「竜、疲れたよー」
案の定祐里から電話がかかってきた
心底疲れ切った声色だったので、オーディションが大変だったんだなーと竜也は感じ取った
「とりあえずお疲れ」
竜也はいつもの感じで返す。電話口の向こうからは、どうやら移動中のような雰囲気が伝わってきた
あぁ、泊りのホテルにでも向かってる最中なのかねと勝手に内心思っていた
「ホント疲れたんだって。大変だったんだからね」
祐里の口調で十分それは伝わってきていた。いや、マジでお疲れ様です
それにしても暑いなと竜也は思った。シャワー上がりなのもあるが、さすがにもう8月。夏真っ盛りなわけで
「しかし暑いなおい。アイスでも食いに行くか」
函館にいないとわかっているからこその竜也の軽口
祐里は期待通りのリアクションで、「いいねそれ。行く行く」とノリノリな様子だった
「あ、お父さん。ここでいいよ。停めて」
電話口の向こうで祐里の声が聞こえた
あれ、わざわざ東京に同伴してるんか。つか、運転手まで?
竜也はいろいろ考えてみたがさすがに状況が分からなかった
「ごめん、1回切るね」
そう言って祐里からの電話は途切れた
夜だが窓が開いているせいもあり、外から足音のようなものが聞こえている
割といつもの光景よ、くらいに思って竜也はSwitchを起動した
足音が近づいてきてるのもまあ気のせいとしか思っていなかったが、チャイムが鳴ったのにはちょっと驚いた
あら珍しい。夜に来客とか、我が家にはあまりないことだしね
「しばらくだねえ」
そう言って出迎える母親の声が下から聞こえてきたが、竜也は気にせずにゲームを開始
”後ろに立つ少女”
さて、犯人逮捕と行きましょう
直後、部屋のドアが開いた
へ?と思って竜也がそちらを振り返ると、
「よっ」
聞き慣れた声がかかり、そこには黒のキャップを被った祐里の姿があった
しばし後、二人はいつものファミレスにいた
「つか、お前東京じゃなかったのか」
竜也が苦笑しながらそう聞くと、祐里はまずはいつもの「お...前?」のリアクション
それからすぐ、あははと笑った
「オーディションだったよ。昨日行って、今日帰ってきたんだ」
そう言いながら、祐里はいちごパフェに舌鼓を打つ
聞いていた話と違うじゃんと竜也は内心思った。あぁ、落ちたのか..直感して同情した
まあいろいろあったしね。精神的に辛かったんでしょう
色々邪推しているのが顔に出てしまっていたようで、祐里は竜也の顔を見てニコッと笑った
「違うし。落ちて帰ってきたんじゃないからね」
そう言って、祐里は竜也が食べているヨーグルトアイスを一口横取りした
「ったく。相変わらずジャイアンめ」
竜也は苦笑しながら、いつものコーラを飲んでいた
「実は明後日から家族旅行行くことになってさ。サイパンだよ、サイパン。10年ぶりにね」
相変わらずの急展開。もう何が何だかワカリマセーン(原田芳雄ism)だったが、不意に祐里はキャップを脱いで頭を下げた
「ごめんなさい。電話じゃなくてちゃんと謝りたかったんだ」
突然神妙な様子を見せる祐里に戸惑う竜也だったが、やがてすぐ「やめろやめろ」と手を振ってそれを制した
「でもさ、いい気持ちはしなかったでしょ」
頭こそ上げたが、祐里の表情は神妙なまま
そら多少はムカついたけど、いつもの軽口だから気にしてないって。そう言ってから、
「第一、ホントに嫌だったら電話にも出ないし、今こうやって一緒にアイス食ってないだろ」
竜也はいつもの見開きポーズで祐里を見据えた
「そっかぁ。でも光も夏未も電話出てくれないんだよね」
祐里は小さくそう呟くと、どこか悲しそうな表情を浮かべたので竜也は一計を案じた
「ちょっと閃いた。なあ、ちょっと耳貸せ」
竜也はそう言って、祐里を呼び寄せた
なーにと近づいて行った祐里に、竜也は何事かを告げると...祐里はあははと笑った
「いいね、それ。やってみよっか。けど...光が問題じゃない?」
竜也の企み、それは互いにアイスやパフェを食べている画像を直や夏未に送ってしまおうという奇抜なアイデア
直には祐里がパフェを食べている写真、夏未には竜也がアイスに対していつもの見開きポーズを取っている写真をそれぞれ送ることにしたのだが、光には何を送ればいいのかのアイデアが浮かんでいなかった
「どうしよね。とりあえず私ら2人の画像でも送ればいいかなぁ」
そう言って店内を一望した祐里だったが、やがて不敵な笑みを浮かべた
久々に見せる祐里の”悪い笑顔”に、竜也は思わず吹き出しそうになった。お主も悪よのぅ...
やがて、二つの影が竜也たちの席の元へやってきた。それに気づき、竜也はあぁ、なるほどね。と察した
「あら、進藤と杉浦じゃん。ホントあんたら仲いいのね」
やってきたのは、クラスメイトの高坂聡美と友利悠衣だった
あら、こちらは意外なカップリング。仲良かったんですかね
「ねえ二人とも、一緒に写真撮っていい? ちょっとあってさ」
祐里が状況をかいつまんで説明すると、
聡美が「私が撮ってあげる。進藤と杉浦、そして友利が新メンバーですって送れば水木光はきっと驚くわよ」とこちらもなかなかの悪い笑顔を浮かべた
ほう、やるねえ。竜也は内心感心した。そちもなかなかの軍師ですなぁ
すぐに3ショット撮影は完了した
悠衣と聡美は「じゃあね」と自分たちの席に戻って行き、竜也と祐里はそれぞれ画像を送り付けた
間もなく、竜也に着信があった
「おい、何だって言うんだよ」
スマホ越しに直の笑い声が響いていた
「お前らが普通に仲いいなら、怒ってた俺の立場ねえだろ」
直はそう言っていた。確かにごもっともな意見だったが俺の考えは違ったわけで、その点については酒樹、正直スマンカッタ
そしてすぐに祐里のスマホに通知音
祐里がLINEを開くと送信相手は夏未
『ずっちーなー。私も今から行こうかな』
その直後、今度は祐里の電話に着信があった
「もう私の代わりのギター見つけたの?」
光も口調は笑っていた
2人とも電話はすぐに終わった
やがて祐里が、「上手く行ったのかなぁ。みんな許してくれるかな」
相変わらずちょっと弱気な様子だったので、竜也は祐里の両肩に手を乗せて何度か頷いてみせた
「問題ないだろ。いつものアレで大丈夫だと思うぞ」
竜也がそう言うと、祐里は思わず頭を抱えた
「マジか...これから旅行で厳しいのに」
そう言って、祐里はちらっと笑った