戻る
Next
Back
樋口たち3人は目を覚ますと、そこは家の中だった

「気がつきましたか」
そう言って微笑みを浮かべている水木光を見て、樋口たちは驚きを隠せない様子
それぞれ顔を見合わせて、これはどういうことだという表情を浮かべている
いつの間にか部屋には美味しそうな匂いが漂い始めている中、光は頷いて状況を説明してくれた
3人が家の前で野垂死にしそうなのに気付いた竜が光と共に家に運び入れてくれたということ
「どうして助けてくれたんだ?」
樋口がそう聞くと、また光は笑みを浮かべたまま小さく頷いている
「竜さんが言ったんですよ。家の前で死にそうになってるやつらを放っておけるか?って。私は反対したんですけど」
いや、この子随分はっきり言うねと樋口が感心していると、安理はテーブルの上にある卵焼きに興味津々な様子
見た目はアレだが、まあ腹が減っているわけで食べ物が目の前にあるというのはまさにチャンストウライ(佐賀記念勝ち馬)

「これは水木が作ったのかい?」
和屋がそう言って先んじて玉子焼きに手を伸ばすと、ずっちーなとばかりに樋口と安理もそれに続く
はい、そうですけど...それは食べないほうがいいですよと光が制す前に、3人はそれぞれ口に入れて即悶絶している
超絶塩辛いそれ。空腹時に強烈すぎる刺激を受け悶え苦しむ3人に、光はそれぞれグラスに入れた水を手渡しする
受け取り、3人はそれぞれ生き返ったような表情に変わる。そいや水すら満足に取ってなかったな、と。そら家の前でぶっ倒れるわけだと樋口は内心自嘲している

少し腹にモノが入って満たされたのか、3人はそれぞれ生気を取り戻していった様子
「いやぁ、水木にも苦手なものがあったんだね。僕は驚いた」
心底感心したように安理が呟くと、光は思わず俯いてしまう
いーけないんだ、イケメンだと和屋が囃し立てるが、樋口は別のことが気になってそれを光に訊いてみる
「そいや西崎はどうしたんだ? 姿見えないけど」
辺りを見渡しながら樋口がそう言うと、和屋と安理もそう言えばいないな、と周囲を見回しているが姿は見えない
それで光は小さく笑みを浮かべた。台所のほうを指差すと、
「竜さんなら今キッチンにいますよ。樋口くんたちが飢え死にしそうで可哀想だとか言ってました」
そう言って光は口を押さえて笑っている。みなさん、それぞれうわ言のように腹減ったとか言ってたんですよと

思い当たる節しかない3人だけに、それは否定できない事実だった
そこで和屋が今日は何も食べてないと前置きしたうえで、昨日食べたものを逐一教えると光はさすがに驚いた表情に変わった

「それでよく生きてましたね」
光がまさかの一刀両断したので樋口は思わず苦笑したが、安理はいかにも不満そうな表情を示している
「そういう水木たちはどういう食事をしてきたんだい? まさかパンだけで凌いだとかは言わないよな」
なぜか得意げに安理がそう言うと、光はまたすぐに小さく頷いている。クールな眼差しのまま、小さく笑みを浮かべつつ安理のほうをしっかりと見据えていた
「私たちの初日のお昼はナポリタンで、晩御飯がエスカロップですね。それで今朝はハムサンドとタマゴサンドです」

聞いてるだけで羨ましさしかなかった。何だよ、何で同じプログラムに参加しててこんなに差がつくんだよと
樋口は思わず俯いて首を振っていると、和屋と安理がその肩をポンとそれぞれ叩いた
ドンマイ。そう言われたが、いやむしろお前らのせいでこうなったんだぞと樋口は内心呟いている
お前らが喜んで変なカップ麺ばかり選んだせいだろと。少なくともサッポロ一番味噌ラーメンはあったんだからな。棚町に進呈しちゃったけど

3人の様子を微笑えまし気に見ていた光だったが、また口元に笑みを浮かべると
「安心してください。皆さんが食べたがっていたものを竜さんが作って来てくれますからね」
そう言うとほぼ同時に、竜が部屋に入って来る。小さな鍋を片手に持ちつつ、「気がついたんだな」と涼しい顔で鍋敷きを置いてから、その鍋を樋口の前に置く
そして光に目で促すと、2人は台所にいったん消えると、すぐに2人は同じような鍋を抱えて戻って来る
それぞれ安理と和屋の前にもそれを置くと、
「ほら、お前らのご所望の品だ。ゆっくり食べてそれから出て行ってくれればいいから」と竜が小さく言ったので光もそれに頷いている。ごめんなさい、やっぱりずっと一緒に居るのは怖いんです、と続けていた
いや、西崎と一緒に居るのは怖くないのかよとかツッコミたい樋口だったが、出された”インスタント麺”の匂いには敵わなかった
「いやぁ、美味そうだ」
言うが早いか、安理はすぐにそれを口に入れ...やがてすぐ号泣している。辛い、辛すぎるよこれと
しかし構わず和屋もそれに追随し、同じように轟沈している。なんじゃこりゃぁ、と言ってテーブルに華麗に轟沈
その様子に竜は首を傾げている。何でだ?と不思議そうな表情さえ浮かべているし、光も同じように首を傾げて2人で顔を見合わせている
そのやり取りが気になったので、樋口はそれを聞いてみた。「そもそもご所望ってどういうことなんだ、と」
すぐに光がそれに回答した
「和屋くんが辛ラーメン食いてえってうわ言のようにつぶやいていて、安理くんがあぁ、超激辛のやつがいいって叫んでたんですよ」と真顔で言って来たので、思わず樋口は頭を抱えた
お前ら、うわ言までろくなこと言わないんだなと。もうマジで勘弁してくれと言いたかったが、空腹の欲求には敵わない。思い切ってラーメンに手を伸ばし、口に含んだ途端即座にKO。おじいさん、萬田銀次郎をなめてもらっては困りますわ...
これが樋口の辞世の句となった

しばし後、3人はそれぞれ炒飯をがっついて食べている
普通に中華料理店で出せるレベルのそれ。オヌシナニモノ(牡4歳・高橋義忠厩舎)と行ったところだったが、あくまで竜は涼しい表情を崩していない。何だ、普通のものが食べたかったなら最初からそう言えと言わんばかりに
それぞれ出された中華スープまで一気に飲み干したあと、ふうと息をついた和屋は思わず
「なぁ、何で俺たちにご馳走してくれたんだ? 一応プログラムなんだよな、今はさ」
確かに、と思った安理と樋口は顔を見合わせて頷くと、それぞれ竜と光のほうを見る
すると光はいつものクールな表情のまま竜を見ただけだったので、思わず竜はふっと鼻で小さく笑ったように見えたがやがて
「昨日だな。お前らに氷室押し付けようとした時あっただろ。そのお詫びみたいなもんだ」
そう言うと、もう興味を失くしたかのように台所へ戻ろうとしたがそれは光がすぐに止めていた。ダメですよ、と
私が襲われたらどうするんですかと3人に聞こえるようにわざと大袈裟に言う光に対し、思わず噎せている竜を見て樋口は何だよ、こいつら。何でこんなに仲がいいんだよと感心したような呆れたような感覚を覚えている。そしてそれは和屋も同様だったようで、
「おい、本原が泣いてるぞ。本原が泣いてるぞ(1995年10月9日 東京ドーム【新日vsUインター 全面戦争】ism)とぶちかましてしまったので、和やかだった空気は一気に終わりを告げる

チッという竜の舌打ちがはっきり聞こえ、光の表情もあっという間に曇って行く
これはまずいと直感した安理が、「おい和屋くん、西崎と水木に謝れ。2人とも本原が死んで悲しんでないわけないだろう」と至極まともなことを言う
それでも空気の良化を感じなかったので樋口も続けることにした
「おい謝罪しろ! 謝罪しないなら死んで詫びろ!」
あまりにも痛烈すぎる感じでそう言われ、和屋は思わず泣きそうな表情に変わる
そのやり取りを見ていた竜と光は、また互いに顔を見合わせそして小さく笑みを浮かべていた。光がもういいですよ、今回だけは許してあげますとだいぶ上から目線
とはいえ飢え死にしそうなところを救われた上に、暴言吐いたのだから追い出されて当然なわけで

「すまん、つい取り乱した。実は本原のことが」
そこまで言いかけたが、さすがに空気を呼んだのか和屋は自重した。此処で言うべきことじゃない。今言うことでもない、と
僕にとって青春でした。春に永眠(ねむ)る初恋でしたで終わらせようと心で誓った

「そいや西崎と水木は晩御飯食べないのかい?」
話題を変えようとしたのか、安理がそう聞くと光がすぐに首を振った
私たちはまだですよ、と。ついさっき食パン食べたばかりですから、6時の放送が終わってから考えますと言って竜のほうを見ると、竜は小さく頷いていた
それで樋口が何気に腕時計を見ると、もうすぐその6時になろうとしているところだった
俺ら、どんだけぶっ倒れてたんだろと内心自嘲している

やがてゲロによる6時の放送が始まった。いつものように死亡者の発表と、禁止エリアの追加についてのそれ
「21時か。じゃあ20時にはここを出ないといけないな」
地図と照らし合わせながら竜がそう言うと光は頷いている。それで安理が思わず、「なら僕たちもそれまでここにいていいかい? ヘタに出歩きたくないんだよ」と懇願する
竜と光はまた顔を見合わせていたが、やがてすぐに「好きにしろ」と竜が言いかけるのを光はそれを制した
「ホントは嫌なんです。けどしょうがありません。ただし、同じ場所に来ないでくださいね」
まさかの念押しに樋口たち3人は苦笑した。わかったよ、お願いしますと和屋が言うと光は満足気に頷いていた

そして竜はいつの間にか台所へ消えていったので、光が「手伝います」とそれに続いていった
3人は居間に取り残されたまま、今後どうしようなと相談を開始している