樋口たちが家から飛び出した直後だった
威勢よく銃を構えて飛び出す樋口と安理、その後ろから和屋が続いたのだったが、”イケメン”の姿はすでにそこになかった
勇んで出てきた安理は拍子抜けの様子だったが、樋口は警戒を怠らない
しかし和屋がすぐに「しまった、あいつ裏口のほうに回ったんじゃないか?」と叫んだので、樋口もすぐにそれだ!と直感したが、ある意味これ幸いな事態でもあった
「おい、逃げるなら今じゃないか」
安理もそう告げている。竜と光には悪いが、ここは千載一遇のチャンスであるには違いなかった
ヘタレと呼ばれてもここは逃げるのが上策なのではないかと
それを和屋に告げると怒りの形相で顔を振っている
「暴言吐いたり銃を向けたのに許してくれて、それどころか銃まで与えてくれた”pareja”じゃねーか。それを...」
しかし悲しいことに和屋は銃を持っていない。素手でグレネードランチャーとマシンガンを持った次郎の元へ向かうほどの勇気はなかった
すまねえ、西崎。水木...そう呟くのが精いっぱいで、和屋は抱えられるように安理と樋口によって連行されて行った
樋口たちが家を出てすぐ、後から家を出た竜と光
それを追うように発射されるグレネードランチャー
「竜さん、こっちに来てます。どうしましょう」
光がそう叫んでいるが、竜は無言のまま光の手を引いただけ。大丈夫、安心しろ。こっちだと言わんばかりに誘導する
暗闇に紛れてるからなのか、追撃の銃声はなかなか聞こえてこない
HELLOもいつの間にか聴こえなくなっていて、逃げ切れたのかと光が内心安堵していると電柱の上に何かの気配を感じた
それは竜も同感だったようで、思わず下を向いて顔を振っている
そしてすぐに「すまん、やっちまった。水木一人で逃げられるか?」と小さく呟いているが、光はすぐに首を振ってそれを拒絶する。ダメです、竜さんも一緒じゃないと嫌ですと半分泣き声になりつつそう絞り出している
さっと逡巡した様子の竜だったが、やがて「後ろからは黒潮。そして上には岡野がいる。水木、どうすればいい」と尋ねて来た
光はさすがに電柱の上にいるのが岡野とは気づかなかったのでさすがに驚いたが、すぐに頭を整理した。どう対峙するかではない、どうこの場を乗り切るかだと
光は竜に止まってくださいと合図を送ると、すぐに足を止めた。そして電柱の上に向かい、天にも届けと言わんばかりの大声で叫んでいる
「岡野くん、助けて! あなた正義の味方でしょ!!」
光がどう判断したのかはわからない。いきなり無差別発砲の次郎よりは組し易いと思ったのか、それとも勝算あってのことかは竜にはわからなかったが、光は見えない和近に救いを求めた
やがてひらりと舞い降りると、竜と光の目の前に現れるのは手負いの様子の岡野和近
「...どうした。誰かに追われてるのか」
ちょっと顔をしかめつつ和近がそう尋ねると、光は「黒潮くんに追われてるんです。無差別でいきなり撃ってきてやばいんです」と伝える
和近がちょっと考えた様子を見せていると、やがてすぐ後ろに気配を感じた。そこにはもちろん、マシンガン片手に不敵な笑みを浮かべる黒潮次郎の姿
「グレネードランチャーは弾切れで捨てて来たよ。まあマシンガンあればお前ら3人なんてすぐあの世だけどな」
ジャケットを見せびらかしつつ迫る次郎、そして拳銃を手にして威嚇する和近に挟まれる竜と光
どうして銃を出していなかったんだろうと後悔する光を尻目に、竜はあくまでも涼しい顔で光を庇いつつ次郎と和近の様子を伺っている
マシンガンと拳銃なら圧倒的にマシンガンのほうが有利なはずなのに、次郎はなかなか撃とうとしないので竜はすぐに察した。なるほどな、と
そして光にそっと耳打ちする。「黒潮、もう銃弾ほとんど残ってないな。さっき無駄遣いしすぎたんだろ」
この人何でこんな冷静なんだろと思いつつ、光は小さく頷いている。左右から徐々に距離を詰めてくる次郎と和近に対し、竜と光は少しずつ後ろに後退している。なるほど、隙を見て逃げようということなんだなと光が察しているとふいに竜が光の右手を握った
え?と戸惑う光に対し、竜は「やばい。後ろにもいる」と小さく告げた
そしてすぐに「黒潮、岡野、離れろ。危ねえ!」と叫び、竜は光を庇うようにしゃがみこんだ
直後、とんでもない爆音と共に銃弾が発射されて竜たちの背後に炎が立ちのぼる
暗闇に紛れて、白ビキニ姿の浪花なおみが忍び寄っていた
いきなりPfeifer Zeliska(パイファー ツェリスカ)をぶっ放して来たそれは、ぶつぶつと何か呟いているように見える
「こいつらが悪いんだ。みんな集まって自殺しただけなんだ」
意味不明すぎることを呟きつつ近づいてくるなおみに怯えて、ひっと悲鳴を上げそうになる光の口を竜は覆い被さりながら塞いだ
「ちょっと静かにしてろ。そして動くな」
光はすぐに頷いたので、竜はすぐにその手を離した。なおみの様子を伺いつつ次郎と和近のほうに視線を向けると、無事避けてはいるがそれぞれさすがに驚いた表情を浮かべている
つい今まで狂鬼の様相を呈していた次郎だったが、素に戻ったかのようにいつもの”イケメン”な雰囲気に戻っている
和近も相変わらず肩の傷を気にしつつも目の輝きは失われていないが、2人は迫るなおみの完全に狂乱した姿に、さすがに動揺を隠せない様子だった
なおみは竜と光に一度目をやったが、動かないのを見て死んでいると判断したのかそのままスルー
そしてまた新調した有刺鉄線つきラケットを取り出すと、次郎のほうへ向けて歩き出す
チッといろいろ考えた。舌打ちしたと同時、和近は銃をなおみに向けて撃つがなんとその銃弾をラケットで跳ね飛ばしている
おい、こいつマジで人間じゃねえじゃんとその場にいる全員が思ったに違いない。しかしなおみは平然として、気にせず次郎狙いの様子を変えていない。ゆっくりと確実に歩を進めている
次郎も残り少ないであろうマシンガンをなおみに向けてぶっ放すが、これも避けたりラケットで撃ち返したりとやりたい放題でさしもの次郎も顔色を失っている
蹲りながらその様子を見ていた光は、さすがに泣きそうになっている。人間を超えた何かがすぐそばにいる悪夢なのだから仕方ないが、竜が光に声だけは出すな。もう少し待てと囁いている
体の震えも止まらない感じの光だったが、竜がそう言ってくれるので機会を待つだけだった。とにかくなおみから逃げなくてはいけないと心から思っている
「西崎、水木、そして黒潮も逃げろ。このキングコングは俺が倒す」
言うが早いか、和近は一瞬のスピードでドロップキックをなおみに炸裂させていた。見事にそれはヒットし、なおみは思わずパイファー ツェリスカを落としている
「カッコつけるな。俺も協力するぜ」
言って次郎もすぐにマシンガンをまたなおみに撃つが、これはまたラケットですべて撃ち返してしまう
「水木、行けるな? 今しかない」
竜が促し、光をさっと起き上がらせるとその手を引いて走り出した。去り際に光が和近と次郎に頭を下げると、和近はサムズアップポーズ、次郎はジャケットを羽織り直して見せるが、やがてすぐになおみと対峙している
和近は地に落ちたパイファー ツェリスカを拾おうとするが、その手はなおみによって踏みつけられ、そして間髪入れずにラケットでのフルスイングをまともに喰らってしまう
無念の弾切れとなったマシンガンを手に持ち呆然としている次郎だったが、ラケットでの殴打をやめないなおみを見て覚悟は決まった
ここで逃げるのはイケメンの教えに反する。銃からの直撃を避けさせてくれた西崎たちのためにも、俺がこのキングコングを何とかしないといけない
完全に事切れている和近を殴り倒しているなおみを尻目に、次郎は素早い動きで和近が放り出していた拳銃を拾うと、そのまま猛ダッシュで捨てて来たグレネードランチャーを拾いに戻った
拳銃の銃は撃ち返せるみたいだが、グレネードランチャーはさすがにあの黒ゴリラでも撃ち返せないはず。直撃させてジ・エンドだ
内心ほくそ笑む次郎だったが、すぐ後ろになおみが迫っていることに気づかなかったのは運命だったのだろう
「いろいろ考えた。誰よりも自分らしくいようと思った」
なおみが呟くと同時のラケットでのフルスイングが次郎に直撃した
一瞬で意識が飛ぶ一撃な破壊力だったが、そこはイケメンの底力。返す刀でグレネードランチャーを発射しようとしたが、その手はなおみによって封じられた
なおみは次郎の右腕を捩じり、グレネードランチャーを離させるとあとはいつものラケットによる乱打
次郎もあっけなく事切れ、なおみはまたいつものように泣き顔を浮かべている
「全て西崎竜と水木光がやったことだ。私はみんなのために白ビキニ姿でウォークしていただけなのに」
次郎の死体を踏みつけつつ、次は水木光、お前は必ず自殺させる
色白でちやほやされてるお前はこのプログラムから退場しないといけないんだと呟きつつ不敵な笑みを浮かべている
私のほうがスタイル抜群、容姿端麗。チビ(160センチ。なおみがでかいだけ)でちょっとばかり胸が大きいだけの光に私が負けるとでも?
あいつだけはラケットで殴り殺すなんてマネはしない。神聖なラケットが汚れてしまう
そこまで考えていながら、急にまた怯えた表情になおみは変わる
私は悪くない。全て水木光が生きているからいけないんだ、と泣き真似をしながら竜と光が消えた方向へ足早に向かっていった