今日は模試。試験開始前の竜也の席の元に梨華、光、夏未が勢揃いしていた
「聞いたわよ。どんな脅迫をしたの?」
梨華がそう揶揄いながら、おめでとうと言ってちらっと笑うと竜也はありがとうと素直に頷く
夏未はまた例によって悔しそうに、「何か悔しいな。竜くん、私はいつでも待ってるからね」とどこまで本気かわからないことを言ってきたので、竜也は思わず被りを振った。いや、今はそれ洒落ならんって
光は俯瞰な感じでそのやり取りを見ていたが、昨日の祐里のことは教えないほうがいいだろうと確信して心の中で頷いていた。教えたら面倒なことになるだけねこれは
「竜ちゃん、見損なったわ。貴方には直ちゃんがいたというのに」
”今日は部活だから模試行けないぜ”と喜んでいた、ここにいない直の名前を出して茶化すと竜也は思わず吹いた
それで梨華もしみじみと頷いている
「あんた、夏休みに”シュウシル超え”目指すって言ってたじゃん。あれは嘘だったのね」
そう言ってしみじみと泣き真似をする梨華を見て、よしよしと慰める夏未。もう訳が分からない空間
そろそろ模試が始まる時間ということで、3人はそれぞれ自分の席へ戻って行く
それと入れ替わるように、いつものように遅刻寸前の岡田?之が席へ駆け込んでくる
「このご時世にクラブでお持ち帰りとはいただけない」
いつものように竜也が笑みを浮かべてそう言い放つと、倶之は驚愕の表情を浮かべる
「バレたらやばいんだよねー。メキシコの英雄になりますってオイ、また誰と勘違いしておるんじゃ」
いつものやり取りを終えると、すぐにチャイムが鳴った
そして模試の1時限目が終わる
しかし試験はいつになっても疲れるわと思い、竜也が一回大きく伸びをしていると教室の前方の戸が不意に開いた
「杉浦いるか?」
教室に入って来るなり、担任の大城康平がそう呼びかけてくる
「あ、はい」
思わず竜也が立ち上がると、大城はちょっと来い的な感じで右手で教室外へ招き寄せる
竜也がそれに従うと、梨華から「こら杉浦、何やらかしたの」と冷やかすが全く身に覚えがない竜也は「なんもしてねえよ」と笑いながらそう返す
廊下に出ると、大城はいつにもない険しい表情をしているので竜也は戸惑いを隠せない
俺なんかやらかしたっけ...?
思いつつ「何ですか?」と訊いてみると、大城は小さく首を振った
「杉浦、お前赤名と付き合ってるのか?」
いきなりそう聞かれて動揺する竜也だったがとりあえず頷いてみた。いや、改めてそう聞かれるとマジで照れるね
けど何でいきなりそんな話...?とかいろいろ逡巡していると、大城は「わかった。じゃあちょっと来てくれ。急を要する」
言うと大城は校門で待っててくれと告げる
何事と思いつつも竜也は靴を履き替えて校門で待つと、すぐに大城はいつものトラックではなく黒のプリウスでやって来た
「乗れ」
何のことかわからないまま、あまりにも思いつめた様子の大城に竜也は素直に従う
竜也が乗るとすぐに大城は車を凄い勢いで発進させる
有無を言わせない雰囲気に竜也は黙って助手席に乗っていたが、やがて大城が「赤名が事故に遭った。赤名の父がお前を呼んでほしいと言っていた」
ちょっ待てよと竜也は思ったが、言葉がまるで出てこない
完全にパニック状態のまま、車はあっという間に病院へ到着する
「こっちだ」
大城が竜也を案内した病室は、まさかの集中治療室だった
”面会謝絶”と書かれてあるが大城は気にせずに戸を開けて入って行ったので、竜也もそれに従う
そこには驚くべき光景が拡がっていた
コードがいっぱい繋がれた舞の姿。そして泣き崩れている舞の家族たち
そして医者や看護師たちが立ち尽くしている
舞の妹は竜也が入って来たのに気づいて駆け寄って来た
「ごめんなさい。私のせいで、私のせいで...」
舞の妹はそう言って竜也にしがみついて泣き崩れた
それから舞の父は俯きながら状況を説明してくれた
家族で買い物に出かけた際、店の駐車場で一台の車が暴走して突っ込んできた際に舞が妹を庇ってこうなったという
当たり所がよっぽど悪かったようで、大きな外傷はないのに...という
「舞が直前に言っててね。午後から君とデートなんだって....買い物に連れて行かなければ。私の責任だ」
舞の父はそこまで言って竜也に頭を下げる
呆然として見ているしかできない竜也は、完全に思考停止していた
人間、あまりのことが起きると身動き一つできなくなるんだなと内心そう思う余裕すらない、ただただ完全にフリーズ
管だらけの舞は、竜也に気づいたのかちらっと笑ったように見え、そして目に涙を浮かべていた
そして....
その後のことは覚えていない
竜也は大城に促され家に戻っていた
日曜なのに両親はともに仕事で不在
廃人のようになった竜也は無言で部屋に引きこもる。今起きていることは現実なのか、夢なのか。それすらわからずただひたすら呆然としていた。涙一つ出てこないでただただ呆然
教室からいなくなった竜也に疑問でLINEを送っていた梨華と光、夏未だったが、模試が終了したときに大城に呼ばれて事情を聞いた
「お前たち、杉浦と仲が良かったよな。実は....」と
3人はそれぞれ顔を見合わせ、そして驚きと戸惑いを隠せない。先生、何くだらない冗談いってるんですか、と
しかし大城の表情は真剣そのもので、むしろ悲しみすら感じさせるそれ
そもそも大城は冗談とかいうキャラではなかったのを今更に思い、あまりの衝撃に3人はそれぞれ声が出ない状況
「他のみんなにはまだ言わないでくれ。明日俺が伝えるから」
大城はそう言って慌ただしく職員室のほうへ戻って行った
残された3人はそれぞれ呆然としていたが、
「とりあえず私が祐里に伝えとくわ」と光がそう告げ、3人はそれぞれ帰路へ着いた
光は家に着くと同時に祐里に電話をかける
しばしあってから、いつもの祐里とは違う低いテンションで「どしたの?」と出て来たので光はちょっと戸惑ったが、とりあえず状況を伝えた
沈黙があったあと、「...それ、ホントの話?」と祐里が訊いてきたので、光はあえて静かにそうと答えた
自分で言っておいてなんだが、光にも実感はなかった。昨日まで一緒に居たクラスメイトの『死』、そういうことが現実に起きていた
しかもそれが自分の親友の恋人になったばかりの人というのだから、あまりにも切なすぎる運命
「竜ちゃん、部屋に引き籠っちゃってるって。大城が言ってた」
光がそう続けると、電話口の向こうからだよねと祐里の小さな声が届くと同時に、ふぅというため息も聞こえた
「...それだけ? じゃあ切るよ」
祐里がそう言って切ろうとしたので、光は慌てて引き留めた。それだけって、あなた。そんな反応っておかしくない?と
「だって竜は...ううん、杉浦は私じゃなくて赤名さんを選んだんだよ。私はもう関係ないから」
なるほどね。光は一人頷いたがそれを素直に認めるわけには行かなかった。大切な友達が苦しんでいるのにあなたは見捨てるの...?
「あなた、本当にそれでいいの?」
光が静かにそう聞いたが、祐里の返事は同じだった。私にはもう関係ない。それを繰り返すだけ
「わかったわ。ならもう私もあなたとは関係ない。二度と口を聞かないでね」
光はそう言って電話を切った