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「ちょっと、どういうことなのあれ」
碧が怒りを隠し切れない様子だったのを翠は抑えつつも、こちらも戸惑いを隠せない感じ

2人は光と合流するつもりで民家から移動していた
そしてすぐに光を見つけたのだが、そこに不測の事態が起きていた
光が西崎竜、本原悠と一緒にいたこと。そして
とても仲よさそうにしていたことであった

光は私といる時には一度も見たことがない表情をしていた
このプログラムの状況下にいるにもかかわらず、とても穏やかで楽しそうに笑みを浮かべているのがとても印象的だった
何をどうすればあそこまでこのプログラムの最中にあの笑顔でいることが出来るのか、それが碧にはわからなかった
そして竜と悠も普段見せていない楽しげな様子だった
どうしてこの3人が、と碧は思った

「西崎のあんな表情久々に見た気がする」
翠はそうしみじみと呟いている
教室では常に無表情というより感情のない置物にしか見えない竜と悠が、すぐ目の前でとても楽しそうにしていたのは信じられない光景だった
不思議なのは向こうからこっちは見えてなかったはずなのに、いつの間にか素早く姿を消す3人に底知れない恐怖も感じていた

「どうしようね。光と合流するのは無理だよねこれじゃ」
翠がそう言ったので碧はすぐに頷いたのだが内心は少し違った。居場所がだいたい分かったんだから、いつでも合流できるじゃんという思いのほうが上回っている
私がここにいるとわかれば、きっと光はこっちへ来てくれる。碧はそう確信している

「...なんか人の気配するね?」
碧がそう言って周囲を見渡すと翠も同じように続くが、特に感じなかったようで首を傾げている
そうか、光たちはこの気配を察知していなくなったんだと碧は一人納得した。あまりいい感じがしないそれは、確かに危険な気さえ覚える

「ねえ、ここにいてもしょうがないしどっかの家でも探して入ろうか。今日は暑くなりそうだし」
碧がそう言うと、翠は小さく頷いた。確かにそうね、と。無防備に外に立っている理由はないしね
言って、2人は歩を進め始める。碧がこっちにしようと方向を決め、それに翠が続く感じ
最初の進行方向こそ違う場所を選んだが、碧がさりげなく光たちが消えていったほうへ誘導していることに翠は気づいていない様子
あの3人が何をしようとしているかはわからないし、どこへ向かっているかもわからない。けれど、最後に光が選ぶのは私のはずだ
碧はその信念に基づいて行動しようと改めて決意している

2人の足音だけが聞こえる静かな空間
木々の呼吸さえ聞こえそうなその静寂に包まれた、同じような風景が並ぶ場所を黙々と歩いている
昨日は一日中どんよりしていたが、今日は朝から日が照り付けている。このまま昼になったら暑くてやばいんだろうな、と碧は内心考えている
そしてこの湿気は、いつもの函館とは違う感じなのでどこか本州の島なのかなとも思っている
となればやっぱり...首輪を外して、廃墟からの廃坑へ。そしてそこからトンネルへ抜けるしかないようだった

しかし私たちの力で首輪を外すのはどう考えても無理なわけで、頼りになるのは光しかいない
翠には申し訳ないが、私はやっぱり光と一緒に居たい
翠と一緒に歩きながら碧はそう考えている。ごめんなさいという気持ちはもちろんあるが、やっぱり光がナンバーワンという思いは消せなかった

そんな時だった
木の上で何か気配を感じた気がしたので碧と翠は思わず立ち止まった
ちょうど鳥が飛び立っていったのが見え、なんだ鳥かと思った矢先の出来事だった

何かがひらりと舞い降りて来たと思った瞬間、翠が勢いよく吹き飛ばされていた
木の上から岡野和近が”ミサイルキック”を放ってきたようで、そのまま翠から銃を奪って虐殺モードに突入している
思わず助けに行こうとする碧に対し、「早く逃げて!」という翠の叫び声が響く
それと同時に鳴り響く銃声に、翠の悲鳴も響き渡る

ごめん、翠。ごめんね....
涙を堪えて逃げようとする碧の足元に、狂鬼と化している和近からの銃弾が届く
どうやら翠だけじゃなく、碧の命も奪おうとしているようで和近は追跡して来ている

どう考えても脚力で逃げられる余地がない碧は半ば諦めかけたが、目の前に一人の男が立ちはだかった
「ここは俺に任せろ。戸叶、お前は早く逃げろ」

そこに立っていたのは普段はチャラいだけなのに、今日は研ぎ澄まされた表情をしている棚町弘嗣だった
弘嗣は銃を構え和近を威嚇しつつ、碧に逃げろと合図を送る
ごめん、ありがとうと言って涙目になりながら逃げる碧に対して弘嗣はいつもの右手を掲げるポーズを取ってみせる

それから弘嗣は和近のほうを見る
いつもの爽やか系男子の面影はとうに消え、復讐の悪鬼とかしている和近と相対しつつ弘嗣は気を引き締め直す
どうやら和近の銃はタマ切れのようだが、予備の弾はまだあるはず。それを補充させないように仕留めないといけない

「そんなんじゃ100年経っても俺には適わねぇぞ!」
そう挑発しつつ、弘嗣は和近に向けて銃を構える
「岡野、お前は男がやっちゃいけないことをやってしまった。女子を泣かせることだ!」
言うと同時に弘嗣が発砲すると、和近はひらりとそれをかわしてみせる
え?と驚く弘嗣を尻目に、和近はじりじりと距離を取り始めている
弘嗣はまた発砲、それも避けられるとさすがにTranquilo.じゃいられなくなっている

こんなに銃って扱いにくいものなのか...
弘嗣がしばし呆然としている間に、和近は翠の死体の元へ歩み寄っている
一瞬のうちに弾の補充に成功したようで、和近も発砲し返してくる
弘嗣も無事かわすことに成功したが、躊躇なく打ち込んでくる和近の前に押されている
反撃する隙を与えず撃ち込んで来る和近の前に、弘嗣はあっという間に追い詰められていた
痛っ、と弘嗣が感じた時、すでに右足が血まみれになっていたことに気づく。避けている最中にどうやら貰ってしまっていたらしい
撃ち返そうにも弘嗣の銃は現在弾切れ最中。和近は動けなくなっている弘嗣を見てニヤリと笑うと、弾を補充し直している

「過去は変えられない、全部背負って生きて行くんだ。その覚悟はあるのか?」
弘嗣がそうシャウトすると、和近は涼しい表情でそれを受け流す
「特にありません。1番すげえのは岡野和近なんだよ!」
和近はそう叫ぶと、弘嗣の頭部へ向けて銃を向ける
苦痛に歪んだ表情を浮かべつつ、弘嗣は密かにズボンのポケットを探る。確か銃弾の予備を入れていたはず、と
全てを入れている時間はない。何とか1発だけでもお見舞いしなくてはいけない、と決死の覚悟で弘嗣は木の陰で銃弾を1発ねじ込むことに成功する

「棚町さん、お疲れさまでした」
和近がそう嘯き弘嗣に銃を撃ったその瞬間だった、弘嗣も負けじと1発撃ち込む
和近の銃弾はしっかりと弘嗣の頭部を捉えたが、弘嗣の銃弾も和近はかわしきれず右肩に直撃した
思わず銃を落とした和近だったが、事切れている弘嗣にはなむけの銃を拾い直してからお見舞いする

「くすんだ太陽には沈んでもらいますよ」
和近はそう呟くと、弘嗣の手から銃を抜き取る。荷物から銃弾もしっかり奪うと、そのまま姿をくらました