カラオケは無事終了
直はチャリで「じゃあまた明日な」と言って、右手を上げて爽やかに去って行く
竜也と祐里は、今日はカラオケに行くということもあり朝は祐里の父親に乗せて来てもらっていたので、帰りは市電でもバスでもどちらでもいいという状況
「あれ、赤名さんはバス? 電車? そもそも家どこだっけ」
祐里がそう訊くと、舞は「いつも市電使ってます。柏町ですよ」
家の場所を聞いて、竜也と祐里は思わず顔を見合わせる。あれ、むちゃ近所じゃねという感じで
隣町。ぶっちゃけ電車通り跨ぐかどうかはわからないけど、どう考えても近いよなと
「すごいね。近所だよ。私も竜も松影町だからさ」
祐里が笑いながらそう言うと、竜也はなぜか真顔でサムズアップポーズ
それで舞はちょっと驚いた表情を浮かべるが、竜也と同じようにこちらも真顔でサムズアップポーズで返したので、祐里はそれぞれ竜也と舞の頭を小さく小突いた
「じゃあさ、一緒に帰ろうよ。ちょうど電車来たし」
祐里がそう提案すると、もちろん断る理由がない舞は喜んで承諾したので3人での帰宅へ
電車の中で話しているうちに、竜也と舞の家は本当に近所ということが分かってお互いに驚く
ちょ、待てよな感じで。歩いて5分かからないぞ、と竜也が笑いながら言うと、舞は心底驚いた様子だった
「今度遊びに行くねー。つか今日帰り寄っちゃう?」
そう言って祐里が笑うと、竜也はまた真顔でサムズアップポーズをするが、舞は小さく被りを振った
「まだ部屋とか全然片付け終わってないから。無理ですよ」
本気で拒否反応を示す舞を見て、祐里と竜也は思わず顔を見合わせて小さく笑ってしまう
「いや、冗談だって。けど、どうせだから送ってくよ。近所だしな」
竜也がそう言うと、祐里は小さく頷いている
「お、いいこと言うじゃん。今のご時世物騒だからね。赤名さんみたいに可愛い子はちゃんと守ってあげないと」
祐里はそう言って舞のほうを見てちらっと笑うと、舞はやめてくださいと手を振って照れていた
菅波町→柏町というのが電車の経路。3人の家の位置を考えると、どちらで降りても大した変わらないというのが現状
舞は「柏町で降りてるんです」と言っていたが、竜也は柏町で電車を降りるというのが今日に限って何かいい気分がしなかった。いや、料金が1区分上がるとかそういうケチな話じゃなくて。第六感というのか、嫌な予感というのか
バカにされるかもなーと思いつつ、竜也はそれを口に出してみた
「なあ、菅波で降りね?」
中央病院前電停で停車したときに竜也がそう言うと、舞と祐里は互いに顔を見合わせて首を傾げている
「なんでさ。柏で降りて、赤名さん、あんた、私の順で帰れば問題ないっしょ」
祐里がそう言うのは当然だったが、竜也はあえて首を振った
「いや、菅波で降りようぜ。タコ焼き買ってやるから」
さすがに”嫌な予感”とは言えないので食べ物で釣ってみるが、祐里は明らかに怪訝な様子
「私はどっちでもいいです。菅波で降りましょうか」
舞が助け船を出してくれたので竜也は内心安堵して頷くが、祐里はまだ納得していないようだった
祐里はこっそり、「あんたさ、また何か嫌な予感とか言うんじゃないんよね?」と竜也に訊く
あっさり図星を喰らって轟沈する竜也は、それに小さく頷いて同意した
「その通り。何か柏で降りた時のイメージが沸かなかった」
苦笑しながら竜也がそう言うと祐里は呆れた表情を隠し切れないが、舞はちょっと驚いた表情を浮かべる
その舞に気づいたのか、祐里も苦笑いを浮かべながらしみじみと言う
「こいつね、たまにこういうこと言うんだ。気にしなくていいからね。まあ、たまーに当たるけど」
一応祐里なりにフォローしてくれてるのであろう。ポーズこそ呆れた感じを隠していなかったが、口調は真剣だった
やがて菅波電停に到着したので、3人はそれぞれ降りることに
電停から歩いてほぼなく祐里の家に着いたが、祐里は「私も赤名さん送るねー。こいつ送り狼になったらやばいし」
笑いながら祐里がそう言うと、竜也と舞は合わせ鏡のように同時に吹いてしまう
そして竜也の家も通過して、舞の家へと向かう途中にやたら救急車の音が激しく響いてきた
それで祐里と舞は、「え?」という表情を浮かべる
どんどん近づいてくる”それ”が気になり、3人は家から遠ざかるが電車通りのほうへ戻ってみる
そこには恐ろしい光景が広がっていた
電停すぐそばの電信柱にトラックと乗用車が突っ込んでいる大惨事。救急車がそこに止まり、そこに群がる野次馬とやがて来る消防車やパトカー
「...あんた、まさか、これのこと?」
祐里が顔面蒼白になりかけながらそう言った。舞もさすがに驚いたのか何も言葉を発していない
しかし一番驚いたのは竜也だったようで、「やばいな。邪魔なるからさっさと帰ろうぜ」
言って、祐里と舞を車道のほうに寄せないように誘導しつつ帰路へ
すぐに舞の家の前についた
和やかだった空気は事故により一変していたが、舞は気丈に笑顔を浮べていた
「今日はどうもでした。またカラオケ行こうね」
舞はそう言って家に入ろうとして、やがてすぐ振り返った
「そうだった。竜也くんに祐里ちゃん、LINE教えて」
言って、舞はスマホを開いてQRコードを見せる
それで竜也、祐里はそれぞれ”友達登録”を済ませる
「赤名さん...んにゃ、舞ちゃん。私は返事速いけど、竜むちゃ遅い時あるからね。怒らないであげて」
祐里もようやく笑みを浮かべながらそう揶揄うと、竜也はまたも真顔でサムズアップポーズするが、すぐに首を振った
「にゃ、俺返すの早くね? 遅いの寝てる時だけだろ」
竜也は思わず素になってそう言ったので、祐里と舞はまた顔を見合わせて小さく笑った
「ムキになっちゃって。ね、舞ちゃん。竜って面白いでしょ?」
祐里はいつもの笑顔に戻ってそう言うと、舞も同じように笑顔を浮かべて頷いていた
それぞれ名残惜しい気もしたが、立ち話をしているのもアレなので今日は解散ということになった
「またねー」
そう言って舞は手を振りつつ家に入って行ったので、竜也と祐里も帰路へ着くことに
5分も歩かないうちに竜也の家に到着したが、「送ってく」と竜也は家に入ろうとせず素通りしかける
「いいってば。近くなんだし」
祐里が手を振ってそれを拒否しようとしたが、竜也は家の前にカバンを置くと「ほら、帰るぞ帰るぞ」と祐里を急かす
「...ったく。ありがと」
祐里は聞こえないように小さくそう呟くと、竜也は「ん、なんか言った?」と返したので、祐里はすぐに首を振った
「けど、マジでびっくりした。あんた凄くね?」
歩きながら祐里がしみじみそう言うと、竜也は下を向いて大きく首を振った
「いや、我ながら怖かった。まあ柏で降りてても大丈夫だっただろうけどさ。一歩間違えばRumbling hearts流れるとこだったかもなー」
それを聞いて祐里もしみじみと頷いていた
”誰もがみんな涙こらえ歩いていく ぬくもりが世界を包み込むなら
この哀しみはいつかきっと優しさになる あなたに会えた 丘の上 星が降る”
祐里はいきなりそう口ずさんでいたが、いや、それEDのほうだしと竜也は内心ツッコミを入れている
そして祐里の家にすぐにつく
「ねえ、上がって行く? 喉乾いたでしょ」
祐里がそう誘ってきたが、竜也は小さく笑って手を振った
「にゃ、いいって。家帰って水飲めばいいだけやし」
そんなやりとりをしていると、偶然にも祐里の父親が仕事から帰って来た
それで「じゃ、俺帰るわ」と竜也が立ち去ろうとすると、車から降りてきた父に祐里が何事かを耳打ちする
「竜ちゃん、上がって行きなさい。祐里の命の恩人を返すわけには行かないよ」
祐里の父親が大真面目にそう言っている横で、祐里はテヘペロな表情を浮かべている
ったく...苦笑しつつ、竜也は祐里の家にお邪魔することにした