一方こちらも移動中の樋口たちだったが、先ほどから安理の様子がおかしかった
いや様子が挙動不審なのは日常茶飯事なのだが、今は特に酷いそれ
和屋は相変わらず本麒麟に夢中で安理の様子など眼中になかったが、とりあえず樋口は一応聞いてみることに
「どうかしたのか?」
それを受け、待ってましたとばかりに安理が語りだす
「いや、気のせいだとは思うんだ。けど、あれはどう見ても本原だったんだよ。さっき茂みの影を横切って行ったのを僕は見てしまったんだ」
安理はそう言ってわざとらしく怯えだしている。僕は零感なのに、どうして幽霊を見てしまったんだ!と無駄に嘆いているのを見て、あほらし、失敗したと樋口は聞いたことを後悔していた
しかしそれを聞いたのか、和屋も話に加わって来る
「何だと? じゃあやっぱりあの家で死んでいたのは本原じゃなかったのか?」
いきなりとんでもないことを言う和屋に呆れた樋口は、もういいとばかりに右手を振ってそれを制したが和屋は真剣な様子だった
「いや、状況とか最初は死体がどう見ても本原だったんだがな、襲撃受けて出る際に見た”本原”はどこか違って見えたんだ。気のせいだとは思ったんだが、あれは見間違いじゃなかったんじゃないか」
それはないだろと樋口が言ったが、和屋はまだ首を振っている
「妙に太ましかったんだよ。最初に見た時は確かに本原だったのに、山尾が来て逃げる前に本麒麟供えた時には別人のように太って見えた。どういうことかはわからんが、俺の目はそこまで節穴じゃないはずだ」
和屋はそう言って自信満々だが、樋口はすぐに被りを振った
「西崎と水木の様子見ただろ? あいつらも完全に本原が死んだと思ってるし、そもそも水木号泣してただろ」
それを言われると困るんだがと言って和屋が頭を抱えていると、安理がまた異常なほど驚いたように目を見開いている
「おい、また見ちゃったよ。あれは本原だ。僕は本原の幽霊を2度も見てしまったー」
そう言って涙目になった安理は、和屋から本麒麟を受け取ると痛飲している。もう嫌だ、酒でも飲まないとやってられないよとぼやきつつ和屋となぜか乾杯をしている
呑気なやつらだと呆れつつも、樋口は一人で状況整理をすることにした
竜と光のあのやりとりを見る限り、キーパーソンになるのは「廃墟」で間違いないようだ
そして...
「水木は首輪の解除方法知ってるんじゃないかな?」
いつの間にかあたりめまで食べている和屋がそう言うと、エイヒレを食べながら安理が頷いている。違いない。あいつならそれくらいお茶の子さいさいだねと
つかお前ら、いつの間につまみ準備してるんだよと樋口がまた呆れていると、あの家にあったじゃないか。ちゃんと食べ物は確保しないとと和屋が不敵な笑みを浮かべている
いや、食べ物ならもっとちゃんとした食料になるものを確保してくれと樋口は内心嘆いているが、その心は2人には届いていない
となれば、だと樋口は考える。竜と光が生き延びてくれてると仮定して、俺たち3人は明日の夕方以降まで生き延びて廃墟にたどり着ければ何かが起きるということなんだろう
銃2個を拝借したこともあり心なしか心にゆとりもできている。そもそも使えるかはわからないんだけれども
「とりあえずまたどっかの家で潜むか。誰にも遭遇しないで、明日の夕方に廃墟。それでチェックメイトだ」
樋口がそう言うと安理と和屋はそれぞれ頷いたが、やがて和屋が少し考えた表情に変わる。いや、それしか手がないのはわかってるんだ。けどなと前置きしてから、
「もし仮に、西崎と水木がやられてしまってた場合はどうなる。俺らにはもう手がないってことじゃないのか?」
珍しく真剣な様子で和屋がそう言ったのだが、安理がすぐにその和屋の肩をポンと叩いている
「大丈夫だ。そもそも最初から僕らは打つ手など何もなかったじゃないか」
自信満々に力強く安理がそう言っているのを聞いて、樋口もその通りと思わず頷いていた
それで和屋もそうだったと頷いたのだが、その和屋は突然目を見開いて驚いている
「おい、俺も見ちゃったぞ。本原の幽霊だ! あれは絶対本原だ!!」
樋口は和屋の見ている方向に慌てて目を向けるが、そこには何もいない。疑いの目線で樋口が見ると、和屋はいや、今そこにいたぞと真顔でそう告げる
それで安理が「ほら、僕の言った通りじゃないか。本原の幽霊は本当にいるんだよ」と得意げな様子だが、そもそも本原の幽霊がいるとしても、何で俺らに付き纏ってるんだという話である。何か用があるなら西崎や水木のところに行くべきだろうと
それとなくその旨を安理と和屋に告げると、その通りだと二人も言う
やっぱり目の錯覚だろと樋口が改めて言うと、それにしてはリアルだったんだがなーと和屋が言った
うん、はっきり走ってるように見えたしねと安理が言ったのを聞いて、樋口はまた疑問が湧いた
「おい、足は見えたのか?」
樋口がそう聞くと、和屋と安理は同時に頷いた。それで樋口はなら幽霊じゃないだろ。幽霊には足がないはずだといかにも尤もなことを言ってみせると、和屋が頷いている
そう言えばショートヘアーの幽霊ってあまり話聞かないよな。だいたい長髪で白装束だしと和屋が言ってるが、安理がそれで
「ならやばいじゃないか。僕が見たのはおかっぱ頭にうちの学校の制服を着ている本原だったぞ」と言って、また大袈裟に怯えだしている。和屋も同様で、俺も見たのはこけしヘアーで制服を着た本原だったぞーと叫んでいる
「いや、だから、無駄に大声出すなって。誰か襲ってきたらどうすんだよ」
樋口が慌ててまた止めているが、心なしか木々の騒めきが一層激しくなったような気がした
一方、竜と光はそんな3バカの騒ぎなど知る由もなくようやく見つけた1軒の家に身を寄せている
「ダメですね、この家にはパソコンないみたいです」
至極残念そうに光がそう言っているが、竜は各部屋の窓にカーテンをかけたり窓を閉めたり鍵をかけたりと念入りな様子
「寝るなら奥の部屋でな。2階は使うなよ」
カーテンを閉め切ってるため暗闇で、さすがにこれは大変だと踏んだのだろう竜はどこからか取り出したローソクを3本だけ火を灯している
アロマの器具のようなものに立て、「さすがにもう電気つけるわけに行かないからな。いつまたあのゴリラが襲ってくるかわからん」
言って、竜は思わず自分で吹き出しそうになっている。竜さん、キャラ崩壊してますよと思いつつ、光はちらっとスマホの画面をチェックしている
22時35分と表示されており、結構時間が経ってるなと実感していた
「寝て来ていいぞ。寝れなくても横になるだけでだいぶ違うだろ」
竜がそう言ったが、光が「私は結構ウトウトとかしてたから平気です。竜さんが先に寝て来たらどうですか?」と逆に促すが、竜はすぐに首を振った
どうしてですか?と光が聞くと、竜は小さく笑みを浮かべて即答した。
「水木に襲われたら困るからな」
どうしてすぐそういうこと言うんですか!と光は竜をポカポカと叩いて抗議するが、竜は気にもせずにほら、早く寝て来いと再度促している
私眠くないんですけどと困惑しているが、お前が寝てくれないと俺遺書書けないんだがと真顔でそう告げるので光は目を見開いてまた抗議の姿勢
「何で遺書なんですか。悠さんいないから寂しくて死んじゃうんですか?」
光が諭すような視線でそう言うと、竜は真顔で頷いている
「仮に無事生き残ったとしてもだ、それ以降は俺とはもう関わらないほうがいい。俺は人殺しの息子で、人殺しだからな」
しみじみと竜が言って光の顔を黙って見ている。お前が殺したんじゃない、刃長を殺したのは俺だからなと強調する
光の心のから嫌な思いを消し去ろうとしているのかも知れないが、あまりにも唐突な申し出に光は戸惑うばかり
遺書はまあ大袈裟かも知れないがなと言って、竜は冷蔵庫からコーラを取り出して飲んでいる
「お前も飲むか?」
竜がもう1本を手渡すと、光は素直にそれを受け取ってから締まったというような表情を浮かべた
「ここはアグア!と叫ぶべきでしたね」
光が遠くを見てそう呟くと、竜は小さく頷いていた
2人はコーラを飲みつつ、しばし無言状態。とはいえ重い空気ではないので光は気にしていなかったが、不意に竜が口を開いた
「そいやさっきも聞いたんだが、水木のゴリラ退治作戦はどんなやつなんだ?」
相変わらず呼び方は酷いが、まだそれが気になっていたらしい竜がそう聞くと光は小さく頷くとスマホの画面を開く
何事かを画面に打ち込むと、それを竜に見せた
『禁止エリアを操作して、なおみの首輪を爆破してしまうのはどうでしょう』
それを見た竜はさすがに驚いた表情を浮かべる。いや、それはまずいだろと思わず呟いてから自分もスマホを取り出して、
『それやったら首輪解除できなくなるんじゃないか。対策されるだろ。それどころかこっちの首輪まで爆破されかねないぞ』
竜がスマホ画面を見せると、光は自信満々に首を振ってそれを否定する
『心配ありません。任せてください。私はハーバードが認めた才媛ですよ』
妙に自信満々に再びスマホ画面を見せる光に対し、竜は他に何か策があるんだな?と訊くと光は素知らぬ顔をしてみせた
「その答えはもちろん....Tranquilo.あっせんなよ」
無駄に目を見開いて光がそう言ったので竜は目を丸くした後、思わずまた噎せている。どうしたんだ、キャラ違うぞと竜が噎せながら言ったが、光は笑みを浮かべたまま頷いていた
大丈夫、私に任せてくださいと自分に言い聞かせるように小さく呟いていると、竜が「いいから早く寝てこい」とまた言って来たので思わず光は苦笑していた