「樋口くん、飯はまだかい」
安理が真顔でそう告げると、樋口は項垂れて首を振った
和屋も半分死んだような顔をしていて、さすがに言葉を発しなくなっている
3人は朝から何も食べていない
昼過ぎに入った民家で調達する予定が、山尾の襲来によって頓挫させられたのが非常に悔やまれるところ
「やっぱりかた焼きそば食べておくべきだったね」
安理がしみじみそう言っているが、さすがにあの空間で食べる気にはなれなかった。そして...
「いや、俺らが食べてたら山尾に殺されてたんじゃないか」
和屋がそう言ったので樋口はすぐに頷いた。ホントそれ、と
「まあね。けど、きっと水木が作った料理だよ。やっぱり僕はちょっと心残りかな」
安理はそう言って遠くを見ている。言われれば、と樋口も思った。本原悠と一緒に居たのは西崎竜と水木光
竜が料理をするイメージは沸かないので、そうなると料理を作っていたのは光ということになる
才色兼備のお嬢様が作る料理を食べられなかったのは生涯の不覚かもしてない
「我が生涯に一片の悔いなし」とは行かないね、これは
山尾の襲撃から退散した際、白ビキニのキングコングとすれ違った気がするがそれは置いておき、歩いている最中にジャケット姿にやばそうな銃を抱えているイケメンの姿が目に入った時も3人は華麗に逃走
無事気づかれずに済んだのは僥倖だったが、まるで民家が見当たらないゾーンへ立ち入ってしまっていた
「もういっそ、その辺の草でも食おうか」
安理がとんでもない提案をするが、俺は馬じゃねえしと樋口はすぐにそれを拒否する
いや、吾輩のデスソースがあれば食べれるんじゃないか?と和屋が安理に乗っかるが、さすがに実行する勇気はないようだった
「助けてください! 助けてください!」
安理は某せかちゅーよろしくそう叫び出すので、樋口は慌ててその口を押さえる
バカ、誰か寄ってきたらどうするんだと樋口が制するが、和屋も例によってヴィブラスラップを弾いて「ハンバーグ!」と泣き叫んでいる
いや、泣きたいのはこっちのほうだと樋口は思っているが、確かに腹が減ってやばいのもわかった
和屋はまた例によって本麒麟を取り出すが、すぐにそれをまたリュックに仕舞った
飲まないのか?と樋口が聞くと、和屋はすぐに頷いた
「腹減りすぎてる時に飲むと悪酔いするしな」
まさかのマジレスで樋口は思わず戸惑う。いや、十分お前のやってる行動は悪酔い以上にタチが悪かったとしか思えないんだが...
歩けど歩けど好転しないこの事態。どれだけ行けばいいのですか、という感じだったが何も見えてこない無の境地
いい加減家の一つや二つ見えてきてもいいはずなんだがと思う樋口の心をあざ笑うかのように、ただひたすら木と生い茂った草だけが並ぶ殺風景
気づけば3人はまた無言になっている
それぞれ脳裏には食べたいものが浮かんでいるのだろう。樋口はカレー食いてえと小さく呟いていて、和屋はハンバーグと呪文のように何度も唱えている
そして安理は...巨乳のお姉ちゃん食べてえとボソッと呟いているので、思わず樋口はずっこけそうになる
そこで樋口はまた違うことが頭にふと過る
あれだけいたクラスメイトの女子が気づいたらもう3人しか残っていない事実
水木光、浪花なおみ、度羅務環奈
わりと美少女もいただけに、何とも名残惜しいと言っては語弊があるが残念な気もする
話題つくりと行ってはアレだがそれを口に出してみた。ちょっとは空腹の気が紛れるかもしれない
「なあ、クラスの女子で誰か好みのやつっていたか?」
樋口がそう聞くと、和屋はすぐに小さく頷いている。そら本原だよ、と。
「相手にされなかったけどな。見た目も性格もタイプだったよ。性格知らないけどな」
相変わらず適当すぎる意見だったが、どうやら悠が好みだったのは事実のようだ。そりゃ死亡報告聞いて動揺するし、死体を間近で見たら切ないわな、と。この質問は失敗だったのかも、と樋口は内心反省している
一方の安理はちょっと考えた様子だったが、やがてゆっくりと口を開く
「そりゃ乳だけなら原間日登美だけど、顔はさすがに好みじゃないよ。顔も含めれば、そうだね。水木光になるんじゃないかな」
安理にしては至極真っ当な回答だった。乳だけじゃなく顔まで考慮して、総合で回答してくるとはちょっと予想していなかった。まあ予想外れるのは俺の性分だし
「そういう樋口くんはどうなんだい。人のを聞き逃げとは許せないよ」
またしても安理が正論を言う。明日は雪だなとか考えていると、和屋は不敵な笑みを浮かべている
「聞くだけ野暮だろ。樋口くんはビキニが似合うキングコングに夢中さ」
言ってほくそ笑む和屋の頭をとりあえず一発軽くはたくと、和屋は大袈裟にひっくり返ってみせる
まるで脳震盪でも起こしたかのようにふらついている和屋に安理が駆け寄ると、
「暴力はダメだよ樋口くん。そんなに読売ジャイアンツに入りたいのかい?」
そう告げ、憐れみを持った視線で樋口を睨んでいる。和屋はまだふらついているが、どうやらそれは殴られたのが原因ではなく単なる空腹によるものなのは目に見えている
やがて安理もすぐにその場にしゃがみこむ。樋口くん、お腹空いたよーと今にも泣き叫びそうな2人を抱えて樋口は内心頭を抱えている
いや、俺も腹は減ってるんだぞと。そもそも昨日からろくなもん食ってないわけで
そういえば支給のパンはまだ残ってなかったかと思ったが、最初から存在しなかったかのようにリュックには見当たらない
僕のにも和屋くんのにもパンなど入ってなかったよと安理が平然と告げるので、万策尽きた感が否めなかった
樋口はまた改めて地図と磁石で今の位置を確認する
もうすぐ家が見えてきそうな感じがするのを見て、樋口は内心奮い立つ。もう少し、あと少し、と
そしてそれを2人に告げると、安理と和屋の目は怪しく輝きを帯びる
「いいんだね。逝っちゃって?」
安理がそう呟くと、和屋もすぐそれに追随する
「逝っちゃうぞバカ野郎!」
和屋はそう威勢よく叫ぶが、すぐに空腹からくる脳震盪でふらふらしている
それでまた安理がダメだよ樋口くん、僕たちは井口でも杉谷でもないんだよと喚いているがもうそれは無視している
ぐずる2人を無理やり連れ、樋口たちは移動を再開する
ややあって、ようやく1軒の民家が見えて来た
よっしゃ、これで勝つる...思った3人の目線に飛び込んできたのは、驚きの光景だった
見えて来た大きなベランダの向こうには2人の人影が見えた
窓際に佇む西崎竜、そしてその肩で眠っているように見える水木光の姿
「チックショー」
小梅太夫よろしく和屋がそう叫びその場に崩れ落ちると、安理もリア充は滅べばいいと思うよと言って見事にノックアウト
これはさすがにきついな....いろんな意味で。樋口もそう思い落胆し、2人と同じようにその場にへたり込んでしまった