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家に入るなり、光はすぐにPCで作業を開始している
今まではあくまで探り。今日は本番という感じで、凄まじい速度のブラインドタッチ
ついに水木光が覚醒したといったところで、最初はそれを感心したように眺めていた悠に光が的確に指示を出し始めて2人で”ハッキング”等の作業を本格化させている

10時半を過ぎた頃、2人に任せるといった感じで竜は台所へ向かった
光のリクエストにお応えしましょうと行ったところで、冷蔵庫などを漁っている
「ヒレカツは無理だ。普通のカツサンドになる」
ご丁寧にそう竜が言うと、光は「大丈夫です、気にしないでください」と返しながらも視線はPCから離れていない

世論が同情に向かってるから、私たちが逃げ出しても問題なさそうだねーと悠がタブレットのメモ帳に打ち込んだのを見て光は静かに頷いている
光は過去の事例を調べていたようで、護衛の兵士たちが明日の17時に帰ってしまうこと。教官も18時には帰るようで、それ以降は逃亡しても追撃の心配はないということがわかった

「大体やる気になってるやつが多すぎるってことだね。3日目の15時にはほぼ壊滅してるから、兵士も教官も必要ないってことでしょ」
残り1人になったらお迎えが別途来るみたいだね、と悠が呟いているので光は静かに頷いている

となれば、と光は思った
逃げるのは明日の18時以降。首輪を外すのもそれ以降が望ましい
それまで無事に生き残れれば私たちの勝利は間違いないということ。残りの人数はだいぶ減ってきているので、やる気になっているやつをやり過ごして逃げ切ろう
竜と悠は異常なまでに人の気配を察知できているので、この点は有利と思える
あとは廃墟が禁止エリアにならないことがベストだが、最悪なったとしても18時以降に首輪を解除してしまえばこっちのものだから問題はない

意外に”脱出”は難しくなさそうだった。問題はそっちのほうじゃなく、その時まで生き残るほうが大事
『光ちゃん、まだ首輪解除しちゃダメだよ』と悠がメモ帳にそう打ってるのを見て、光は思わずちらっと笑った
わかってますよ、と。正直あと2項目打ち込めば問題なく解除できるそこまで到達していたのだが、その画面は静かに落としておいた。無駄に長く開いて、下手に感づかれるより絶対これが正解
悠は光に向けて、無言でサムズアップポーズをして見せるのでやっぱり正解だったんだなと光は自画自賛しつつ頷いてみせた

やることなくなっちゃったね、と悠はタブレットでまた何かを見ている
PCを落として光はそのタブレットのほうに目をやる。何見てるんですかと思わず問いかけると、「ウルトラマン見てるだけだよー」と悠は平然と答える
ホントに大事なことはなんだろーと歌いつつ悠はご機嫌な様子

「竜、かた焼きそば作れるの?」
悠がそう声をかけると、俺を誰だと思ってるんだという竜の声が届いたので思わず悠と光は顔を見合わせて小さく笑った
ちゃんとスイーツも作ってねと悠がさらに追撃すると、黙って待ってろといつもの通り

「いつから竜さんは料理作ってるんですか?」
光がそう聞くと、悠はちょっと考えてからすぐに小さく頷いた
んとね、中1の時くらいだよと。最初に何作ったかまでは覚えてないけど、たま姉に褒められたのが嬉しかったみたいで独学でやってるうちに凄腕になったんだよと悠が自分のことのように誇らしげに言った
お陰で私は全然料理できないんだよと付け加えて悠は無言でサムズアップポーズをするので、光は思わず小さく笑っている
けどね、その分私は勉強する時間をたくさんもらえた。私たちは孤児だからね、見えないところで頑張らないといけないんだと普段の悠とは別人のような涼しい顔でそう呟いている

正直育ちがいいほうだと自負まではいかないが自覚している光だけに、悠と竜の苦労は計り知れないのが現実
その苦労を億尾にも見せず、涼しい顔で過ごしているように見せていたのはすごいことだと思った
それが顔に出ていたのだろうか、「同情するなら金をくれ」とぶちかまして困惑させられている
しかしすぐに、悠は「少し寝るね。お休み」といきなりテーブルを枕代わりにいきなり寝てしまう
急ですね、疲れたのかなと思っていた光だったが、その寝顔を見てるうちにいつの間にかウトウトとしてそのまま同じように寝てしまった
静かになったので様子を見に来た竜だったが、悠と光が熟睡してるのを見て目を細めながら2人にそれぞれ毛布を掛けるとそのまま台所へ戻る

窓にはカーテンをかけ鍵もきっちり締めていたのだが、玄関に鍵をかけるのを3人は忘れていた。裏口はしっかり施錠していたにもかかわらず、なぜか玄関は忘れている
靴もしっかり3つ並べられていて完全に油断してるとしか思えない状態
昨日は最後に家に入った人が鍵をかけることが徹底されていたのだが、今日に限って光がうっかり忘れてしまっていた

そんなこととはつゆ知らず、竜はゆっくりと料理をしている
集中するため台所と居間への戸をしっかりと締め、いちごパフェでも作るかと本気モードに突入。いろいろ材料を吟味している

その時だった、家のドアがカチャリとなって開いたのだが、竜もちょうど冷蔵を開けたタイミングで気づいていない
やがて一人の女子が家に駆けこんできていた

「光、助けて。翠が...翠が」
そう言って寝ている光を揺り起こすのは戸叶碧だった。その喧騒でやがて光だけじゃなく、悠も目を開けて一様に驚いた様子

「...どうかしたの?」
まだ覚醒しきれていない光だったが、いきなりの碧の登場にさすがにちょっと驚いた様子を見せる
悠はまだ完全に起きてない様子で、そのまま寝そうになっている

「翠が殺されたの! お願い、一緒に居て」
悲痛な叫びを上げる碧だったが、光の反応は鈍い。むしろなぜあなたが此処にいるの?という態度を示している
予想外に冷淡な態度を取られ困惑している碧だったが、悠は「いいよ。私たちと一緒で怖くないならね」と告げるとそのまま再び眠りに落ちる
喧騒に気づいて竜も姿を見せたが、「落ち着くまでゆっくりしとけ」とだけ言って再び台所へ戻る

何でこの人たちはこんなに落ち着いているんだろうという思いが強かった碧だったが、ひとまずはこの場に居させてもらうことにした
1人でいるのが怖い。光と一緒に居たい。その気持ちが強く、竜と悠の存在は気にしないことにした

ようやく目がはっきり覚めたというところか、光は何度か頭を振ったあとにしっかりと碧のほうを見据えた
「それで、何があったの。詳しく教えてちょうだい」
光がそう聞くと、碧は昨日から今日まで起きた出来事を話し始める
今さっき起きた翠が和近に惨殺されたこと、そして自分も襲われそうになったのを弘嗣が身を挺してかばってくれたから逃げられたこと

それを黙って聞いていた光はすぐに小さく頷いた
それから再び碧の目を見つめると、
「碧、あなたはここに入る時ちゃんと周囲を確認してから来たの? 誰かにつけられてないよね?」と冷たい口調でそう言い放つ

想定外の光の対応に困惑して碧は困った表情を浮かべていると、突然目を覚ました悠が「竜、ちゃんと碧ちゃんの分もお昼ご飯作ってあげてね」といきなりそう叫ぶと、再び何事もなかったようにその場に寝てしまう

わかってると竜の声が届くが、光は一人頷いている
「碧、お昼食べたらここを出て行ってね。私たちは..ううん、私はあなたと一緒に行動は出来ない」
感情を感じさせない口調で光がそう告げると、碧の表情は一気に曇って行く
目に涙を再び浮かべつつ、碧は再び懇願する

「どうして? 私たちは友達だよね?」
碧が悲壮な口調でそう言うと光はすぐに頷いたが、やがて碧の目を真剣な目で見据えた
「それはそれ。けどね今は違うの。本当に信用できる人としか一緒に居られない」

碧には光の真意が理解できなかった。私は信用できないのに、竜と悠、この2人は信用できるというの?

「どうして? どうして? どうして? どうして?」
思わず碧の口から言葉がそう漏れ出すが、光はもう碧に興味を失くしたようにタブレットで過去の事例を眺めている
矢先、碧はいきなり銃を取り出すと光にそれを突き付ける
しかし光は顔色一つ変えずにタブレットに視線を向けたままでいる

「私本気なんだよ? 撃つよ?」
碧は強い口調でそう脅すがその言葉は光には届いていない
それどころか再び目を覚ました悠が、「いい匂いして来たね。そろそろかなー」と言って台所のほうへ夢中な様子をするので一瞬毒気を抜かれそうになってしまう

「いい加減にして!」
碧がそう叫んだ途端、急に悠の表情が張り詰めたものに変わった
「光ちゃん、碧ちゃん、出る準備して。話はあとでゆっくり」
真顔でそう言って、竜の元へ行こうとした矢先の出来事だった

ガシャーンと窓ガラスが割れる音、その後すぐに外からの銃声が何発も響き渡る

「悠さん!」
光の悲痛な叫び声が響き、竜も慌てて居間に駆け寄って来る
何が何だかわからないまま、碧が外に向けて銃を撃って応戦しているその横で

悠ががっくりと腰を落としていた