。いろいろあったんだよ」
悠はぽつぽつと語りだす。小さい時にこけしと揶揄われつづけ、ある時ぶちぎれたことがあるというのは昨日竜から聞いていたので知っていた
その時に半殺しにした相手が、結果的に刃長拓の兄だったということ
高校に入ってから、事あるごとに陰湿な嫌がらせを受けていたと聞いてさすがの竜もちょっと驚いた様子を浮かべる
普段そういう素振りを一切見せていなかっただけに、「マジ?」と竜が思わず聞いてしまったほど
「マジだぜ」
どこぞの極悪同盟のような口調で悠はそう呟くと、カップ麺を取り出してどや顔をしている
反撃するのもバカらしくてね、ずっとほっといたらどんどん酷くなっててさ。笑えたんだよとまるで他人事のようにそう言うと、はい、もう終わり。暗い話僕嫌いだよーと言って、悠は唐突に話を打ち切った
「悠、お前強いな」
竜が感心したようにそう言うと、悠は真顔でサムズアップポーズをしてみせる。そしてそのポーズのまま光のほうに向きなおる
「光ちゃん。ちなみに! 悠、竜組は好きですか?」
いきなり振られた光が困惑していると、悠は真顔のまま首を振ってみせる
「2人のこと好きになってもらわないと、ちょっと、ねえ。タッグなんで」
悠の言ってることは意味不明すぎたが、竜はなぜか小さく頷いている
「どうなんだ。正直に言っていいんだぞ」
竜までそれに乗って来るので光は普通に困惑したが、思わず言ってしまった
「2人とも好きです」、と
それで悠は笑みを浮かべて頷いた
「だろうね」
またサムズアップポーズをして、悠は光の肩をポンと叩いた
「私にはLIKEでいいからね。竜にはLOVEにするんだよ」
光はますます困惑してオドオドしているが、悠の中ではもう決定事項らしい。一人満足げに頷いて笑みを浮かべている
「さあ行こう。振り返らず走り出せばいいんだよ。希望に満ちた空へね」
悠はそう言いつつダラダラと歩き出したので、竜と光は顔を見合わせて思わず小さく笑った