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「たらいも」

帰宅して部屋に戻ると同時、竜也は祐里にLineを送る
さっきの余韻を壊すようで申し訳ないが、あえていつも通り気取ろうとしたのかも知れない

椅子に座ろうとした直後、"STARDUST"が流れ出す
竜也の着信音。相手はもちろん...

「寝てた?」
スマホから祐里の声が響く。さっき別れたばかりなのに、何か話足りない気がしていたので電話はウェルカムな気分だった
「寝てねーし。今部屋戻ったばっかだわ」

「あんたにさ、あのネックレスの入れ知恵したの種ちゃんでしょ?」
お見通しだった。だてに付き合い長くねーなーと竜也は感じて、内心苦笑い

「ねえ、あの時のこと覚えてる?」
「あの時?」


そう、ちょうど1年前くらいの頃

文化祭まであと1か月を切ったという時期に、梨華の入院が決まった
祐里、梨華、光の3人組「Cercle des anges」で出場することができなくなったことを、病室で梨華は詫びた

「大丈夫だって。種ちゃんは早く治すことだけ考えてなさい」
祐里は言って梨華の頭を撫で、一緒に見舞いに来ていた竜也と病院を後にした

行きは祐里の父が送ってくれたが、帰りは徒歩
地味に家まで距離もあるということもあり、ちょっと寄り道でもしていこうと祐里が提案したので竜也は同意した

コメダに立ち寄る二人
コーヒーを飲みながら、祐里は竜也の目を見据えた
レスカを飲みつつ首を傾げていた竜也だったが、その視線に気づいたので目線を上げた

「で、どうすんの。参加辞退するん?」
当然の疑問をぶつけると、祐里はすぐに首を振ったので竜也は続けた
「代わりのボーカル探しか。水田だっけ、あいつなんていいんじゃね?」

水田菜々、歌がうまいと評判のかなりケバい同級生の名前を挙げると祐里はちょっと吹いた感じでまた首を振った
「いやよ、あの子入れたら演歌バンドになっちゃうじゃん」

容赦なかった。あまりの切れのいい否定に面白くなったので、竜也は再び続ける
「じゃあ友利は? あんま交流とかはなさそうだけど」

友利悠衣。クラス委員長。吹奏楽部だっけな、忘れた
おかっぱ頭で快活な感じの女子。ちょっとしか喋ったことはないけれども、感じは悪くない
まあ、ちょっと意識高そうな雰囲気は感じたけど。まあ俺の感想ね

一瞬祐里は考えた感じを見せたが、やがて再び首を振った
「友利さんね。。私、話したことあったっけな。ちょっと厳しいかな、住む世界が違う気ががするのよね」

あ、わかる。竜也は思った。親しみやすい感じこそするけれど、なんか住んでる次元は違う気がする
まあそんなこと言ったら、何で光と仲がいいんだよって突っ込みたくなったがそれはやめておいた

「あと誰やろ。竹田とか よく歌ってるイメージあるけど」
「嫌よ。財布盗まれちゃうじゃん」

笑いながら祐里は手を振った。そう、竹田彩乃には変な噂があった
陰でシーフ竹田と呼ばれているとかなんとか。俺は知らんけどね

「他には。。。新田? ねーよな」
自分で名前を上げつつ、竜也も笑った

「何、私たちのバンドをAVに落としたいの?」
祐里は見開きポーズで竜也を見据えた

新田美玖、何でもAVに出てる疑惑があった
笹唐和信あたりがそれを問い詰めると、「またそれ?」と笑って否定こそしていたが

たまたま竜也が高宮裕太郎と話す機会があった時に、真顔で裕太郎が言ったセリフは癖になる響きだった
「新田ちゃん、間違いなくAV出てるよ。これマジ」

閑話休題 悉く挙げた人を否定されたが、そこで竜也は何かを察した
あぁ、そういうことか

「考えてみれば、お前歌上手いもんな。二人で出ればいいのか」

言った矢先、今までにこやかだった祐里の目つきが変わった

「お..前?」
どこかの肩幅の広い監督のようなリアクションをしたかに思わせて、すぐにまたいつもの祐里の様子に戻る

「竜、ちょっと訊いてくれる?」
いつにもない真剣な表情に変わって祐里が言ったので、竜也は黙って頷いた

「あんたにボーカルを頼みたいんだ」

聞き間違えたかと思った。いや、何を言ってるか理解できなかったのが正解だろう
見開きポーズすらできず、口がポカーンと開いていたに違いない

「いや、お前無理だろ。頼む相手間違えてるー」

竜也が言いかけるのを、祐里は制した
「いいからちょっと訊いて」

「変わらないこと 諦めないことはもちろん大事
 でも変わろうとする思い 変わろうとする覚悟
 そして1歩踏み出す勇気も、私は大事なことじゃないかと思う」

そこまで言って、祐里は大きく息を吐いた

「だから、私と光と一緒に文化祭に出て」

急展開すぎて、シャイニングウィザードを喰らったような衝撃を覚えた竜也だったが
どうやら目前の祐里は本気な様子。久々に見る、真剣な表情だった

これは予想していなかった事実なので、竜也は脳内フル回転で今の状況を考え出す

俺が人前で歌う? いや、マジで無理だろ。。。

しかし、そこに二人の顔が浮かんだ
病室で、「祐里を頼むね」と言った梨華の笑顔
そしてもう一人は

心は決まった

「じゃあ俺からも一つだけ条件がある。それを受け入れてくれるなら」

訊いて、祐里は頷いた。条件を聞く前に、即決だった

数刻後
コメダにいる二人の元に、祐里の呼び出しに応じた形で光が現れた

「竜がボーカルやってくれるって。それを伝えたくて」
祐里が言うと、光は真面目な表情で竜也を見据えて言った
「大丈夫? 祐里に虐められてない?」

真顔で冗談を言う光に対して、竜也と祐里は思わず吹き出す
そんな矢先、もう一人の来訪者があった

「どーしたーって、進藤と水木も一緒か」
竜也の呼び出しに応じた直だった

そう、用件も伝えずに「コメダにいるんだけど今暇?」とだけ送ると、すぐにやって来てくれるナイスガイ

とりあえず二人を席に着かせると、竜也は得意の見開きポーズで言った

「俺杉浦、そして酒樹は進藤、水木と一緒に文化祭に出ることになりました
 そう、いわばこれもDESTINO」

唐突すぎる展開。状況が理解できるはずがない直に対し、祐里が容赦なく追い打ちをかける

「え、ほんと? イケメンがバンドに加わると華があっていいわ。ね、光?」
同意を求められ、光も躊躇なく頷く

一緒にSNSで暴れていた時に言っていた、「一応俺、ギターとか弾けるんだよね」
それを覚えていたからこその、竜也からの提案

『パレハ』として、直の加入。これが竜也からの条件だった

「ちょっと待て。話が見えないんだが」
直の言い分は尤もだったが、祐里や光から話や状況を聞いて一瞬考えた素振りを見せた直だったが、やがて頷いた

「オーケイ、わかった。稜西高校で一番刺激があって、魅力的なトランキーロの世界
 俺は杉浦についていくことにする。以上」
真顔で直がそう言ったので、3人は顔を見合わせて笑った

LOS INGOBERNABLES de 稜西はかくして生まれた


「忘れるわけないじゃん」
竜也が言うと、スマホ越しに祐里の笑い声が聞こえた

「私ね、あの時の酒樹の真顔忘れられないんだよね。
 最初さ、すかしたイケメンくらいにしか思ってなかったんだけど。気づいたら何かあんたと仲良くなっててさ
 いずれあんたにそれ聞こうと思ってたら、種ちゃん入院からのアレだもん。ホントいろいろありすぎよ」

話は尽きなかった。ほんの小さなことで笑い合える2人はスマホを離さない
声にならない会話ですら、とてもとても愛しいそんな大切な時間

そんな時、急に祐里が話題を変えた
「あ、そうだ。いい機会だし、あんたにだけは言っておこうかな」

ん?と思った竜也だったが、どうせいつもの”冗談”の一つくらいだと思ったので軽く返した
「俺、杉浦竜也を好きな人を紹介してくれるって? まあ俺はオクパードでカンサードだから、そういう話は」
そこまで言いかけた(最後まで言わせてくれ)竜也に対して、祐里は
「いいから真面目に訊いて」とちょっと強い口調で制したので、竜也は押し黙った
そして祐里が続ける

「実は私、オーディションを受けることが決まったのね。8月になったら東京行くから」
青天の霹靂だった。今度の衝撃は、うーん。リキ・ラリアートくらいかな? 喰らったことないけど

とはいえ、祐里が歌手志望なのは周知の事実であった
常に「私の夢は歌手になること」と公言していたので(なおさら、なぜバンドで歌おうとしなかったのか。それは解せぬ)
竜也を含め、ほかの5人もそれは知っていたが、何となく高校卒業してからの話なんだろうな、的にしか思っていなかったのも事実

「それでね、合格したら。。そのまま東京に住むことになるかも」
まさかの追い打ちまでやってきた。とはいえ、オーディションと聞いてすぐに薄々感づいていたのもある
今回の衝撃は稲妻レッグラリアートくらいで抑えることができた(もういいって)

「マジか」
さすがに言葉にならない竜也だった
一瞬の静寂。さっきとは打って変わって、ちょっと切ない雰囲気さえ感じる静寂

「ビックリした?」
祐里の口調はいつもの軽い調子に戻っていた。そう、あえていつもの口調にしたのだと思う。知らんけど

「すまん、さすがにビビった。何て言っていいかわからんわ」
思わず素の口調で喋る竜也。いつものでたらめなスペイン語を挟む余裕などあるはずがなし

「どうする? 止めないの? あんたには止める権利があるのよ?」
ふざけた口調だったが、スマホ越しに真剣な雰囲気は伝わってきた

竜也はちょっとだけ逡巡した
ずっと一緒だった祐里がいなくなる(かも知れない)
頭では理解できても、心はついてこない。しかし、もう1個の理性が働きかける

“祐里の夢はこの街じゃ叶えられない。その夢をどうして俺が奪えるというのか”
権利? Cabron.意味わかんねーよ

「行って来いよ。俺はお前の夢を応援する」
「お..前?」
せっかく真面目に言ったのに、またスマホ口で祐里は肩幅の広い監督のマネをしている
とにかく「お前」と呼ばれると常にこの調子だ。まあ、俺もそれやるんだけれど

「俺がファン1号な。ちゃんとサイン送って来いよ」
サインコレクターらしい竜也のセリフを受け、スマホ口で祐里は笑った

「わかった。通し番号入れとくわ。プレミアつくからね」
そう言い、祐里は続ける

「あと、これ他の4人に言わないでね。落ちたら恥ずかしいじゃん
 まあ、行く直前なったらまたあんたにだけ教えるから」

照れ隠しなのか、本心なのか。わからなかったが

「了解。Tranquilo.でお待ちしてますよ」
いつもの軽い口調に戻ることができた

「Tranquilo.で思い出したんだけど」
祐里もいつもの口調で言った
「あんた、こないだ推しの人に贈ったメッセージなんだったっけ。あれ傑作だったのに忘れちゃった」

推しの人。同郷の女子プロレスラー
”オンラインサイン会”があったとき、メッセージを書く欄があったので何を書くか悩んだ挙句、竜也が書いたのは

「僕は今、デスティーノを練習しています」

意味不明だった。いや、確かに練習はしていたけれど(冗談半分で)
鉄棒難しいよね。まして逆上がりなんて、帰宅部の俺にはとてもハード


閑話休題、そんなメッセージを送られたレスラーはさすがプロの対処だった
「え、私受けなきゃダメなの? デスティーノはやめて!」と

それを祐里に教えると、ツボに入ったのか普段以上に破顔していたのが印象的だった


やがて来るそれぞれの交差点
迷いの中立ち止まるけれど、それでも人はまた歩き出す

「それじゃまた明日」
「ああ。じゃあの」
竜也が言い、通話を終わろうとすると
祐里が何かを思い出したかのように言った

「あ、ちょっと待って。さっき撮ったあの写真、早く送って。ちゃんとみんなにも送らないとダメよ?」

写真
カラオケ店で全員集合した際に、それぞれが思い思いのポージングでの記念撮影

しゃがんだ祐里を中心にして、その右に片膝をついて右拳を高く掲げる竜也
祐里の左側になぜかMXポーズを決める光、そして竜也の後ろに真顔で立つ梨華、その横になぜか合掌ポーズの直

それを楽しそうに撮影したのが夏未だった
自撮りモードにしてみんなで撮ろうと言った祐里に対して
「私はロスインゴのメンバーじゃないからなー」
ふざけた口調で夏未が言ったので、祐里はやれやれといった様子で説得を諦めたのだった

「あ、すっかり忘れてた。じゃあすぐ送るわ。それじゃまた明日お会いしましょう、Adios.」
言って通話を終え、すぐに5人のスマホへ写真を送信完了

6人のスマホには制御不能な5人の写真が飾られていた


変わらないのは、写真の中の5人だけ
変わらないのは、スマホの中の5人だけ