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翌日、5人はいつものファミレスにいた

先日の微妙すぎる空気とは一変して、穏やかな空気が流れる空間
とはいえ祐里はどことなく居づらい雰囲気を感じていたのは確か

どこかよそよそしい様子の祐里に気づいた他の4人は、それぞれ目配せで一計を案じた
光が「頼むわよ」と合図を送ってきたので、竜也は小さく頷いてみせた

「さて、俺はボーカルクビになったんだけどさ」
普段見せない真剣な表情で竜也がそう切り出したので、祐里の瞳は一瞬で曇り出すが他の3人はお手並み拝見的な空気でそれを静観していた

「そいや酒樹辞めたんだっけ。一緒にやるか?」
竜也があくまで真面目なトーンでそう言い、わざとらしく右手を差し出すと隣に座っていた直はそれをガシッと受け止めた

「あぁ。お前となら楽しめそうだ。魅力的なTranquilo.の世界。俺は杉浦についていくことにする。以上」
そう言った直に対し、竜也は頷いてみせる

「今年もみんな、熱狂してたでしょ。上手い下手、そんな小さなことで俺は歌ってないから」
一転して大仰な口調でそう言った後、竜也は次は右斜め前に座っている夏未をしっかりと見据えた

「河辺も辞めたんだったな。キーボード必要だし、一緒にやってくれるか?」
言って、また右手を差し出すと夏未も躊躇なくそれを握って頷いた
「よろしくね、竜くん」

竜也の行動に戸惑いを隠せない祐里に対し、光は涼しい顔でその様子を伺っている
そして竜也の次のターゲットは、もちろん光だった

「どんな状況でも諦めなければ”光”は必ず見えてくる。てことで水木、一緒にやってくれないか?」
相変わらずの大仰さでそう言うと、光はにっこりと微笑んで頷いた
「あら、私には手を差し出さないの?」
そう言ってから、光のほうから右手を差し伸べてきたので竜也はそれをしっかりと握り返す

再びパニック状態に陥りそうな祐里を尻目に、4人はそれぞれに握手を交わした
そしてそれぞれ小さく目配せをすると、改めて4人は一斉に祐里を見つめた

「けどこのままだとベースがいないんだよ。進藤、一緒にやってくれるよな?」
竜也はそう言ってから、いつもの見開きポーズで正面から祐里を見据える
それに追従するように光、直、夏未まで一斉に見開きポーズで祐里を見つめてきたので、ようやく我に返ったというのか、心が落ち着いてきたようだった

「何、何。いつ打ち合わせしたのさこれ」
祐里が異常に早口になってそう言うと、4人はそれぞれ目を合わせてから首を振った

「アドリブですけど何か?」
竜也がさらっとそう言うと、光たちはそれぞれ微笑みながら頷いた

思わぬ事態に祐里の心拍数はとても上がっていた
竜也が演じるスリルの前に、祐里は完全にTranquilo.じゃいられなくなっていたが、結果的には大団円に落ち着いたのだった

「そういうことはアレね。今後は竜ちゃんがリーダーってことでいいのかしら」
光が微笑みながら言うと、竜也は即座に右手を振ってそれを否定したのだったが、祐里たち3人は光の意見に同意するように頷いていた

「リーダー頑張ってね、竜くん」
夏未はジュースを片手にそう言って小さく笑っていたので、竜也は「アイアムBOSS」と言ってウルフポーズを取って見せたが、やがてすぐにかぶりを振った

「このバンドを作ったのは進藤。だからリーダーは進藤だろ」
そう言ってから、改めて4人をいつもの見開きポーズで見据えた
すぐそのポーズをやめたが、改めて再び4人を見渡した竜也は小さく笑った

「俺の居場所はLOS INGOBERNABLES de 稜西だから。別にバンドはしなくてもいいんだけどな、このメンバーで...あぁ、もちろんタネキも入れて6人でまったり過ごせれば、俺はそれでいいから」
竜也が本音を言うと、誰からともなくみんなはそれぞれ頷いた

「竜ちゃんいいこと言うじゃない。さすがボスね」
光が茶化してそう言うと、竜也はやめろとばかりに右手を振ってそれを拒否した

「祐里よかったね。竜くんが上手くやってくれたから、無事元通りになったよ」
夏未が祐里のほうを見て微笑むと、祐里はほっとしたような表情を浮かべて頷いた

「よかったー。明日からサイパンだからさ、後腐れなく行きたかったんだよね。まあ、オーディションはモヤモヤしたまんまでボロボロだったんだけどさ」
祐里がしみじみそう言うと、夏未と直は驚いた表情を浮かべた

「やっべぇな。悪いことした。進藤、正直スマンカッタ」
直はそう言って頭を下げると、祐里はすぐに手を振ってそれを制した
「あ、直くんずっちーな。祐里、私も電話とか無視してごめんね。許してもらえる?」
夏未もそう続けて頭を下げると、祐里はそれも同じようにそれを制した

「酒樹も夏未もやめてってば。そもそも悪いのは私なんだからさ」
祐里が神妙にそう言っている間、竜也はスマホを弄っていた。やがて、その画面を4人に手招きで見せてきた

「ほれ、タネキもこう言ってるし。もうこの話題はおしまいってことで」
竜也のスマホの画面にはLINEでの梨華とのやり取りが映されており、そこには”私の居場所ないんじゃないの、それ(笑)”と書かれてあった
うん、確かにボーカルは2人いらないよね。それはごもっともだけれども、俺の考えは違うわけで

「どうせ年に1回しか活動しないんだしな。ボーカルが2人いようが、3人いようが全然問題ないでしょ」
竜也による相変わらずの適当すぎる発言だったが、言ってること自体は正論なのがタチが悪い
ふと竜也の中で、もう一つ何かが閃いた。あ、これ言ったらウケるんじゃないか的な。アレが

「さて、タネキが戻って来るまでちょっと時間がかかるわけですが...ただ待つだけではなく、一歩踏み出すことも大事なんじゃないかなと思ったんだよな。5人で待つのではなく、6人でタネキの帰りを待つ
つまり、新たな”LOS INGOBERNABLES de 稜西”として、タネキの帰りを待ちたいと思います。その始まりは、8月20日。2学期始業式の日。新たなるパレハを紹介しますよ。楽しみに待っててください。Adios.」

突然の竜也の発言に光、直、夏未は戸惑いの表情を浮かべた
しかし祐里は別で、竜也の耳元で「友利のことでしょ」と囁いたが、それに対しての竜也の答えはいつものアレだった

「その答えはもちろん...Tranquilo.あっせんなよ」と

正直、これ言えば面白いかなって思っただけなのも事実だったが、確かに友利悠衣なら新メンバーとして最適なのかもしれないねとも思った
悠衣は歌もうまいし、楽器も何でもこなすと評判だった。それこそドラムでも頼めばやってくれるに違いない
まあそこまで仲がいいわけではないんだけれども

知らず知らずのうちに安定に身を置き、次なる一手を放つことを放棄していたのは事実
万全と思っていた”絆”は祐里が言ったちょっとした一言でぐらつくレベルだったし、文化祭を来年もっと盛り上げるには今年と同じじゃダメなのは明白だしね
まあ夏休みは長いからね。何か閃くでしょ

やがて光も何かを察したように一人小さく頷いた
「さすがね竜ちゃん、期待してるわ」
そう言っていつものクールな笑みを浮かべると、スマホをさり気に弄っていた
やがて竜也のLINEに着信があり、「友利さんのことね」と書いてあったので、それに対しても竜也はさっきと同じ返答をするにとどまった

直と夏未は互いに目を合わせて首を傾げていたが、やがて直が「焦らしやがって。Tranquilo.じゃいられねーよ」と言って、竜也の頭をこつんと叩いたので5人はそれぞれ笑った


その後の夏休みは早かった
祐里はサイパンへ旅立った後、竜也たち4人は競馬場で楽しんだり、ルスツ高原での日帰り弾丸ツアーを堪能したりと青春を謳歌していた
”新しいパレハ”のことはすっかり竜也たちの頭の中から消え去っていて、いつの間にか夏休み最終日も終わろうとしている

梨華は無事退院していて、始業式から行けるよーと元気そうに話していたのが印象的だった
そいや祐里はサイパンの後、また東京で別のオーディションだとか言ってたな
今回は順調に行くといいな、竜也はそう感じていた
つか始業式間に合わないんじゃね

まさか、これからあんな出来事が待ち受けているとは竜也は思いもしなかった
あの、口から出まかせ発言が予想外の方向へ進んでいくことになるとはまだ誰も知らなかった

そう、まさに...
Mi estilo de Vida son el "Destino"

誰もが予期せぬ物語が始まろうとしていた