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暗闇の中、竜と光はひたすら駆けていた
運動音痴に定評のある光だけにすぐに息が上がっていたが、竜が「大丈夫か?」と何度も確認していたが気丈に大丈夫ですとその度に頷いている
なおみの襲来場所からはだいぶ逃げたつもりだったが、なかなか竜は足を止めようとしない。さり気にそれを聞いてみると、「まだだ。あんな化け物にもう1度会ったら次は助からないぞ」と竜は笑みを浮かべたような顔でそう言ったので、光は頷いた
確かにアレは無理。銃弾を避けたり跳ね返す相手にどうすればいいのだろうという思いが強かった

「2方向から撃っても通用しないんだぞ。俺らじゃどうにもならん」
心底呆れたように竜が言いつつ首を振っているのを見て光はちょっと驚いている。この人も諦めたような表情をすることがあるんだな、と。まあそれだけ、あのなおみが人間を超えた存在に昇華してしまっているのも事実
「樋口くんたちともう1回合流出来れば行けますかね?」
光がそう聞くと、竜はすぐに首を振った。無駄だろう、と。合わせて5人か。それで一斉射撃したところで、俺には勝てるビジョンが見えないと竜はそっと笑った

となれば、と光は考える。仮に脱出の方法があると教えたところで、あのキングコングにはもう言葉は届かないであろう。皆殺しをすることに快楽を覚えているようにさえ見えたアレ
私と竜さん、そして樋口くん3人による5方向からの射撃なら行けるかもと思ったが、確かに5人同時に息を合わせて撃てるとは限らないし、そもそも至近距離から躱されたら大惨事になるだけ
八方塞がりだった。もう行ける場所が限られてきていることもあり、よほどうまく逃げないとまたあのゴリラに襲われてしまう
今回は和近と次郎のお陰で無事逃げおおせたが、次にもし出会ってしまったなら確実に竜か私のどちらかは助からないのは目に見えている。いや、どっちも一緒に縊り殺されるのがオチか
となれば...何か手を打たなければならない
出会ってしまってからのショットガンとマシンガンで何とかなるのだろうか

考えながら走るのはさすがに辛かったようで、光は思わず石に躓いてしまったがそれは竜がさり気に支えている
思わず頭を下げる光に対して竜はそっと笑いかけている
「気にするな。それよりまだ行けるか?」
優しい口調ではあったが、どうやらまだ休ませてはくれないらしい。それで光は内心苦笑している。表向きは大丈夫ですと言っているが、相当疲弊していた
悠がいたならもう膝が痛いと言ってリタイアしてるんだろうなあとか思っていると、竜はようやく歩を止めた
リュックからアクエリアスを2本取り出すと、光にも1本手渡し「少しだけ休むか。さすがにこれ以上水木を走らせたら死にそうだ」
そう言ってまた小さく笑みを浮かべつつ、アクエリアスを一口飲んでいる
それで光も封を切ると、軽く一口のつもりがごくごくと一気に飲んでしまったので自分で驚いていると、それを見ていた竜は目を丸くしている。悪かったな、そんなに喉が渇くまで走らせてしまってと言って耳の横あたりを小さく掻いている。癖なのかな、と光は感じつつアクエリアスがこんなに美味しく感じたのは初めてとも思っていた
ふぅ、と竜は息を大きくついている。光も同じように追従すると、また竜は小さく笑みを浮かべている

「おい、マネすんなよ」
そう言う竜に対し、マネしてません。と明らかに口調を真似て光が返したので竜は思わず噎せている
初日からは考えられないやりとりをするようになったな、と光は思わず笑みを浮かべている。最初は打ち解ける気配すらなかったのに、いつの間にかといったところ
悠のお陰というのも多分にあるだろうが、いなくなって2人きりでも仲良くやれている自負はあった

「さて、どうする」
すでに呼吸が収まっている感じで竜がそう聞く。まだ息が上がったままの光は一瞬呆気に取られたていたが、すぐに思考回路を整理している
とりあえず身を潜める場所を探して、それから対策を考えるべきか。それとも...
やはりPCがある場所が望ましいなと光は考えていた。兎にも角にも首輪を解除できる状況を失うわけには行かない
そこで光は何かを閃いた気がした。首輪...?
ただ、それを口に出すのはちょっと躊躇われた。筆談しようにも闇夜で難しい状況だったので、とりあえず心の中に留めておく
そして「やっぱり家で落ち着きたいところですね。外はちょっと怖いです」と告げると、竜は静かに頷いた

「わかった。もうすぐ行くぞ。あいつならすぐ追いついてきそうだ」
周囲に目を配しながら竜がそう言ったので、光もすぐに頷いた。確かになおみならもうそこにいてもおかしくないような気さえする。暗闇にまたあれが現れたなら、それはもうジ・エンドな未来しかない絶望
何か気になったので急に辺りを見渡す光を見て、竜はどうした? ゴリラでもいたか?と普通に言って来たので、今度は逆に光が噎せている
その様子を竜は目を細めて見ていたが、すぐに口元に指を置いてみせる。あんま大きい音出すなよ、と竜が制す

スマホの灯りで地図を少し見ていた竜は大体の位置を把握して一人頷いていたが、不意に何度か首を傾げているので光がどうかしましたか?と訊いた
いや、大したことじゃないんだがなと前置きした上で、竜はまた首を傾げている
「今朝の話だが、悠はおかわりで何食べてたっけ」
言われ、何でいきなりと思いつつ光はすぐにカレーですよと答えると、また竜は一段と首を傾げている。だよなと言いつつ、やたら首を傾げている
「カレーがどうかしたんですか?」
光がたまらずに聞くと、竜は小さく頷いている。いや、あいつカレー嫌いだったんだよ。1回俺が作ってやったら、カレーが辛いんだよーってぶちぎれてな。それ以来食べてるのを見た記憶がなかったんだと竜が苦笑しながら語っている
まあ気のせいか。食べるものなかったらカレーくらい食べるよなと一人納得したように竜が言っているが、光はえ?という驚きの表情を浮かべる
あのカレー、確か辛口でしたよと光が返したので、竜も思わず考え込んでいる
「なあ、仮にだ。水木、腹が減ってたとしても嫌いなものわざわざおかわりしてまで食べるか?」
そう聞かれ、光はすぐに首を振った。私なら絶対に食べません。悠さんはわからないですけれどと返すと、竜はすぐにあいつは嫌いなものは絶対に食べないはずなんだがなとまたも不思議そうに呟いている

「けど、何で今になってそんなこと言うんですか?」
至極当然のことを光が言うと、竜は遠くを見て小さく笑っている。それから自嘲するように、「多分まだいろいろ信じられないんだと思う。あいつがまだ死んだってことを受け入れられてないんだろうな」
言うと竜の顔がいつもの涼しい表情に戻っていた。気になってたことを言ったのでスッキリしたといったところなのだろうが、光も1つ気になっていたことがあったのでそれを口に出してみることにした。そう言えば妙に体格がよかったというか、足が太く見えた気がしましたと告げると、再び竜は思案していたがすぐにまた首を振った

「考えるだけ訳わからなくなるから時間の無駄だな。まずはあのゴリラから逃げるほうが先か」
普通にゴリラ呼ばわりをしてることに思わず光は吹いてしまうが、竜は不思議そうな顔をしている。どうかしたか、と
それで光は何でもないです。そうですね、早くあのキングコングから逃げましょうとこれまた酷い事を言って、竜と光は顔を見合わせて笑みを浮かべながら、小さく頷き合った

2人は改めて歩き出そうとした瞬間、不意に風で木々が揺れたので光はまた驚いた表情を浮かべてから思わず竜に抱きついてしまい、すぐにごめんなさいと謝っている。その光の頭を竜が軽く撫でると、満更でもない表情に変わっているので冗談だと言って竜はすぐにそれをやめると、向かう先を光に告げた
廃墟間近にある小さな集落を目指そう、と竜が告げたので光は頷いたが、内心結構遠いなと感じていた
思った以上に走ったのが堪えたのか、それともなおみの襲来で疲れたのかはわからないが、出来ることなら1度ゆっくり休みたいというのが本音であった。それを竜に言うべきかどうか悩んでいるうちに、「じゃあ行くか」と促されたので言えずじまい
悠がいたならすぐに伝えれたのだろうが、竜にはどこか言いづらい距離感があった
さすがにもう駆け足での移動ではなかったが、疲労からか光の歩くペースは明らかに遅くなっているのでさすがに竜も気づいた

「どうした。限界なら先に言えよ」
口調こそきつかったが、竜の表情は柔和だった。光は気丈に大丈夫ですと返したが、竜は静かに首を振った
わかった。なるべく近くの安全そうな家見つけたらそこで今夜を明かそうと言う竜に対し、光はすぐに首を振ったが竜はそれを制した

「昔よく言われてたこと思い出した。人の気持ちを考えられる人になりなさいってな」
竜はそう言って笑みを浮かべていた。悠さんにですか?と光が聞くと、竜はすぐに首を振った
「俺が姉さんと呼んで慕っていた人にな。竜くんは空気読めないってよく怒られてた」

そう言った竜の表情が今まで見たことがない照れくさそうな、年相応の少年ぽさを感じさせるそれ。ホントにその人のことが好きだったんだなーと改めて光は感じさせられた
しかし竜はすぐに表情を切り替えている。周囲の確認を改めて行うと、こっちだと合図を送って来る
道案内は竜に任せておけば大丈夫、と光は感じている。私の仕事は首輪を解除して脱出へ導くこと。そしてもう1つ...

「竜さん。あのキングコングを倒す方法、私思いついたかも知れません」
光が真剣な表情でそう告げると、竜は真顔で頷いていた
奇遇だな、俺もいま閃いたぞと言って竜は光の耳元で何事かを告げると、思わず光は噎せている。真剣な表情で言うことじゃないですよ、それと言って抗議するような視線を送っているが竜は笑みを浮かべて知らん振り
竜が言ったのはこうだ
「消火器でもかけてやればいいだろ。色白になるしあのビキニ目立たなくなるぞ」
真顔でこんな冗談を言われたらたまったもんじゃない。闇夜の静寂の中、光の咳き込む音だけが鳴り響いている
あまり大きな音を出すなと竜が注意するが、そもそもあなたが変なこと言うからですよと光は内心文句を言っている

「それで、水木は何を思いついたんだ?」
何事もなかったように竜がそう聞いてきたが、光はそれにはあえて答えなかった。早く行きましょう、ゴリラが来たら厄介ですと言って竜を急かすと移動を開始した