クリスマス会当日、梨華は祐里から密命を帯びていた
「種ちゃんにお願いがあります」と
de 稜西ではなく、『Cercle des anges』としてエントリーした祐里たち
「私が歌う。絶対私に歌わせて」
祐里が強い決意の元そう言ったので反対する者は誰もいなかった
ベース兼ボーカルが祐里、ツインギターに光と悠衣、キーボードが夏未
楽器が出来ない上に、ボーカルの座まで空いてないということで手持ち無沙汰になってしまった梨華だったが、祐里はそれも承知の上だったようだ
「これはね、種ちゃんか私しかできないことなんだ」
祐里からの密命、それは竜也をクリスマス会の会場・体育館に連れてくること
竜也が会場に現れないのは目に見えている。それを『説得』出来るのは種ちゃんか、私しかいないんだよと
「竜ちゃんは図書室にいるからね」
光はそう言って小さく笑っていた
祐里たち4人はリハーサルに入っている
クリスマス会、文化祭で好評だったグループだけが”発表会”を行うというそれ
退屈な終業式の後の、ちょっと楽しいイベントというやつ
体育館では最初のグループが漫才を始めている
Cercle des angesは4番目のオオトリ。時間はそれほどない
梨華が体育館を見渡すと、案の定竜也の姿は見えなかった
「じゃあ、行ってくるね」
梨華は4人に向けてそう言うと、体育館から図書室へ向かった
梨華が図書室の戸を開けて周囲を一瞥すると、竜也はやはりそこにいた
隅で何をするでもなくただ佇んでいた
「よっ」
梨華がいつもの真顔でそう呼びかけると、竜也は一瞬驚いた表情を浮かべる
そして梨華がそのまま隣に座ったのを見ると、「図書室では静かにしてください」と竜也がぼそっと言ったので、あれ? これはと梨華は内心期待する
いつもの杉浦竜也に戻って来てるのかな、と
「体育館行かないの? クリスマス会すっぽかすのはダメでしょ」
梨華がそう促すが、竜也の反応はなかった。まあそんな簡単に行くやつじゃないか、こいつは
そう思いつつ、梨華はまたいつもの真顔モード
「そもそも何で図書室にいるの?」
その質問に対して竜也は逆に不思議そうな表情を浮かべた
「俺、一応図書委員なんですけど」
え、そうだったっけ。と梨華は思った。光が図書委員なのは知ってたけど、男子のほうは竜也だったのは今初めて知った
それで光が「竜ちゃんは図書室にいるよ」と言った意味がようやく?がったわけだが、そもそも答えになってるようでなってはいない
「あのさ、それ答えになってないよ」
梨華が思わず素になってそう言うと、竜也はまた首を傾げている
あまりの手応えのなさに梨華は思わず首を振っていた
祐里が言っていた私か種ちゃんじゃないと竜也を連れて来れない。その言葉が一瞬脳裏によぎった
どういう意味なんだろう...
祐里と私、そして光と夏未。その違いといえば...
あぁ、なるほど。梨華はようやく合点が行った
「あんたさ、私らと距離取ろうとしてるでしょ」
梨華が不意にそう言うと、竜也は驚いた表情に変わったのであぁ、やっぱりねと梨華は内心頷く
この線から攻めるか
竜也との付き合いが長いからこそわかるって意味なんでしょ、祐里
「あのね、私も祐里もあんたと仲良くても死なないからね。私がしぶといのはあんたが一番知ってるでしょ」
梨華は竜也の目を見ながらそう諭すように言った
非常にデリケートすぎる話題なので言葉を選びながらになるが、竜也の考えはわかっているつもりだ
また仲良くなった人が死んでしまうのが怖い。なら関わらないようにしよう、そういうことのはず
病気から回復した梨華が言うからこその説得力。祐里がそこまで計算したかはわからないけれども
竜也が考え込みそうになってるのに気づいた梨華は、さらにダメを押した
「考えてる時間ないからね。ほら、早く行くよ。祐里があんたに聞いてほしいって言ってたから」
そう言って梨華は立ち上がると、竜也の手を取った
竜也は戸惑いつつも拒否はせず、2人はそのまま体育館へ向かった
3組目の発表が終わり、祐里たちCercle des angesの出番が訪れる
4人がそれぞれステージに立つと、生徒たちから拍手歓声が巻き起こる
”de 稜西”の大合唱はないとわかっているはずなのに異様な盛り上がり。それは4人の美少女の演奏に対する期待感なのか、それとも
演奏前に祐里はマイクを取って会場内を一瞥する。視力がだいぶ悪い祐里ではあるが、梨華と竜也がまだ体育館にいないことくらいは把握できた
「みなさんこんにちは、Cercle des angesです」
祐里がそう言って一礼すると、光と夏未、悠衣もそれぞれ続いて一礼する
またしても巻き起こる歓声に悠衣は思わずにやけていた
そして祐里が続ける
「今日は”de 稜西”の大合唱を出来なくてごめんね」
そう謝ると、えーという残念がる声が各方面から上がる。あぁやっぱり、と祐里は思った。飛び入りで竜也が来て、大合唱で締めるんでしょ。それを期待しての大歓声だったというわけ
「大合唱は出来ないけど、私たちは精一杯の演奏をします。それじゃ聴いてください」
演奏が始まったと同時くらいに、梨華と竜也は体育館に到着する
急造バンドとは思えない見事な演奏から、いつも以上に感情を込めて歌う祐里のボーカルは圧巻だった
”大合唱”が出来ないことから不満そうだった生徒たちも思わず聴き入る歌唱力で、梨華と竜也も思わず顔を見合わせて笑ってしまうレベルのそれ
「”ザ・祐里”なんてもんじゃないねこれ」
梨華がしみじみ言うと、竜也も何度も頷いている。モーゼの海割りでも起きてるかのように、梨華と竜也は気づいたら一番前までやって来ていた
巡りあえた季節を
もう一度信じたい
ふたりで今 越えたい・・・
祐里が歌い終えると同時、思わず竜也は拍手を送っていた
もちろん会場からも割れんばかりの拍手と大歓声。光と夏未は竜也と梨華に気づいたのか、目で合図を送っていたので竜也は頷いてそれに応えた
悠衣が祐里に「ほら、もう1曲歌う前に喋りなさい」と竜也のほうを見て指差して笑っていた
それでようやく祐里は竜也と梨華が来ていることに気づいた。よかった。聴いてくれたんだね、と
「次の1曲で終わりなんですが」
祐里がそう前置きすると、海上から割れんばかりの大ブーイングが起こった
え、どういうこと?と祐里たちはそれぞれ顔を見合わせるが、やがて終わるなコールが巻き上がったのでそれぞれ苦笑いを浮かべている
「歌う前に一つ話させてください。私には大事な人がいます」
祐里がそう話しだすと、会場からはどっと歓声が上がる。とてつもない期待感が溢れ出し、稜西生徒たちはTranquilo.じゃいられなくなっている
「その人には恋人がいました。そしてその恋人がいなくなってしまい、彼は心を閉ざしてしまいました。無理もないと思います。私がその立場なら同じになってると思うから」
祐里はそう言って、竜也のほうをしっかりと見据えた。その視線に気づいた竜也も同じようにしっかりと見据えている
いつもの”見開きポーズ”で
「彼はきっとこう思ってます。また仲良くなると、私が死んでしまうんじゃないか。私がいなくなっちゃうんじゃないか、と。だから私は言います。ここにいるよ、と。君との記憶と共にずっと此処にいるよ、と」
祐里はここまで言って、大きく息を吐くと天を見上げた。そしてにっこりと微笑むと、光、夏未、悠衣に合図を送った
「それでは聴いてください。Emotional Daybreak」