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竜也は3日間学校に来なかった
舞の通夜、告別式に”親族側”で参列していた竜也
祐里は通夜にだけ参列したが、竜也の様子はもう見ていられなかった。寝てないどころか、物も食べていないのがみえみえな状態で、憔悴どころかやつれ切っている様子。舞の家族はみんな号泣しているのに、竜也は一人顔色を変えていない。むしろ感情がなくなっている、そんな感じに見受けられた

その間クラスには噂が広まり切っていた
大城が言ったのは舞が死んだという事実だけだったが、”親族側”で竜也がいたのを見たということから判断されたのだろう、舞と竜也が付き合っていたというのはもう公然の秘密になっていた

裕太郎が珍しく欠席していたある日の朝、事件は起きる
祐里が一人でクラスに入って来た時に視界に入ったのは、竜也の席に置かれている一つの花瓶だった
いたずらにしてもあまりにも酷いそれ、祐里はとりあえず自分の席に着いたが沸き起こる怒りを抑えるのに精いっぱい

梨華がすぐに寄って来た
「酷いよねあれ。片付けようと思ったんだけど、犯人探すためにわざと残しておいたんだよね」
梨華はそう言って首を振った
いつもならすぐ光も寄って来ていたのだろうが、あの日以降”冷戦状態”が続いているようで、2人は顔を見合わせることを避けている
梨華と夏未もそれに気づいてはいるが、あえて仲直りを強制してはいなかった
竜也が学校に戻って、それからでいいと梨華は思っている。むしろ戻ってからじゃないと、祐里と光のわだかまりは解けないとも感じていた

それから直も教室にやって来て、その花瓶を見て一瞬ぎょっとしたような表情を浮かべる。そして祐里たちのほうを見てきたので、祐里と梨華は互いに首を振ってみせた

そして倶之がいつものように焦った感じで教室に駆け込んでくると、竜也の席の花瓶を見て怒りを隠し切れない様子だった

「おい、これ誰だよ。やっていいことと悪い事あるだろ」
激高している倶之を見て、ひとりの男子生徒が嘲笑している

「いいだろ、やつも死んだようなもんだったじゃねえか」
前方の席で笹唐が高笑いをしていた。祐里や直がちっと舌打ちをして立ち上がり、吉田八郎もヴァーと奇声を上げて同じように立ち上がる
倶之も怒りの突撃を敢行しようとした矢先の出来事だった

バシッという乾いた音が教室中に響いた

「いい加減にしたら? 何だったら私があなたを殺してあげるわよ」
一度も見せたことがない冷め切った表情を浮かべて、光が笹唐の頬を思い切り張っていた
それを見て祐里と梨華は焦って光の元へ駆け寄り抑えると同時、逆切れした笹唐がやり返そうとしたが寄って来た後藤和興がそれを制した

「文句があるなら俺にやれ。それよりあんなことやったって、大城にばれたら終わるぞ?」
和興はそう言って腕を組んで笹唐の前に立ちふさがると、笹唐は渋々と自分の席へついた
その間に倶之は花瓶を所定の位置へ戻していて、クラスの喧騒は何とか終息を迎えた

チャイムが鳴ると同時に大城が一人の生徒、竜也を伴って入って来たので祐里は驚きを隠せない
頬はこけきっていて、別人じゃないかと思えるくらい

「いろいろあったが今日から杉浦復活だ。みんなよろしく頼むぞ」
大城がそう言って竜也を席に着くように促し、竜也は自分の席へ向かったが後ろの空席を見て呆然として立ち尽くしている
それを見た倶之が、「杉浦後ろは見るな。座れ」と言って無理やり席に座らせた

その日はみんなが竜也を”腫物”のように扱っている
直ですら「今日の杉浦はやばいな。下手に話しかけるのが怖い」と言って、近づくのを躊躇っていた
いつの間にか舞の席は撤去されており(後から聞いた話では悠衣が大城に掛け合って認めさせたとのこと。享明が片付けたらしい)、何度か倶之が竜也に声をかけていたが、明らかに上の空。いつもの掛け合いは起きることはなかった
やがて倶之も諦めたようで話しかけるのをやめて、竜也は一人教室にただいるだけの状態に

昼休み。竜也はいつの間にか姿を消していた。祐里は昼ご飯を食べるでもなく、その竜也を探しに行こうとして教室を出ようとした際...光に止められた
「祐里。竜ちゃんがどこにいるかわかってるの?」
光が静かにそう聞くと、祐里はすぐに首を振った
「わかんない。わかんないけどさ...このままじゃダメでしょ」
そう言って教室から飛び出そうとする祐里を見て光は小さく頷いた

「わかった。きっとあそこよ。行ってみて」
光は祐里にある場所を告げた

それで祐里は光に言われたとおり、図書室へ向かった
ホントにここにいるのかなと思いつつ入ってみると、竜也はそこにいた
隅のほうで何をするわけでもなく、ただ一人で呆然と座っているだけ

ふぅと息をついてから、祐里はその竜也の席の隣に座る
一瞬驚いた感じに見えた竜也だったが、それを拒絶するわけでもなくそのまま佇んでいる
来たのはいいけれども、何を話していいのかわからない。とりあえず祐里も黙ってその横に座っているだけだったが、やがて腹の音が小さく鳴ってしまった
静かな空間なだけにそれがとても大きく響いたように聴こえ、祐里は思わず赤面した
ふふ、という竜也の小さな笑い声が聞こえた..そんな気がした
え?と祐里が思って竜也のほうを見ると、俯いて小さく笑っている竜也の姿が写った
「あのな、腹減ったなら俺なんて構ってないでメシ食べて来いよ」
竜也はそう言って首を振っていた。そして目を擦りながら、小さく頭も掻いた
「何だろうな。今まで全然泣けなかったのに、なんか今急に涙出て来たわ。なんでだろ....な」
言った竜也の眼から涙が止まらなくなっていた。目を押さえて顔を隠す竜也に対して、祐里は持っていたハンカチを渡した

「いいんだよ。我慢しなくてさ」
そう言って祐里は立ち上がった。ひらひらと手を振りながら、竜也のほうを見ながら後ずさる
「落ち着いたらまたゆっくり話そ。焦んなくていいからさ」
祐里はそれだけ言って図書室を後にした。後ろ髪を引かれる想いだったが敢えて振り向かなかった。きっと竜なら大丈夫、そう自分に言い聞かせながら

時は経ち、竜也はぼちぼち祐里たちと会話をするようになっては来ていた
いつものとまではいかず、ファミレス招集やカラオケ部会などはさすがになかったが日常的な会話は拒まなくなっている
それでも深いやりとりをしようとすると、明らかに拒絶反応というのがはっきり見えるので祐里たちは困惑している
倶之との恒例の朝のやり取りも、あれから1度も行われていない
同じように日常の会話はするが、それ以上は完全に避けているのがはっきりとわかる
LINEなどでも完全に定型文でしか返事が返ってこない感じで、通話は出ることが出来ませんで拒否という現状

そのままの状態で気づけばもうすぐ2学期が終わろうとしている
終業式のあとの”クリスマス会”みたいな催し物がある稜西高校
その締めとして”de 稜西”に出演オファーが祐里に届いたのだが、さすがにそれは竜也には言い出せなかった
他のメンバーには一応伝えたが、夏未は「無理だよ。竜くんがいるから締めのオファーなんだよ? いないならやるだけ無駄だよ」と言っていて、直も「さすがに勘弁してくれ。もうすぐ全国大会だからさ」とこちらも拒否
梨華も「私が歌ってもウケないよ。かといって私は楽器できないからね、お邪魔でしょ」とこちらも乗り気ではなかった
そして光は、「祐里。あなたはどうしたいの。竜ちゃんに歌ってもらうのは絶対無理よ。それはわかってるんでしょ?」と訊くと、祐里は静かに頷いた
それを見て光は小さく笑った
「そういうこと。なのにわざわざこれを伝えたってことは、あなたは出たいのね。そうなんでしょ?」
祐里はまた小さく頷いた。「うん、私は出たい。そして....伝えたいことがあるんだ」とそう告げると、光は笑みを浮かべて頷いた
それでこそ祐里よ、あなたの好きなようにしなさいと言った
梨華は応援させてもらうよと言って傍観者を装うことにし、夏未は返事保留ということに
直はもうすぐ大会なので辞退。メンバー2人じゃさすがに無理と踏んだのか、祐里は一人のクラスメイトに頭を下げていた。お願い、力を貸して、と

「へえ、進藤あなた見る目があるわね。私はいつでもロスインゴに入るって約束してたんだから、もちろんウェルカムよ」
悠衣はそう言って不敵な笑みを浮かべた