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竜と光がキッチンに消えて間もなく、安理の目が怪しく輝いている
その視線が気になった樋口は、同じようにその安理の視線を追うとそこにはリュックから拳銃がはみ出ている
おい、まさかだよなと思う樋口を尻目に、「いいんだね、殺っちゃって」と安理はキッチンへ強い視線を向けている

ある意味命を救われたに等しい状況なのに、すぐに恩を仇で返すつもりなのかと樋口が困惑しているとそれに気づいた和屋も小さく頷いている
「気持ちはわからないではないが、今はプログラムだからな。いつ殺るの? 今でしょ(林修ism)」
なぜか和屋も乗り気だった
本原悠の弔い合戦じゃーと意気盛んな様子を見て、樋口は一つのことに思い当たった。あぁ、これはやはりおかしいぞと
それでいったん2人を宥めつつ、それを話してみることにした
いくらなんでもあの2人不用心すぎないか、あまりにも不自然じゃないか、と

いくら気を失っていたとはいえだ。光1人を置いて野郎3人を置いてキッチンにいてみたり、そして今も拳銃を放置したまま2人で台所にいる
竜のことはよくわからないが、あの聡明な水木光がこんなミスをするか?という思いが強かった
仮に今この2人を殺したところでまだ生徒は残っているわけで。そして、結局最後になったとしてもだ。俺らが殺し合う羽目になるんだぞ、と
安理と和屋はそれを理解できているのだろうか

「僕は殺るよ。こんなチャンスはもう2度とない。デスストーリーは突然にだよ」
安理はそう呟くとリュックから銃を取り出す。おい、もう1丁あるぞと促し、それを和屋が受け取る。殺ってやるって!
樋口はおい、待てと言う間もなく2人は意気盛んにキッチンへ突撃

「御面頂戴!(キン肉マンII世ハンゾウism)」
そう叫んで和屋が銃を構え、安理も同じように銃を構える。慌てて樋口が止めに入ろうとしたその先の光景を見た瞬間...3人は呆然と立ち尽くしている
泣きじゃくっている光を支えるように立ち尽くしている竜の姿

「さっきのは酷いですよ。私たちが悠さん死んで悲しんでないとでも思ってるんですか?」
3人の突入に気づいていない光がそう言ってる。竜は和屋と安理が銃を持っているのを見て、両手こそ上げて見せるが表情は涼しいままだった

「撃つなら好きにしろ。ただ水木だけは助けてやってくれ。こいつがいたほうがお前らのためになるぞ」
感情の見えない表情のまま竜がそう言ったのを聞いたのか、光はようやく和屋と安理が銃を持っているのを見て怯えた表情を浮かべている
さすがに毒気を抜かれてしまった和屋と安理はそれぞれ項垂れている。正直スマンカッタ(佐々木健介ism)とばかりに頭を下げたが、それでも気が済まなかったのか和屋は思わず土下座をしている
「全て俺の責任。親にも頭を下げたことのない俺だが、お詫びをしたい」
そう言って床に頭をこすりつけている和屋を見て、安理も同じように追随する。ホントごめん、調子に乗りすぎたと
その様子を見て思わず顔を両手で覆った樋口だったが、やがて「ごめん、許してやってくれ。こいつらも悪気はないんだ。つい銃を見て興奮しちゃったんだ」
庇ってるんだかバカにしてるんだかわからない感じでそう言う樋口に対して、光は強い視線を取り戻しつつあった

「出て行ってください。もうあなたたちの顔なんて見たくありません」
きっとした口調で光がそう言い放つが、竜は待て待てと宥めている
とりあえず一回戻ってろと竜が促したので、樋口たちは慌てて退散する。戻り際に和屋と安理は拳銃をその場に置いて、再び頭を下げてからのログアウト

居間に戻ってすぐ、樋口主催による反省会が行われていた
だから言っただろと。そもそも撃つ勇気なかっただろと言われ、和屋と安理はただ項垂れている
特に和屋はだいぶ落ち込んでいるように見える。やっちまった、女子を泣かしちまったとぶつぶつ呟いでいる
安理も同様な様子だったが、こちらは別の意味で落ち込んでいる
クラスで一番いいなと言っていた子を泣かせた挙句、殺そうとしてしまった自分を許せないようでどこか思いつめたような表情にすら見えた

しかし安理はやがて、またいつものようにスマホを取り出すとアカツキ!とやっているのだからタチが悪い
和屋も同様にいつもの動画制作に勤しみだすので、樋口は内心こいつらのメンタル強ぇーと感心しつつ、頭では別のことを考えていた

やはり不自然だったあの竜の様子がとても気になっている。銃を向けられても慌てる様子一つ見せず、それどころか撃つなら好きにしろとまで言ってのけるのはやはりただ事ではないと樋口は思う
あの涼しすぎる表情はどこか寂しさすら感じさせたような気がしている

どれくらいの時間が経過したのだろうか、やがてキッチンから竜と光がそれぞれ皿を持って居間に戻ってくる
3人を見てそれぞれ光がきつい視線で睨みつけてくるので樋口は思わず目を背けたが、その皿からはとても美味しそうな匂いが漂ってきている
何気なく樋口がそれを覗くと、先ほどの炒飯に麻婆豆腐をかけた「マーボー炒飯」だったので、うわ、羨ましいと思わず口に出しそうになった

竜と光はそれぞれ食事を開始している。光がイチイチ樋口たちに睨みを利かせてくるのでまあ居心地が悪い事仕方ない
辛くなったのだろう。安理はまたスマホに夢中で和屋も動画作成に逃避しているが樋口はあえてさっきのことに触れてみることにした
撃つなら好きにしろとはどういう意味なんだ?と聞いてみると、竜は聞こえてないのか黙って炒飯を口にしているが、光の表情がさっと曇ったのが分かった

「竜さん、撃たれたら死んじゃうじゃないですか。冗談でもそんなこと言わないでください」
涙目になってそう訴える光を見て竜は思わず右人差し指で頭部を軽く掻くが、やがて小さく頷いてみせた
「刺激しないように言っただけだぞ。撃つなって言ったほうが人間撃ちたくなるもんだろ」

それは確かに一理あると樋口は思ったが、どうも何か引っかかるものを感じた。とはいえこれ以上触れるのもアレだと感じたので自重した。また光を怒らせることになったら面倒だと思ったので

そのうち2人は食べ終わったようで、それぞれ皿をキッチンに戻していた。とはいえもうすぐ出るということもあるのだろう、さすがに洗い物はしなかったようですぐ居間に戻って来ている
竜が地図を開いているのを、その横から光が見ている様子を見て樋口はまた違和感を覚える
水木光ってこういうキャラだったっけ、的な違和感。そりゃプログラムなんて巻き込まれているわけだから多少は心境の変化はあるかも知れない。けど、今のこれは違うだろと言いたかった。いや、嫉妬してるわけじゃないから。リア充滅びろとか思ってるわけじゃないから!!

やがて行く場所を決めたのか、竜と光は何事かを囁き合ってお互い頷いている。そういや俺らもこれからどうしようかと思い、樋口は和屋と安理に呼びかける
なぁ、ここ出たらどこに向かおうかと聞くと、和屋も安理もそれぞれ首を傾げているだけ。そいやそうだった、俺らは常に出たとこ勝負だったわと気づいて樋口は内心苦笑している

「廃墟に向かうなら明日以降にしたほうがいいぞ」
竜はまるで違う方向を見ながら、ぼそっと呟いている。それで光がまた表情を変え、どうしてそれ今言うんですか?!という感じで問い詰めているが、竜は素知らぬ顔でそれを受け流している
あ、そうだ。ちょっと待ってろと竜は突然言うと、キッチンへ急いで向かった。そしてすぐに戻ってきたその両手にはそれぞれ拳銃がある
一つを自分のリュックに仕舞うと、もう一つのほうを樋口に手渡してきたので驚きを隠せない
しかし竜は涼しい表情のまま、「人のリュックから拳銃取り出すくらいだから、お前らは碌な武器持ってないんだろ。3人で銃1つじゃ足りないかもだが、まあそれで我慢してくれ」と言って、予備の弾まで分けてくれている
また光が怒ったように「どうしてですか? 何でこんな人たちに銃まであげちゃうんですか?!」と大層お怒りの様子だったが、やはり竜はそれを完全にスルーしている
そのまま竜は銃を今入れたリュックを光に渡すと、もう一つのほうを自分で持つ。え、もう出るのか? 早くね?と樋口が思っている矢先、外から何か音が聴こえてきた気がした

直後、ドカンという音と共に2階の窓がガシャンと割れる音
ひっと悲鳴を上げる光を竜が宥め、樋口、安理、和屋も一気に緊張の色が走る
そして音はどんどん近づいてきている。はっきり聴こえたそれは、福山雅治のHELLOのようだった。そんなはずはないさ〜♪という歌と共に鳴り響くドカンという銃声に続いて、今度はぱららららという乾いたタイプライターのような音
これには光は聞き覚えがあった。昼前に自分で撃ったあの音と同じ、マシンガンの音だとすぐに認識できた
居間のガラスにも銃弾が当たりガラスが飛び散っている。竜は光を庇うようにして背後に置いて、その一瞬で窓の外を確認した
遠目に見える、ジャケットを羽織ったイケメン次郎がグレネードランチャーとマシンガンを手に佇んでいる

「黒潮か。とんでもねえ武器2つも持ってやがるな」
竜は相変わらず心境が読めない涼しい顔のままそう言うと、樋口をそっと手招きした

「俺が囮になるからお前らは逃げろ。水木も連れて一緒に行け」
馬券を外すのは得意な樋口だが、それにしてもこの発言はさすがに予想外すぎた。こいつ何言ってるんだ?と思う前に、光が「何言ってるんですか。竜さんも一緒に逃げましょう。むしろこの人たちを囮にすればいいですよ」とまた手酷いことを平気で言っている
まあ、言われても仕方ないことをしたけどさぁ...
一瞬鳴り止んでいた銃声は、またどんどん近づいてきている。2階部分へはグレネードランチャー、1階へはマシンガンと華麗に撃ち分けてくる次郎の攻撃にもう時間の猶予はない

「俺らが玄関から出るから、西崎と水木は裏口から逃げてくれ。それがせめてものお詫びだ」
銃を構えて樋口がそう言うと、和屋と安理も覚悟を決めたのか小さく頷いていた。それで竜は光に耳打ちすると、渋々という感じでリュックから銃を取り出すとそれを安理に手渡した

「2丁あれば何とかなるだろ。無理に撃つなよ。相手は狂ってるからな」
竜がそう言ったので、樋口たちはまた頷いた。

「それじゃ、明日廃墟で会おう」
樋口はそう言って先陣を切り、それに続くのが安理と和屋。銃声の方向が変わったのを聞いて、竜と光も裏口から逃走を開始する
相変わらず爆音のHELLOがどこからか流れたまま、派手な銃声音が外に反響していた