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「まずっ」

舞台をファミレス デニー友利’ズに移しての2次会という名の、祐里の誕生パーティ
夏未からの混ぜ合わせドリンクの洗礼を受ける祐里
見た目は普通なのに、とてつもないまずさに仕上げるところが、可愛い顔をしてえげつない

さすがに6人の席というのもアレだったので、男女別2−4で着席
”肉盛りワイルドプレート”を注文し、見開きポーズで「スペルエストレージャ」になりきる竜也
それをスマホで撮影し、取材をしている直
それを見ながら、微笑みつつ参考書を開き始める光、何事もないようにこっそりと薬を飲む梨華
(まだ万全ではないらしい。毎晩寝る前には養命酒を飲んでいるとか。つか、未成年で養命酒は問題ないのか?)
祐里からクソマズジュースを飲まされ、思わずむせてしまう夏未

各々、かけがえのない空間を楽しんでいた

「つか、光でしょ? こんなサプライズ考えたの?!」
祐里がバラの花束を見ながら言った。

「すげー、ジーニアスじゃん。なんでわかった?」
竜也がおどけて言うと、祐里は笑いながら首を振った

「サプライズくらいならあんたでも考えそうだけど、バラの花束まで来るとね。光以外いないわ」

そう、もちろん光のアイデアなのだが
5月に入った早い段階で、竜也にLineを入れてきた
“祐里にサプライズしない?”
断る理由もないので、それから5人で極秘で検討したところバラの花束がいいんじゃねと
オサレやし、クサいし、笑える
竜也はそう思っていたのだが、光はちゃんと計算尽く

花言葉までしっかり考慮して、9本
”ずっと一緒にいようね”

「そいやせっかくのパーティなのに、杉浦は正装じゃないんだ」
梨華が笑いながら言った
正装 白のスーツのことだろう。今日の竜也の服装は、いつもの黒のパーカーに赤(臙脂)のパンツ姿

「しまった。臙脂のスーツ一式で来るの忘れた」
竜也が言うと、夏未は思わず吹き出す。
「あの時の白のスーツは驚いたなー。演奏の後のアレのほうがもっと驚いたけど」

演奏の後
そう、文化祭の話

既定の2曲を終え、バックに下がろうとしたところ前方にいた生徒会長(3年・名前忘れた)から
時間がちょっと余ってるので、MCでもやって場をつなげという無茶ぶりがあった

中心にいた竜也がマイクを「リーダー」の祐里に渡そうとすると、祐里は受け取りを拒否
直と光からも、竜也に「なんか喋りなさい」とこれまた悪質なごり押し

ええい、ままよと竜也はマイクを持って叫んだ
「Buenas Tardes.函館〜」

突然のスペイン語に生徒たちはもちろん、祐里や光、直も呆然。しかし気にせず竜也は続けた

「我々、LOS INGOBERNABLES de 稜西を応援してくださる皆様、今日の演奏はどうだったでしょうか?」

問いかけに戸惑いながらも、まばらに歓声が上がり始めた
つかグループ名違うし。勝手に変えるな。祐里は内心思っていたが、竜也は構わず続けた

「皆様の歓声、確かに受け取りました。我々LOS INGOBERNABLES de 稜西は、新たな景色を皆様にお見せしたいと思います
その新たな景色とはいったい何なのか。その答えはもちろん、Tranquilo.あっせんなよ!」
「では皆さん、また来年この舞台でお会いしましょう。稜西文化祭、最後はもちろん
祐里、梨華、光、直、イ 杉浦。Nosotros ロス・インゴベルナ〜ブレ〜〜ス!デ・リョウ・セイ!」

なぜか知らないが大歓声。そして、リョウセイは生徒全員での合唱になってしまう始末
完全に場を支配してしまうカリスマぶりであった

そして改めて場を下がろうとすると、体育館中から響くアンコールの声
いや、もう時間だし。やる予定もないし
竜也はそう思って周囲を見ると、祐里も苦笑いして首を振った

直後、光が口を開いた
「ねえ、あの曲やりたい。ピアノ運んでもらおうよ」
待て、あの歌は音域きつい
竜也が言おうとする前に、いつの間にか最前列にいたクラスメイトの渡辺が壇上にあがると、裏にあるピアノの元へ向かった

「期待に応える男、渡辺です」
ごつい体に似つかわしくない、屈託の笑みを浮かべながら渡辺と生徒会の連中たちがピアノをステージに運び入れた

「夢だけを心に抱きしめて」
アカペラで始まるこの曲

明らかにアンコールで歌うには相応しくない、壮大なバラード
出足と、大サビ前のピアノを弾きたいがためだけに、光が希望したこの曲
ピアノのシーンのときのたび、慌ただしく動き回る光の様子はちょっと面白かった

なんとか無事に演奏を終え、竜也は最後に言った。いや、言ってしまった
「今なら言える。この稜西高校文化祭の、主役は俺だ!」

言ってのけ、4人は壇上で右拳を掲げてグータッチ
大盛り上がりのまま、4人の初演奏は幕を閉じた

「あの後さ」

夏未は何かを思い出したかのように言った
「後夜祭であなたたちを探したのね。そしたら、全然普通なんだもん。びっくりしちゃったよ」

そう、ちょっと前の演奏が嘘のように竜也は陰の者に戻っていた
キャンプファイヤーを囲んで踊るでもなく、輪から外れて直と喋っているだけ
たまに祐里や光が「こっちに来なさいよ」と促しても、手を振って拒否していた

「あれはな、次の日から夏休みじゃん。みんな忘れるからいいと思ったんだよ」
竜也は笑った
確かに、2学期が始まるともうあの大立ち回りはみんな忘れていて、普通の日常生活に戻っていた
あのやらかしを覚えているのは、4人と夏未。ただ5人だけ

「で、今年はどんな衣装を着るのさ?」
梨華が訊くと、竜也はかぶりを振った

「それはもちろん」
言いかけると、直がそれを制して言った
「トランキーロでお待ちください。エンセリオ、マジで」

それでまた6人は笑う

楽しい時間はあっという間に過ぎた
解散の時間になり、各々は帰宅路に向かう
夏未は駅から電車、梨華はバス。光と直はそれぞれ自転車を押しながら、別々の道へ進んでいった

去り際光は祐里に、「襲うんじゃないよ」と茶化すと、
「私に言うことじゃないでしょ」
とバラの花束で叩くふりをする祐里をしり目に、「じゃあまた明日ね」と去っていく光

残された竜也と祐里は、どちらともなく歩き始めた
祐里の家からは歩いて15分くらい、そこから3分くらいで竜也の家
だてに幼稚園からの付き合いではない。とにかくご近所

他愛のない話をしながら進むと、あっという間に歩が進む
そして、互いの家に向かうための交差点へ到着

いつもなら、すぐに「じゃあね」と別れるパターンがほとんどだったが、なぜか今日はとても名残惜しい雰囲気
「いい夢見ろよ」
お互いに向き合いながら、ちょっとずつ後ろへ進むがどちらも歩が進まない

「これじゃいつまでたっても帰れないじゃん」
笑いながら祐里が言うと、
「そんな夜もあるさ」
得意の見開きポーズで竜也は答えた

「もうさキリがないから、"せーの”で一緒に後ろ向こう」
同じように見開きポーズで祐里が言ったので、竜也は頷いた

「せーのっ!」
竜也は華麗にターンを決め振り向く
あ、誕生日プレゼント(個人的なやつ)渡し忘れた、と思いつつも振り向いたからには帰ろうとして歩を進めたが
何か視線を感じた気がしたので、振り返ってみた

そう、案の定祐里は後ろを向かずにこっちを見据えて笑っていた
なぜか、まだ見開きポーズをしたままで

「ずっちーなー」
大きく目を見開くポーズつきで、竜也も笑った

「竜」
「なんだよ」
「竜」
「だから何」

竜也が言いかけると、祐里はダッシュ一番駆け寄ってきた

「竜、ずっと大事な友達でいてね」
走ってきた祐里を、スイング式で受け止めつつ小さく頷いた

「そうそう、忘れてた。誕生日プレゼント。俺からの気持ち」
竜也はポケットから何かを取り出すと、それを祐里に手渡した

祐里の手に遭ったものは、おもちゃの指輪
ファミレスで一番最初に会計を済ませ、外で待ってるときに見つけたガチャガチャで出てきた、おもちゃのやつ

ホントは別のものを渡すつもりで準備してあるのだが、あえてのボケ
渾身のギャグのはずだったが、意外にも祐里の反応は違った

指輪を受け取った祐里は、それを天にかざした
大きな月と小さな星たちが二人を照らしている
「ありがとう」
祐里の目はちょっと潤んで見えた

ちょっと照れ臭くなった竜也は、隣に並んで得意の見開きポーズで天を見上げる
あえて空気を読まない、それが大事だと思った

「安い指輪天にかざして、ありがとうはないでしょ」
聞こえないように竜也は呟く横で、祐里は指輪を嵌めた
何の因果か、左の薬指にピッタリと嵌った
そう、まさにDESTINO

「ふふ、冗談よ」
言ってすぐに祐里は指輪を外す。表情はいつもの祐里に戻っていたので、竜也は内心ほっと息をついた

「ほれ、こっちだよ。こっちが本当のプレゼント」
ちょっとだけ奮発して、梨華と光からアドバイスを受けて買ったプレゼント
”絶対祐里に似合うから”
オサレなネックレス。Amazonで買いました。さすがに店頭で買うのは勇気がなかった
光や梨華を突き合わせるのもアレだし、まして一緒に買い物してるのがばれたら藪蛇だし
藪から虎出る 空に竜になりかねない

「マジか。あんたにしてはすごいセンスねこれ」
祐里はまじまじと竜也の顔を見つめた。うん、梨華と光のアドバイスのことは言わないでおこう

「あんた、あのときのこと...やーめた。じゃ、またね」
祐里は何かを言いかけ、今度こそ去って行った。左手はネックレスの入った小箱を大事に抱えながら、右手の拳を握って高く掲げながら

それを見て、竜也も同じように背を向けた。同じく、右手の拳をを掲げながら

距離こそあったが、紛れもなく二人の拳と心は重なっていた