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竜也は帰宅して着替えた後、ベッドに寝転がったままいつの間にか爆睡していた
気づいたらもう暗くなっていたのに驚きを隠せなかった
どれだけ心が疲れたんだという状況に、我ながら情けないわと思っていた

そして竜也はふと時計を見ると、ちょうど7時になろうというそれ
あぁ、この時間なら電話しても問題ないなと内心思った
いつものパターンなら、大体8時を過ぎるとかかってくるわけだが、、今日は無性に祐里の声を聞きたい気分だった
気づくとすでに祐里に向けてコールを送っていた

呼び出し音が鳴って間もなく、すぐに「もしもしー。どうした?」と祐里の声
特に用事もなく、ただ声だ聞きたかったなどとは言えないので竜也はちょっと無言だったが、祐里はスマホの向こうでちょっと笑っているように感じた

「珍しいね。竜からかけてくるなんてさ。ロハスやガーバーがヒット打つくらいの確率でしょ」
祐里はそう言ってあははと笑っていたが、竜也は相変わらずフリーズしてるかのように言葉を発せないでいる
それで祐里は異変に気付いたのか、「どうした。何かあった?」と心配そうな声色に変わった。その辺はさすがに付き合いが長いだけのことはある。

すぐに察してくれることに感謝の気持ちしか浮かばない竜也だったが、祐里は今函館にいないことをわかっているのに思わずこう言ってしまった
「会いたい」、と

「ちょ...どうしたのさ。今私がどこにいるかわかってて言ってる?」
さすがに祐里も戸惑いを隠せない口調だったが、竜也は再び「会いたい」と言ってしまった

「ちょっと待ってて。悪いけど一回切るから」
そう言って祐里は電話を切ったので、竜也はまたボーっとするだけの状態へリターン
そろそろ晩飯の時間だよなー、けどなんも食いたい気分でもないなーとか頭に廻っているだけ
そもそも、何で「会いたい」などと言ってしまったのか。それすら自分でもわからない状態

時間はどれくらい経過したかわからない
竜也は何もする気が起きずに、ただボーっとしつつ祐里からの電話を待っているだけ

やがて、家のチャイムが鳴った
どうせ母親が出るでしょの心意気で竜也がスルーを決め込んでいると、再びチャイムが鳴った
そしてまもなくスマホに着信音が鳴り響いたので、竜也はそれを受ける

「竜、あんた家にいるの? 真っ暗じゃん」
まさかの来客は祐里だった


しばし後、二人はいつものラッピにいた
祐里を出迎えた際に気づいた事実、竜也の両親は仕事で遅くなるから晩御飯は好きに食べてなさいとのLINEが入っていたこと
それで、じゃあラッピでも行かね?と竜也が言うと、まさかの稜西高校の紺色ジャージ姿で現れた祐里は
「いや、私財布持ってきてないし、ペイペイも残高ないよ。そもそもこんな服装だよ?」と戸惑っていたが、竜也が「俺が奢るって。あと俺もジャージ着てけば問題ないでしょ」とよくわからない理論で押し切ったのだった

ジャージ姿の2人、まあ学校帰りというか部活帰りという感じで違和感はなく空間に溶け込んでいる

明日帰る予定を繰り上げて、祐里は今日帰って来ていた

「ったくさ。サプライズで後で家に押しかけてやるつもりだったのに」
祐里はそう言って笑っていたが、やはりどこかいつもと違う様子の竜也に気づいたのか何度か小さく首を振った

「どうした。何か学校であった?」
心配そうに祐里が訊くと、竜也はぼそぼそと今日学校であったことを話し始めた
文化祭で見かけた可愛い子に一目惚れしていたこと。そしてその子が転校生で現れたこと。そして、どうやら向こうも好感を持っている気がするという事実
それを聞いていた祐里は思わずあははと笑っていた

「何よそれ、惚気じゃん。ついに竜も恋の病かー」
竜也が別の女子に好意を持つことは全く予期していなかった祐里は、内心の動揺を何とか見せずに対応する
軽口を叩きつつ、”置いてかないで”祐里は内心そう思った。そう、まさにこれは青天の霹靂だったので

「...そうなのかな」
ようやく目に生気が戻ってきた竜也はそう言いつつまだ首を傾げていたが、祐里との目を見てちらっと笑った

「やっぱ進藤といると落ち着くわ。サンキューな」
そう言ってから、竜也はいつものようにコーラを一口飲む。どうやらいつもの竜也に戻ったようだった

「...さっきの”会いたい”、録音しとけばよかった」
ヨーグルトシェイクを飲みながら祐里がぼそっと言うと、竜也は勘弁してくれという感じで両手を振った

「忘れてくれ。あの時の俺はどうかしてた」
素になって竜也がそう言うと、祐里はいつものようにあははと笑った

「けど凄いね。あんたが一目惚れするなんてさ。あんたなんて羨ましいくらい美少女に囲まれてるってのに」
そう言って、祐里はちょっとしたポーズを取ってみせる

確かにそう。祐里はもちろんのこと、梨華に光、そして夏未
美少女には事欠かない環境にいたにもかかわらず、見ず知らずの1人の女子にそこまで見惚れてしまったのか、竜也は自分でも不思議だった
まさにDestino.とでもいうのだろうか

「でさ、あんたはどうしたいの。その子と付き合いたいの?」
いつも通りな感じで、祐里は竜也のチャイニーズチキンを一つ強奪しながらそう聞いた。
すると竜也は、負けじと祐里のシェイクを強奪して一口飲むと再び小さく笑った

「わからん。正直、いつもの空間でまったり過ごしてるほうがいいかも」
しみじみ本音を漏らすと、祐里は苦笑しながら何度か首を振った

「あのさ、ずっと一緒じゃいられないんだよ。私たちはさ」
祐里はそう言って、ちょっと遠くを見ながら続ける
「光は大学東京だし、種ちゃんだって美術系の大学受けるって言ってたでしょ。夏未もきっと東京の大学だし、酒樹はたぶんプロサッカー選手だよ。私も東京で...まあ歌手になれるかわからないけど、きっと高校出たら函館にはいない。一緒に居れるのは高校までなんだよ?」

祐里は自分で改めて言いながら、ちょっと悲しくなった
仮に光と夏未と同じように自分が東京に行ったとしても、きっと今のように頻繁に会うことはもうないだろう。互いに目指す進路が違うのだから、それは当然のことなんだろうけれど

言われてみれば、と竜也は思った。俺だけ全然何も進路考えてなかったな、と
漠然と大学に行くか程度の考えしかなく、今を無為に過ごしているだけ
居心地のいい空間で、みんなと仲良く過ごして行ければとしか思っていなかった

「...今のは効いた。俺のKO負けだわ」
そう言って、竜也は曙を彷彿させるようにテーブルに突っ伏した

「ちょ、竜。恥ずかしいからやめなって」
祐里は笑いながらそれを止めたが、竜也は突っ伏したままだったが、やがて起き上がった
何度か首を振ったあと、祐里のほうをしっかりと見てわざとらしく一礼してみせた

「目が覚めました。祐里お姉ちゃん、今日はご迷惑をかけてすいませんでした」
キャラ変したかのようによくわからないことを言った竜也だったが、やがていつもの表情に戻るとニヤッと笑った
「自分自身が夢を追いかけなきゃ人に夢を与えることができないと思うんで、プロフェッショナルとは、夢を追いかけ続けることだと俺は思います。まだまだ俺はアマチュアだったわ」
言って、いつもの見開きポーズで祐里を見据えた

しかし祐里は、そんな竜也を見て不敵に笑った

「そもそもさ、あんたの勘違いじゃないの? 酒樹ならともかくさ、竜にいきなり惚れるなんてありえないっしょ」
容赦無用にぶった切ると、竜也は再び那須川天珍よろしくテーブルに突っ伏したので、祐里はまたさっきと同じようにそれを止めた

「...そうだった。俺は何で一人舞い上がってたんだろ」
起き上がってそう言うと、竜也は照れ臭そうに頭を掻いた。何度か頭を振ったあと、また祐里のほうを見てちらっと笑った

「ごめんな。帰って来て疲れてただろうにさ。何かマジで自分が恥ずかしいわ。俺なんかじゃ届くはずがないの可愛い子だったからさ、勝手に盛り上がりすぎました」

心底落胆してるように見える竜也に対して、祐里は内心申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた
その少女に心当たりこそないけれど、竜也が好意を感じたのならきっと間違いじゃないのだろう。早々勘違いなんてするタイプじゃないのは、祐里が一番知っているつもりだ
それをあえて全否定してみせたのは、嫉妬のようなものだったのかも知れない
”置いてかないで”。これは祐里の偽らざる本心だった

「気を落とさないの。あんたには私たちパレハ(仲間)がいるでしょうに」
祐里はそう言って微笑んでみせると、竜也はしみじみと何度も頷いた

「もういい。俺は酒樹とカップルでシュウシル超え目指すわ」
竜也はいかにも思いつめた表情でそう呟いたので、祐里は思わず小さく吹いてしまった
あのさ、目の前にいる私はスルーなの? そう言いたかったが、さすがにそれは自重した
それを言ってしまったら、全ての関係が壊れそうで怖かった

結局のところ、祐里も居心地のいい空間を維持したいのは一緒だったのだ
祐里は竜也にきついことを言ってしまったことを内心悔やんでいたが、詫びるのもちょっと違った気がしたので心の中で頭を下げるだけだった

「ねえ、明日カラオケ行っか」
祐里が提案したが、それは竜也が即座に拒否した。強めに首を振ると、「なあ、明日試験前だぜ。せめて明後日にしてくれ」
言って小さく笑うと、再びコーラに手を伸ばした