試験は”無事”終った
1時限ごと進むたびにわかりやすいくらいしょげ返っていた祐里だったが、試験が終わった今はいつもの快活な様子の祐里に戻っていた
切替速くて羨ましいなあと思いつつ、ゆっくりと竜也は帰り支度を行っている
「じゃあね、竜くん」
そう言って、わざわざ離れた席から夏未はそう声をかけて教室から出て行った
カバンに荷物を仕舞いつつ竜也は右手を上げてそれに応えたが、すでに夏未は去った後
後でLINEでお詫びしなきゃとか思いつつ、さて帰りますかと立ち上がるといつの間にか目の前には祐里の姿が
「ほら、カラオケ行くよ。赤名さんとっくに待ってるよ?」
竜也がふと後ろを向くと、舞がうんうんと頷いていたので申し訳ない気持ちになった
まさかド忘れしてたなんてことは言えないので、さもさも”じゃあ行きますか”的な空気を出すことに努めようとしていたが、もちろん祐里にはバレバレのようだった
「ねえ赤名さん、こいつカラオケのこと忘れて帰ろうとしてたよ」
祐里はそう言って舞のほうを見てちらっと笑うと、舞は悲しそうな表情を浮かべて何度か首を振った
「いや、行くって。ちょっと待ってな」
ちょっと戸惑った表情になった竜也だったが、そう言って直の席へ向かった
「おい、マジかって。俺部活が...」
そう言って渋る直を無理やり連れてきて、「酒樹も一緒にカラオケ行くってさ」
竜也は直の言葉を無視してそう言い放つと、祐里と舞は拍手喝采でそれを歓迎した
完全に断れない空気を察したのか、「わかったわかった。ちょい連絡するから待ってろ」
直はそう言うとスマホでどこかに電話をかけ、やがてすぐ戻って来た
「ったく。今日だけだからな」
直はそう言いながらも、表情は笑っていた
場所はカラオケルーム
「酒樹くん、今日も燃えてるかーい」
イントロが流れ出し竜也がそう問いかけると、直は「ありがとう。俺燃えてるよ!」とノリノリで返す
無駄にかっこいいアニソンを竜也が熱唱し、勝手に歌詞を変えて直とじゃれ合っている
”酒樹よ走れ 酒樹よ走れ 走り抜け!”
歌い終えて満足気な竜也だったが、次の番の直がなぜか竜也にもマイクを渡してきた
へ? 竜也が思っていると流れ出したイントロを聞いて思わずニヤッと笑って直のほうを見た。なるほど、そう来たか
”今を抱きしめて”
デュエットをしろという直の無茶ぶりにお応えして、竜也と直は無駄に熱唱してみせる
その2人を見ていた舞は、「いつもこうなんですか?」と笑みを浮かべて祐里に聞くと、祐里はちょっと苦笑しながら何度も頷いた
「光がいない時はいつもだよ。2人ともちゃんと歌えばうまいのにさ、いっつもこうやって遊ぶんだよね。光がいれば怒られるからやらないくせにさ」
そう言いながら、祐里は機械で何かの曲を送信している
3人はそれぞれ歌っているが、舞はまだ何も歌っていない
祐里が「歌わないの?」とちょっと心配そうに聞くと、「みんなの聴いてるの楽しいから」と舞は言ってちらっと笑った
2人のデュエットが終わり、次の曲のイントロが流れ出す
あれ? この歌って...
竜也が考えていると、「ほら、あんた歌いなさいって」と今度は祐里が無茶ぶり
おいおい、俺を休ませる気はないのか...思いつつ、最近とてもお気に入りでヘビロテしてる曲なので喜んで歌うことに
”ずっと探していた 理想の自分って もうちょっとカッコよかったけれど”
この歌詞が特に印象に残った。ホントそれ、ホンマそれと
とにかく音程が取りづらいこの曲を歌い終え満足気な竜也は、ちょっと飲み物取って来るわと言ってドリンクバーへ向かった
すると舞もそれに続いて、「私も一緒に行きます」と言っての同行
竜也がいつものようにコーラを注いでいると、不意に舞が声をかけた
「竜也くんってキャプテン翼好きなの?」
そらあんな曲歌えばそう思われるだろうなと思いつつ、当然のように竜也は頷いてみせる
「へえ。じゃあ誰が好きなの?」
舞からの間髪入れずのさらなる問いかけにちょっと驚いた竜也だったが、すぐにニヤッと笑ってこちらも即答
「ふらのの松山」
それを聞いて、舞はにっこり笑って頷いた
「わかる。私も松山くんと美子ちゃんのカップル大好き」
予想外の返答に竜也は思わず笑ってしまった
そもそもキャプテン翼を知っていることにも驚いたわけなのだが
「実はさ」
そう言って竜也は頭を掻いてから、舞のほうを見てちらっと笑った
「こないだ、キャプつばで松山と美子ちゃんのシーン見て泣いちゃったさ。前の日に見たせかちゅーじゃ泣けなかったのに」
それを聞いて舞も思わずいったん吹いたが、やがて満面の笑みを浮かべていた
そのままの勢いで二人は雑談したまま部屋に戻ると、祐里が歌い終えた後で「ほら竜、早く次の曲入れなよ」とすぐに機械を渡してくる
受け取りつつ、コーラをテーブルに置いた竜也はまた一計を案じた
「なあ、アレやるわ。コールよろしく」
そう言って、祐里と直のほうを見てニヤッと笑った
それを受けた祐里と直も互いに目を合わせてから、こちらも思わず笑っている
そして流れだすイントロ
福山雅治のHELLO
竜也がノリノリでいつの間にか羽織っているジャケットで遊びながら熱唱すると、祐里と直から自然発生的に起きる「イケメン! イケメン!」
のコール
最初は戸惑っていた舞も、いつの間にか二人につられるようにイケメンコールに加わっている
歌い終えて満足気な竜也と、イケメンコールで疲れている3人
「なんでイケメンコールするのこれ?」
終ってから舞が訊くと、
「仕方ないじゃん。イケメンの曲なんだから」と意味不明の回答が竜也だけじゃなく、祐里と直からも返って来たことに舞は思わずまた吹いてしまった
もうそろそろ終わりの時間というのに、一向に舞は歌おうとしない
再び竜也は一計を案じることに
「なあ、デュエットする?」
妙に作った真顔で竜也がそう言うと、舞はちらっと笑って頷いた