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「じゃあ行ってくる」
そう言って竜也は家を出る

バシッと正装
白スーツ一式で行こうとしてさすがに母に止められたので、白の半袖Yシャツに白パンツ姿という考えられる中で本人的には最高の正装
「迎えに行くよ」という舞の誘いは辞退。いや、マジで近いから。徒歩5分かからないんだよ?と

案に違わずすぐ舞の家の前に着く
昨日の今日なので、チャイムを押すのにとても勇気がいる
まさにオラに力を分けてくれ!状態
しばし躊躇したが、やがて意を決してチャイムを鳴らすとすぐに戸が開いたのでさらに驚く羽目に
てっきり声がかかると思ってたんで

「竜也くん、いらっしゃい。入って入って」
初めて見る舞の私服は、なんと表現していいかわからないがとても華があった
いやぁ、可愛い子は何を着ても可愛いですねと
そして案内された居間には、すでに舞の家族が勢揃いしていた
舞の父、母、そして妹
舞が竜也を連れて来たのを見て、皆がそれぞれ歓迎してくれているので思わず恐縮してしまう

「ほら杉浦くん、座って座って」
高そうなテーブル、そして椅子に驚きつつも竜也は着席させられる
舞の父、竜也、舞という順に並ばされる。その向かいに舞の母、そして妹
いや、俺これ見世物つか場違いにも程があるんじゃないですか状態

そして食卓に次々と食事が並びだす
ちょ、待てよどころじゃない。やばすぎますよ、これ。En serio.マジで!
見るからに高そうなステーキ、ローストビーフ、エビフライ、寿司などなど

つか野菜嫌いな竜也を見透かしたかのように並ぶメニューを見て驚きを隠せないでいると、舞がこそっと「祐里ちゃんに聞いちゃた」とネタバレ
それなら納得だが、つかよく祐里が教えたもんだなとちょっと感心
恐縮と緊張からほとんど言葉を発せないでいる竜也に気づいたのか、舞の父が「ほら杉浦くん、飲んで飲んで」とコーラを注いでくれた

あ、どうもすいませんと竜也が受け取ると、「ホントは君とお酒飲みたかったんだけどな。まだ無理だからなぁ」
心底残念がっている様子の舞の父に対して、竜也も機転を利かせてビール注いで渡した
舞の父はそれをとても嬉しそうに受け取って痛飲している

「あらあらお父さん、まだ乾杯もしてないのに」
並べ終えて席に着いた舞の母が思わず笑っている。さすが舞の母という感じで、それはまあ美人さん。ちょっと間違えば舞のお姉さんとでも通りそうな容姿のそれ
「お父さんね、ホントは男の子が欲しかったんだって。だから杉浦さんがお酒注いでくれたのホントに嬉しいんだと思うよ」
そう言って笑っているのは舞の妹。あまり舞とは似ていないが、可愛い系で活発そうに見える

それぞれ全員が着席したところで、舞の父が音頭を取る
「今日は舞が初めて男の友達を連れてきた記念日だ。杉浦くん、遠慮しないでたくさん食べてくれよ。それじゃあ乾杯!」

あれ、何か話変わってる気がすると思いつつ、竜也も舞の一家と共に一緒に乾杯の儀を行う
うわ、マジでこのステーキやべえ。。
竜也は言葉も出ない。今まで食べたことがない柔らかさで、しかもボリューミーという

「どうだい、美味しいかい?」
舞の父に聞かれ、「あ、はい。すごい美味しいです」と語彙のなさを露呈してしまうが、舞の父は頷いて喜んでいた

「杉浦さん。お姉ちゃんね、夏休みの時からずっとあなたの話してたんですよ」
舞の妹がそう茶化すと、「やめてよ」と舞が照れた様子で右手を振る

「いや、本当のことなんだよ。文化祭でかっこいい人がいた!って言っててね。そして編入初日には、同じクラスだった!どうしよう!って凄いテンションだったんだから」
ビールを痛飲しながら舞の父がそう話している。グラスが空になっていたので、竜也がまたすぐに注いであげる

「いやぁ、どんなのだろうかと思ってたら、すごいいい子じゃないか。ねえ母さん」
昨日のダンディな感じとは打って変わって、今日の舞の父はとても親しみやすい感が溢れ出ている
酒のせいなのか、それとも...

「いい子だなんて失礼ですよお父さん。舞の命の恩人なんですから」
いや、それはもう勘弁してと思う竜也に気づいているのだろう、舞の母は笑っている

「杉浦くん、うちは転校ばかりで舞が友達を家に連れてくることはほとんどなかったんだよ。それがまあ今日は招待だけれども、君が来てくれた。まだ3日か4日しか経ってないのに、もう友達が出来ている。私はそれが本当に嬉しいんだ」
舞の父はそう言って遠い目をしている。ぶっちゃけ俺も友達少ないから、家にほとんど連れてくることないんだけどと思ったのは内緒にしておく。祐里と直くらいじゃね

ほら、もっと食べてとガンガン食べさせられ、飲まさせられ。いつの間にか舞の父は飲み潰れて寝ている上に、舞の妹からは質問攻め
それでも出された分はしっかりと食べて、「ご馳走様でした」
言って竜也は大きく息を吐いて、思わず天を見上げた

「片づけます」と竜也が言ったがそれは却下され、舞の母と妹が2人で片付けからの洗い物へ
残された竜也と舞は、寝ている舞の父を見て二人で小さく笑った
「こんなに飲んでるお父さん初めて見たよ。よっぽど竜也くんに注がれたのが嬉しかったのかな」
舞がしみじみとそう言ったので、竜也はすぐに被りを振った。それはないない。ナイスネイチャ(松永昌)

しばらく竜也は舞と雑談をしていたが、そろそろ頃合いかなと思い「そろそろ帰るわ」と言って立ち上がる
それから「ご馳走様でした。失礼します」と言って帰ろうとすると、台所のほうから声がかかった
「あらあら、泊って行けばいいのに」
舞の母は笑いながらそう言っていた。そして舞の妹は居間にやってくると、「杉浦さん、また来てくださいね。お姉ちゃんが寂しくて泣いちゃうから!」
それで舞が、「こら麗! いい加減にしなさい」と言って逃げる麗を追い回してるのは面白かった
こういうキャラなんですか、と。いやぁ、学校で見てるだけだとわからないことばかりですわ

結局帰ることになったが、舞の父は寝たままだったので「お礼言っといてください」と舞の母に伝えた
いいからと言ったのに、「その辺まで送ってくね」と舞がわざわざ見送りに出てくる

すぐ着くんだからいいってと竜也が言うが、舞はにこにこと笑ったまま通りを一つ越えるまでついてきている
いや、これ逆に俺が帰りまた送らないとダメじゃねとか思っていると、懐かしの児童公園が見えた

「昔さ、俺ここでずっと泣いてたことあったんだよなぁ」
思わず竜也がそう言うと、舞は興味津々の様子に見受けられる
誰もいない夜の公園ではあるが、「ちょっと寄ってく?」と竜也が言うと、舞はすぐに頷いた

何年ぶりだろうと思いつつ、竜也と舞は公園のベンチに座る
「小1の時に進藤がさ、旅行でずっといなくなっちゃって。俺友達いなかったからさ、寂しくてずっと泣いてたってそれだけなんだけど」
竜也が苦笑しながら”ネタバレ”すると、舞は小さく微笑んでいた

「祐里ちゃんとずっと仲良かったんだ」
舞がそう聞くと、竜也は小さく頷いた

「どっちかと言わなくてもさ、俺暗いつかあまり喋るタイプじゃないからな。基本友達少ないし。今こうやってバカやれてるのは全部進藤のおかげ」
しみじみとそう言う竜也を黙って見ていた舞だったが、やがて意を決したかのように何度か頷いている
竜也がそれに気づき舞のほうを見ると、舞はまたちらっと笑った
いつぞやの文化祭で自分に向けられていた笑顔と同じだなぁなどと竜也が内心思いつつ、やっぱりこの子可愛いななどと邪心を持っている
いや、ただの本音ですよ。臆病でDTクローマーな俺は何もしませんし出来ません

一瞬の静寂。とはいえ悪い雰囲気ではなく、とても優しい時間が流れている感じがする
つかこんな公園で何をしてるんだろと一瞬竜也は思ってしまう

そんな時だった
「竜也くん」
舞が不意に呼びかけたので、ん?という感じで竜也は舞のほうを見る
「後出しだと卑怯になるから先に言うね。私はまた転校するんだ。3年生になるとき、私はもうここにはいません」
何気も衝撃的なことを言われた気はする。せっかく出会えたのに、別れが決まっているというのはとてつもなく悲しい

舞はそう言って前置きして、一度大きく息を吐いてから続けた
「それでもどうしても伝えたくて。文化祭で最初に見たときからずっと好きでした。よかったら私と付き合ってください」

舞は真剣な表情でそう言うと、照れたのか俯いてしまう
そして竜也はというと、まさに予期せぬ出来事だったが起きたので口が開いたアホ面になっている
え、これって何?ドッキリ?
返答に困るというより、頭が働かない状況
時間がどれくらい経過したのかわからない。返事が来ないことを拒否と判断したのだろうか、舞は「ごめんね。迷惑だったかな」と言って立ち上がった

それでようやく竜也の思考回路が動きだした
いや、そもそも俺この子に一目惚れしてたんだよなと。その子にいきなり告白されたんだよ? これって幸せなんてレベルじゃないよね
その一方でもう一人の女子の顔も頭に浮かんだ
進藤祐里。ずっと一緒に居た幼馴染。いつぞや言っていた、ずっと一緒じゃいられない。あぁ、こういうこともありえたんだなあって。進藤ならモテモテだから、いつ先にこうなっててもおかしくなかったのになどといろいろ一瞬で頭に過っている

「それじゃ私帰るね。今のは忘れて」
そう言って俯いて去ろうとする舞の右肩を、竜也は思わず必死に掴んだ
今にも折れそうな華奢な肩を掴まれて舞は驚いた表情を浮かべるが、竜也は照れたように何度か首を振った
「すまん、正直びっくりした。変な話するけど、夏休みにさ、文化祭に可愛い子がいたんだよって話してたことがあって」
そう言って笑うと、舞のほうをしっかりと見た
「まさかその子が転校生でやって来て、同じクラスになってそして俺に告白してくれるんだから。もう出来すぎで怖いのよ」
竜也はそこまで言って、小さく頷いた

「こんな俺でいいならこちらこそ。がっかりしないでね?」
それを聞いた舞の眼には涙が浮かんでいた