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光に一方的に電話を切られた祐里はその場に呆然としている
私にどうしろと。それは偽らざる本音
私は竜に選ばれなかった”敗北者”。いまさら竜がどうなろうと、もうそれは私には関係ない...関係ないはずだった

...ったく
今更どういう顔で会いに行けっていうのさ
祐里は一人首を振った

夕方、祐里は竜也の家の前にいた
チャイムを鳴らして家に入ると、「祐里ちゃん、あらどうしたのそれ」と竜也の母親が驚いた様子
「竜..います?」
祐里がそう聞くと、母は何度呼んでも返事一つないんだよね。祐里ちゃん、何か知ってる?と逆に聞かれたので詳しくはあとでお話しますと言って竜也の部屋に向かうことに

竜也の部屋の戸にはカギがかけられていた

「竜...私。開けて」
祐里がそう言うとしばらくして鍵が開いた音がする
それで祐里が部屋に入ると、そこには憔悴しきった竜也が呆然と座り込んでいた
どこを見てるかわからない、もっと言えば生きてるかどうかすらわからないそんな状態に見受けられる
かける言葉も見当たらずに祐里は竜也の隣に座ったが、反応はまるでない

「...なぁ、俺夢でも見てるんだよな。これ夢だよな」
竜也はそう呟いているが、視線は一向に祐里のほうへ向いてこない

「大変だったね。辛いね...」
祐里はそう言って竜也の両手を握った
それでようやく竜也は祐里のほうを見て、そしてちょっと驚いたような表情を浮かべる

「髪...切ったのか?」
祐里は自慢の髪を切っていた。ショートヘアまではいかないが、それはもうバッサリと
「まあね。似合うでしょ」
祐里はあえてそう茶化してみるが、竜也からの反応はなかった。うん、わかってる。今はそんな状況じゃないと祐里は一人内心で頷いている

「悲しいはずなのにな。全然泣けないんだよ。涙一つ出て来ないんだ」
竜也はいつの間にか祐里の手を放して遠くを見ている。感情が欠落したかのようなその表情は、今まで一度も見せたことがないそれで祐里はかける言葉が再び見当たらなくなった

「あの時さ、俺が事故に遭ってればよかったのかもな。お前らを止めたの失敗だったのかな」
言って立ち上がると竜也は窓から外を眺めはじめた。いつも開けてないブラインドまでしっかり開け始めたのを見て、祐里は慌てて立ち上がると竜也の後ろからしがみついた

「あんたさ、バカなことしないでよ? 絶対ダメだからね」
祐里は涙声になっていた。しかし竜也はその声がまるで届いていないような気配しか感じない
またいつの間にか祐里からすり抜け、ベッドに座って完全に魂ここにあらず状態

「そうだ。オカンに今日晩飯いらないって言っておいて。じゃあ」
竜也はそれだけ言うと、拒絶モードに突入したようだった。それで祐里は諦めて帰ることに

「...じゃあ学校でね」
言って祐里が部屋から出ると、すぐにカギがかかる音がした
その後祐里は竜也の母に”事情説明”する
聞いた竜也の母はさすがに驚いた様子を隠せない感じで、祐里に対して頭を下げた
「てっきりあの子は祐里ちゃんのことを...ごめんなさいね、バカが面倒かけて」
祐里は懸命に笑みを浮かべて手を振ってそれを制したが、竜也の母は涙目になっていた
それで思わず祐里も貰い泣きしそうになったので、慌てて「今日は帰ります」と言って逃げるように家へ戻った

帰宅後すぐに祐里は光にLINEを送ることに
『竜の家行ってきた。けど私の言葉は全然届かなかった』
それだけ打って送って、祐里はそのままベッドに転がった
ホント、どうすればいいのさ...

しばしあと祐里のスマホに着信があったのでそれを開いてみると、光ではなく梨華からの電話だったので出ることに

「杉浦どうだった?」
どうやら光から梨華に連絡が回っていたようだった。光はもう口を聞かないでねと言った手前、すぐに連絡するのを憚ったのだろう。中継役として梨華の力を借りたようだ
「全然反応なかったよ。私が何喋っても全然会話にならなかった」
祐里はそう言ってしみじみと息を吐いた。電話口の向こうの梨華からもため息のようなものが聞こえてきたが、やがてうん、うんという声も届く

「で、祐里。あなたはどうなの。大丈夫なの?」
梨華の口調はとても優しかった。それで思わず祐里はまた感情が溢れ出す。目から涙が止まらなくなっている
「わかんない。わかんないんだよ。どうすればいいんだろ...」

梨華はまた大きく息を吐いた。わかんないよ、私だって。優しくそう言うのが精いっぱいなのが現状
大事な友人たちがそれぞれ苦しんでいる。けど無力な自分には何もできない。それはとても辛いことだが、そこは認めるしかない
その上で何かをしてあげたいと思うのが人間心理というもの

「祐里、あなたには相当辛いと思うけど聞いてね。今の杉浦を支えてあげられるのは祐里、あなたしかいないよ。それだけは覚えていて」
梨華はそれだけ言うと電話を切った。きっと大丈夫、梨華は自分にそう言い聞かせていた

だから、私じゃ無理だって...祐里はまた頭を抱えていた
昨日衝撃の事実を知らされ、髪をバッサリ切って心の迷いを打ち消した..はずだった
それが今日の午前中の出来事。その間に周りで起きていた出来事はあまりにも非情すぎた


光も種ちゃんも私を買い被りすぎだって。私は竜に振られてるんだよ...
祐里の心からそれがどうしてもわだかまりとして消えなかった
そんな時にまたLINEが届く音。祐里が何気なくそれを開くと
『祐里、あなたに竜くんを託します。お願い。残念だけど私じゃ無理なんだ』
夏未からだった。その後もう1通届いたのには、私も家に行ってみたけど部屋に入れてくれなかったと書かれてあった。ごめん、今日は勘弁してと言われたと

祐里はますます困惑している。自分は部屋には入れたが夏未は拒否していると状況は何を示しているのか祐里にはわからなかった
自分だけなら、時が解決してくれると思って多少は楽観していたのだが...竜也のほうは重く心に影を残すことになりそうな気しかしなかった

つい一昨日までは凄い近くにいた竜也が、今では別の世界に行ってしまったような気さえする
そしてさっき見た竜也は、もう祐里の知らない人にしか見えなかった
もう元通りの関係には戻れない...それは祐里が思った素直な感情なのだが、光も梨華も、そして夏未も後押しをしてくる現実
普段なら揶揄うのはやめてと言って終わりなのだが、こんな状況下であの3人が茶化してくるとは思えない

ホント、どうしようねこれから...祐里はまた大きくため息を吐いた