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「おじいちゃん、飯はまだかい」
移動中、安理がいきなりそうぶちかます。樋口はもう慣れっこなので無視していたが、和屋は涼しい顔をしてヴィブラスラップをいきなり鳴らす

「ハンバーグ!」
無駄によく通る声で和屋がそう叫んだので、樋口はとりあえず一発殴ってそれを慌てて止める
お前、誰か来たらどうするんだよ。俺らの武器は武器であって武器じゃない、襲われたらひとたまりもないんだぞと正論で説くが、和屋には通じていない様子
それどころか安理が、「暴力だ暴力。樋口くん、君を見損なったよ。僕がモレノ主審だったら君は一発レッドだよ」と無駄に早口で怒っている
いや、モレノじゃなくても殴ったら誰でも退場だろと樋口は思ったが、これも面倒なので反論はしないでおいた
とりあえずどこかに身を潜めてから騒いでください、お願いしますよ

とはいえ行くあてもない3人。無駄に歩き回るのも危険だが、だいぶ禁止エリアの関係で安心して入れる民家も減ってきている
人数はだいぶ減っている上に、銃声も朝早くからいろいろ聞こえてきている。できれば誰とも遭遇しないで時を稼ぎたいというのが本音だった
考え出すと結局何も纏まらなくなるので、パッと見つけた家に入ろうと樋口は思っている
安理と和屋はどう考えいるかは定かではないが、それでも一緒についてきてくれている
なんだかんだで心強いよ、と樋口は内心礼を言った。面と向かって言うのは照れるからね

気づいたら安理はまたマックスコーヒーを飲んでいるし、和屋もウイスキーの小瓶を手にしている
ホント自由なやつらと思いつつ、樋口も持参していた缶コーヒーを片手にしている。モーニングコーヒーを野郎3人と飲むのも、まあ悪くはない

そんな時、和屋が不意に呟いた。何か3人で一緒に外で飲んでるのってアレみたいでかっこよくね、と
アレ?と樋口が思っていると、安理はすぐに把握したようで手を叩いて頷いている。お、ちょうどいい所に木があるよ。ここでやれば完璧だろう、と一人で喜んでいる
和屋がそれで、「お、いいじゃん。やったろうぜ」とそれに同意を示すが、樋口は状況を把握できていない

それに気づいた安理は、「樋口くん、どうしたんだい。君は”桃園の誓い”を知らないとでも?」と不敵な笑みを浮かべてそう呟く
樋口はようやく合点が行った。3人、木の下。いいね、義兄弟は大袈裟だがあの誓いは確かに今の状況に相応しいかも知れない

3人は改めて向き直った。それぞれ飲み物を右手に掲げ、
「我ら天に誓う。生まれた日は違えど、死ぬときは同じ日同じ時を願わん!」
そう言って乾杯をする3人。もうこうなったら一蓮托生。為せば成るの精神で行くしかない

とはいえ木の下でゆっくり佇んでいる暇はない
3人は再び『家』を目指して歩きだす。まだ見ぬ朝食を求めて

「やっぱつれぇわ」
和屋がいきなりそう言って、しゃがみ込む。どうしたと樋口が駆け寄ると、いや、飲みすぎた。吐きそうと和屋が即答したので思わずこけそうになる
安理も安理でまたアカツキ!とやってるのだからもうどうにもならない

「おい、早く行くぞ。こんなとこにいたら誰が襲ってくるかわからん」
樋口がそう促すが安理はハチナイに夢中だし、和屋は和屋で何かあらぬ方向を見て固まってる
おい、どうしたと樋口も和屋と同じ方向を見るとそこには...
強力謝摩が怪しすぎる笑みを浮かべてこちらを見つめていた

謝磨がとりあえず武器を持っているように見えなかったが、関わりたくないなと樋口は直感していた
どうする、逃げるかと小さく呟くと和屋はすぐに頷いたが安理はあらぬ方向を見ている

おい、どこ見てるんだと樋口と和屋は安理の見ているほうを向く
そこにはそれぞれ荷物を抱えた西崎竜、本原悠、水木光の姿があった
マジかよ、2方向展開は勘弁してくれと思った樋口だったが、竜たちは何事もなかったようにすぐ方向を変えてあっという間に姿が見えなくなっていく
助かったと樋口が思っている矢先、気づいたら謝磨が目の前に迫って来ていた

和屋じゃないが、思わず吐きそうになる美貌の持ち主の謝磨のドアップはなかなか強烈なものがあった
なぜか満面の笑みを浮かべている謝磨には恐怖しか感じない

「樋口くん、ここは逃げよう。それしかない」
耳元で安理がそう囁いたので、樋口は小さく頷く。和屋にも目配せで合図をするとこちらも小さく頷いたので謝磨の隙を伺う展開に

「悲劇か喜劇かよくわからない」
謝磨はそう言うなり、いきなり樋口に抱きついて来ようとする
脱兎のごとく樋口は逃げ出し、それに続く安理と和屋
思わず竜たちが消えた方向に向かいそうになったので、慌てて方向転換するとまたも謝磨が襲い掛かってこようとする地獄絵図
嘔吐しそうになるのを堪え、3人は必死の形相で逃走する。その勢い、まさにボルトかカールルイスかといったところ

ジョイナーよろしく追いかけてきていた謝磨だったが、さすがに途中で断念したようで姿は見えなくなっていた

「樋口くん、もう大丈夫だ。強力はもうついてきてないよ」
安理が息絶え絶えになりつつそう言ったので、樋口と和屋も足を止める

「ふぅ、酷い目に遭った」
和屋はそう言って大きく息をついた。いや、別に何もされてないんだがと思いつつもまあ確かに気味が悪かったわな、と樋口は思う
その横で安理と和屋は二人仲良くリポビタンDを痛飲している。ファイトー、イッパーツ!とやっているのだからもう始末に負えない
とりあえず樋口は地図を開いて現在地を確認する。おっと、あぶねえ。もうちょいで禁止エリアじゃんここ、と

「ここじゃ危ないから、安全な場所に行こうぜ」
樋口が2人のほうを向いてそう言うと、和屋はアスパラドリンクを樋口に手渡した
「一本いっとく?」

謝磨は執拗に樋口を追おうとしていたが、さすがに断念した
まるで月にでも行くように逃げられたのだからどうにもならなかった。何で逃げるのよ、ちょっと私の健康美をアピールしようと思っただけなのに、と謝磨は内心嘯く
閑話休題、寄生しようと思った相手に逃げられたので謝磨は再び思案する
樋口に固執したせいで、頼りになりそうな水木光にも逃げられてしまったのは作戦ミスだったな、と
得体の知れない西崎竜と本原悠と一緒だった水木光ではなく、燃える男ご一行に寄生して生き延びようとした謝魔の作戦は未遂に終わった

さて、これからどうしようと思った謝魔の目の前に黒い影が突然現れる
ほ?と思う間もなく、謝魔は頭に強い衝撃を受ける
薄れゆく意識の中視界に入って来たのは、世にも醜いビキニ姿で剛腕スマッシュを炸裂させてきている浪花なおみの姿だった

「この状況は私がイメージしたものでも、意図したものでもない。私は邪魔になりたくなかった」
そう言いつつ殴打をやめないなおみに対し、謝魔は「社長に言いつけてやるからね」と辞世の句を読むとあっという間に醜い肉片へとジョブチェンジを果たした

「It’s O.K. Not to Be O.K.」
なおみはそう呟くと、また誰にも望まれていないビキニ姿での自撮りを謝磨だった肉片と共に撮影開始した