翌日。舞はかなり早めに登校したが、すでにクラスには裕太郎の姿があった
「赤名ちゃん、早いねえ」
暇そうにスマホを弄っていた裕太郎だったが、舞が教室に入ってきたのを見ていつものニヒルな笑みを浮かべた
「そういう高宮くんも大概早いじゃん。まだ7時半になってないよ」
舞も小さく笑みを浮かべつつ、自分の席へついた
竜也の席を挟んで、舞と裕太郎は会話を始める
「そういえば高宮くんって彼女何人くらいいるの?」
舞が口元に笑みを浮かべてそう聞くと、裕太郎は即座に首を振った
「俺には彼女なんていないよ。これマジ」
いつもの卑猥な笑顔は一切なく、いたって真面目にそう答えた
しかし、裕太郎はまたすぐにいつもの笑顔に戻って舞の質問に耳を傾ける
「じゃあ岡田くんだっけ。彼には彼女いるの?」
斜め前の席のほうを見ながら、舞が訊くと、裕太郎はこれもさっきと同様に首を振る
「岡ちゃんの恋人は2次元だよ、これマジ」
キレッキレの裕太郎の返しに舞は楽しさを覚え始めていた
そして、ようやく次が本題の質問
「じゃあ...杉浦くんは彼女いるのかな?」
ちょっと照れ臭そうに舞がそう言うと、裕太郎は再び真剣な表情に戻してちょっと首を傾げた
「杉浦ちゃんね...赤名ちゃん、キミ厄介なとこ狙っちゃったな」
裕太郎はそう言ってから、昨日欠席で空席だった祐里の席のほうをちらっと見て、再び舞のほうを向き直る
「彼女はいないと思うぞ。ただ...な」
意味あり気にそう言って、またいつもの卑猥な笑みを浮かべた
「まあ、もうちょっとしたらわかるよ。自分の目で見て確かめな。これマジ」
裕太郎はそれだけ言うと、前のほうに向き直って机に突っ伏して眠り始めた
意味深なことだけ言って眠りに落ちた裕太郎に苦笑しつつ、舞はしばし物思いに耽っていた
昨日の感じだと、文化祭で見た彼とは別人のようにすら見えたのは確か
あんな”大合唱”を起こした人とは思えないくらい、物静かな様子でまさに”陰の者”といった様相だった
まあ、別にそれは問題ではないのだけれど
竜也と同じ”バンド”をやっていた知的な印象を受ける水木光が、3番目に到着
舞のほうを見てちらっと笑みを浮かべ頭を下げてきたので、舞も同じようにそれを返した
やがてクラスメイト達が続々とまでは言わないが、ぱらぱらと教室へやって来はじめる
そして8時をちょっと過ぎたころ、竜也が教室へやって来た
昨日とは打って変わって、とても楽しそうに一人の女生徒。とても派手な赤い髪をした女子。あぁ、この子もバンドにいた子とじゃれ合いながらな感じで入って来る竜也を見て、舞は裕太郎が言っていた意味を理解した
なるほどね、と
彼氏彼女というより友達というのが第一印象
二人お揃いのキャップ(よく見るとマークの部分の色は違った)を被って入って来た竜也と女生徒だったが、女生徒は昨日空いていた席に座ったので竜也も自分の席の元へ
竜也は舞を見ると、小さく頭を下げて「おはよう」と小さな声で言うと、キャップをカバンに仕舞いつつ、カバンの荷物を机の中に入れ始めた
ちょっと呆けていた舞だったが、遅ればせながら「おはよ、杉浦くん」と返した
直後、また息を切らして倶之がクラスに入って来た
「から揚げ食べてアヘ顔ダブルピースとは情けない」
その倶之を見て、竜也がいきなり言い放つと倶之はまたしても驚愕の表情を浮かべる
「ヒギィ、おいしすぎて実は全種類3セットも買ってしまったのじゃ〜。アヘ〜って、オイ。毎日毎日誰と勘違いしておるのじゃ」
竜也と倶之の恒例朝の挨拶を初めて見た舞は、思わず小さく吹いてしまった
「杉浦くんと岡田くんって仲いいの?」
舞がそう聞くと、竜也と倶之は二人とも合わせ鏡のように首を振ってそれを否定した
「にゃ、特には」
竜也が言うと、倶之は尊大に頷いてそれを肯定する
「ぶっちゃけ、朝のこれくらいしか話はしないんじゃよ」
そう、席が隣になったから何となく毎日やり続けてるだけのくだらないやりとり
それ以外は特に話をすることはない二人だった
竜也は基本的にde 稜西のメンバーとしか喋らない(人見知りなんです)し、倶之は安理や裕太郎、後は和興、八郎、享明といったメンバーと仲がいい
「そうなんだ。その割にはすごい息があってるように見えたけどな」
舞が感心したようにそう呟いたが、倶之はカバンの荷物整理に夢中でそれを聞いていなかった
竜也はすっと立ち上がると、直のほうへ向けて歩いて行った
何やら二人でスマホの画面を見せ合いじゃれ合っている。その輪に赤い髪の少女も加わり、そして梨華も加わっていた
その様子を見て舞は確信した。ただ半端じゃなく仲がいい、それということに
すぐに竜也は席に戻ってきたが、横には赤い髪の少女も一緒にいた
舞のほうを見て、小さく頭を下げた
「あなたが転校生の赤名さんか。私は進藤祐里。よろしくね」
丁寧に自己紹介までしてくれたので、舞はちょっと驚いて目を丸くしたがやがて同じように頭を下げた
「初めまして。赤名舞です。よろしくね、進藤さん」
舞もまけじと丁寧に返すと、席についていた竜也は思わずニヤッと笑っていた
「進藤が敬語使ってるだと...赤名、明日雪降るぞ。これマジ」
まさかの裕太郎の決め台詞をパクって竜也がそう言うと、祐里はあははと笑い、寝ていたはずの裕太郎もいつもの卑猥な笑みを浮かべていた
やがてチャイムが鳴ったので祐里は慌てて自分の席へ戻って行った
竜也も教卓のほうを向いたが、舞が小さく肩を叩いて呼んでそれを振り向かせた
「ん?」
竜也が訝しげに振り向くと、舞は小さく笑ってみせた
「進藤さんとずいぶん仲いいんだね」
舞がそう聞くと、竜也は意味深に鼻で笑ってたが、やがて小さく頷いた
「幼馴染つか、もう腐れ縁みたいなもんだからなぁ」
そこまで言いかけたが、ちょうど大城が戸を開けて教室に入ってきたので竜也は再び前を向いた
ありがたいことに今日も午前授業
さすがに試験前日に部活はないと直が言ったのをいいことに、定例のファミレス招集をしようと祐里が持ち掛けたがさすがに辞退が入った
「悪りぃ、さすがに今日は勘弁して」
直は両手を合わせて申し訳なさそうにそう言った
ついでに明日のカラオケも辞退とのこと。部活忙しいんだわとこれまた申し訳なさそうに言ったので、竜也が気にするなと言ってそれを制した
当然のように梨華、光、夏未も今日のファミレスは拒否
「祐里、さすがに今日は勉強しなよ」
光はそう言って小さく微笑んで、早々に帰って行った
ちなみに光も明日のカラオケも辞退らしい。何でももうすぐ海外で勉強会があるとのことで、それの説明会があるのよと言っていた
梨華も明日は試験の後、病院でもう考えるだけで鬱になるわと嘆いていた
夏未も試験の後家の用事あるんだよ、残念といって嘆いていた
いや、別にカラオケなんていつでも行けるでしょ。竜也はそう思ったが、もちろん口には出さなかったけれど
そのやり取りは竜也の席で行っていたこともあり、まさに”時は来た”と思っていたのが舞だった
「仕方ないから今日は帰ろっか」
祐里がそう言ったので、竜也もカバンに手をかけ立ち上がろうとしたその時のこと
「あのっ」
舞が呼び掛けると、竜也と祐里はそれぞれ舞のほうを向いた
「カラオケ、私も一緒に行っていいですか?」
あまりにも唐突な申し出。竜也はちょっと驚いた感じで祐里のほうを見ると、祐里はすぐに小さく笑んで頷いた
「もちろんいいよー。けど、私らと行っても楽しいかは保証できないよ」
祐里がそう言ってあははと笑うと、竜也も真顔で頷いてみせた
「赤名、こいつマイク持ったら離さないからな。やめといたほうがいいぞ」
竜也が茶化すと、祐里はすかさず竜也の頭を軽く叩く
「じゃあ明日ね。試験かー。マジだるいわ」
祐里はしみじみ呟きながら、竜也をほら帰るよと促しながら一緒に教室から出て行った