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「竜さん、悠さん。気づきました?」
歩くスピードをやや速めて場から去りつつ、光がそう聞くと竜と悠はすぐに頷いて同意を示す

「あれはやばいね。氷室っちより怖かったよ」
悠と竜もはっきりと見ていた。謝磨の後ろから迫る黒い影を
無駄にビキニ姿というところが余計に恐怖心を煽っている

「ねえ竜、あいつ何でビキニ姿なの?」
悠がそう聞くと、竜は普通に困った感じで思わず下を向いてクククと笑いつつ、知るかと小さく呟いている
その様子を光は微笑ましく見守っている。よく笑うようになったな、と。もしかしたらもっと打ち解けられるかも知れないんじゃないかと
その為にも絶対にここから脱出しなければ、と改めて光は強く決意する

「悠さん、足は大丈夫ですか?」
光がそう聞くと悠は小さく頷いているが、竜はちょっと思案した様子を見せる
少し休むかと竜が提案すると光は同意を示したが、悠は不満顔だった

「大丈夫って言ってるのに。こんな隠れることもできない場所でゆっくりしてる時間ないよ」
悠がそう言ったが、もう竜と光の中で休むのは決定事項のようだった。手短なところに木があったので、その下でしばし休息を取る方向に決まった

「竜、光ちゃん。過保護はダメだよ。私が大丈夫って言ってるんだから」
悠はそう言って口を尖らせているが、光からオロナミンCを受け取って満足げな表情をしている
くぅ、この一杯のために生きてるねーと言って痛飲している悠を見て光は小さく笑みを浮かべていた
その様子に気づいた悠は露骨に不満そうな表情に変わった

「あのね、私は光ちゃんや竜よりお姉さんなんだからね。そんな子供を見るような目で見るのは許さないよ」
え、と光は思う。まさかの年上?
光が一人そう考えているのに気付いた竜は、光の耳元で小さくぼそっと呟く
「あいつが4月2日生まれってだけだぞ。水木の誕生日は知らんが、俺は2月だからな。ああやっていつも年上ぶるんだよ」

あまりの酷いネタバレに光は俯いて笑っている。それに気づいた悠はまた不満げな様子を隠そうともしない
「どうして言っちゃうかなー。やってられないよ全く」
言って、悠はどこからか取り出したココアシガレットをまるでタバコのように扱って咥えている
私は不良じゃないからタバコは吸わないよと付け加えて

「そういえばたまねぇは麦のジュース好きだったよねー」
悠が笑いながらそう言うと、竜は小さく頷いている。それでまた光は混乱している。年齢おかしくないですか、と
こまけぇこたぁいいんだよと悠がそう言って話に収束をつけた

「そうだ。今日のお昼ご飯は光ちゃんの好きなもの作ってもらいなよ」
悠が唐突にそう言った。竜は何でも作れるからね、大丈夫だよと太鼓判を押している
竜は特にそれを否定もせずに、静かに光の答えを待っている状況

何でそんなに料理が得意なんですか?と光が逆に質問すると、当たり前じゃん、竜は現代の海原雄山なんだからと悠が適当なことを言っている
竜はそれをまた否定するでもなく、再び下を向いてククと笑っている状態だったが、やがて「いいから言ってみろ。俺が作れるものなら作ってやるから」と光にそう言った

光が「かた焼きそばとひれカツサンドが好きです」と答えると、竜と悠は顔を見合わせて小さく笑みを浮かべている
それで光はちょっと首を傾げている。何かおかしなこと言ったかな?と
口に出してそれを言ってみると悠がすぐにネタばらしをしてくれた
「いや、ちょっと意外だなって思っただけだよ。光ちゃんなんて育ちよさそうだから、もっとお高いものをいうのかなーって」
悠がそう言うと竜は頷いていたが、その後ちょっと首を振って考えている様子
どうかしました?と再び光が聞くと、竜はちょっと苦笑していた
「いや、どっちも食材あるか微妙だなって思っただけだ。カツサンドとあんかけ焼きそばなら簡単だが、かた焼きそばの麺があればいいが」
予想以上に真面目に考えてくれていたことが光はちょっと嬉しかった

悠が「竜は凝り性だからね。リクエストされたら絶対作らないと気が済まないんだよ」と茶化すが、竜の表情は穏やかなまま
ホントに料理が好きなんだなーと光が内心感心していると、悠は「私は生春巻きねー」とまた無理難題を言っている

そこで一つ気になったので、光はそれを聞いてみることにした
「竜さんは好きな食べ物はないんですか? 私たちに無理に合わせなくていいんですよ」
すると竜より先に悠がそれに食いついてきた

「ダメだよ。竜に好きなもの作らせたら、焼肉としゃぶしゃぶしか出てこなくなるよ」
それを聞いてまた竜が思わず噎せている。その反応を見て、どうやら図星なのかなと光が感じていると悠が頷いてみせる
「竜は肉しか食べないからね。料理は好きだけど食には興味ないんだよ」
言われれば、と光は思った。昨日のナポリタンの時も光と悠のにはピーマンがしっかりと乗っていたが、竜自身のには乗っていなかった気がする
いっつもたまねぇに怒られてたのに、野菜嫌いだけは治らなかったんだよと悠が言ったので、竜は苦笑しつつ「ほっとけ」と呟いている

また意外な一面を見れた気がして光は内心楽しくなってきている
やっぱり人は見た目で判断しちゃダメだよね、と。今のところは私の『賭け』は当たっていると光は確信している

木の下で光の横に座ってオロナミンCを飲んでいた悠だったが、不意に立ち上がると横で佇んでいた竜の顔をまじまじと見始める
ん?という感じで竜がそれを見かえすと、悠はちっちっという感じで右人差し指を振ってみせる

「私は竜、光ちゃんって呼んでる。光ちゃんは悠さん、竜さんって呼んでるよね?」
いきなり振られたが、光はそうですと大きく頷いたので悠もまた頷いている。そういうところだよ?と言って竜をジト目で睨んでいる
「竜、あなたは私を悠って呼ぶのはまあよしとして、光ちゃんのことはなんで水木って呼んでるの。仲間なんだよ? ちゃんと名前で呼んであげて」

唐突な無茶ぶりだったが、なぜか光は強く頷いて同意を示している
予想外の展開にちょっと困惑していた竜だったが、やがて小さく首を振ると「もういいだろ。そろそろ行くぞ」と促して打開を図った
しかし悠と光はその手には乗らない。二人で顔を見合わせると不敵に笑んでから再び竜のほうを見上げている

「ちゃんと名前で呼んでください。私たちは仲間なんですよ?」
光が真剣な口調で懇願する横で悠はうん、うんと頷いている
竜は面倒になったのか、「わかった。本原、水木。もう行くぞ」と逆バージョンに変えてきたので悠と光は返事すらしない
ちゃんと名前で呼ぶまで私たちは動かないよ、という態度を見せている

しかし竜は「ちょっと待て」と言って、周囲の様子を伺う素振りを見せる
それで悠と光も同じように辺りを見渡す
光は特に何も感じなかったが、悠はまた静かに頷いた

「光ちゃん、急ごう。ここで遊んでる場合じゃなくなった」
悠はそう言って荷物を持って立ち上がったので、光も慌ててそれに続く

「人の気配が近づいている。それも2方向からな」
竜がそう言ったので光は驚きを隠せないが、もう既に歩き出している悠が光のほうを見てちらっと笑った

「このままだとダブルアウトだよ。ここで最高の形は光ちゃんの目的地に急ぐことだから」
竜も頷いている。今は誰かとやり合ってる時間はないからな。まずは目的地だと告げて、座っていた光に手を差し出して立たせた

「誰も知らない未来へ向かっていくのが光ちゃんの務めだからね。こんなとこでやる気になってるアホに遭遇してる場合じゃないから」
悠がそう声をかけ先導し、さっきまでとは打って変わって足早に歩を進める
幸いその”2組の影”の追跡はなかったようで、3人は目指していた家へ無事到着した
光ちゃん、後は任せるからねと悠が肩をポンと叩くと光は力強く頷いた

「全ては夢へと続く道。新たな時代を築き、遥かな夢へと続くよう頑張ります」
小さく笑みを浮かべながら光はそう言うと、改めて竜のほうを見た
「竜さんに名前呼んで貰わないとダメですからね」
悠と顔を見合わせて笑っている光の姿に、勘弁してくれという感じで竜は家に入るよう促していた