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渡辺享明は呆然としていた

校舎を出てすぐの場所、草むらに転がる一つの死体
頭部が派手に消し飛んだ笹唐和信の変わり果てた姿を見たので

確かに殺し合いだと言われたが、のっけからやる気になっている奴がいるということ
その事実が享明には理解できなかった

クラスで浮いていたとはいえ、その男がいきなり死んでいる

ある一人の女生徒を罵倒しクラスで孤立
まああの件に関しては自業自得としか思えない

個性的な女子が揃っているクラスの中でも、一段と目を引く髪の進藤祐里
どうやらその祐里に告白して撃沈からの愚行だったらしい
まっすぐな男・享明には、そういう感情は理解できなかったが

その祐里ととても仲がよさそうに見えた竜也が切れるのはもちろん理解できたし(岡田と裕太郎が止めに入ったのは驚いた)
その後八郎がかちあげ式ラリアートを喰らわせるほど激高したのも何となく理解できた

そんなに濃い付き合いはしてないけれど、吉田八郎は熱い男なのは何となく伝わってきていたし、
女子の悪口を言うようなやつは許せなかったのだろう
ただそれだけの事

しかしだ

今回のこの緊急事態宣言とはいえ、もういきなり生徒同士での殺し合いが発動している
先ほどクラスですでに何人かの「殺人」を目撃しているとはいえ、まだこのゲームに乗るやつがいるとは思えなかっただけに

「きゃー」
ちょっと演歌がかった悲鳴が聞こえ、水田菜々が逃げて行ったのが見えたが享明はその場から動けなかった


中途半端な正義、それが一番の悪 そういうことなんだろうか


「期待に応える男、渡辺です」

享明は常日頃、クラスをまとめるのに奮闘していた

よく言えば個性的なメンバーが揃ってしまったこのクラス

クラス委員長の友利悠衣だけでは、明らかに纏めきれなかったであろう(実は悠衣だけでも出来ていたのは内緒)
このクラスをなんとか一つに出来ていたのは、享明の力が大きかった

ワン稜西を掲げ生徒会長に立候補し、見事落選を果たした野々垣慎太郎
教室で泣きじゃくっていた彼を、クラスの委員長に推薦してやる気を戻させたのは享明だったし(結果的にまた落ちて酷い目に遭ったのは内緒だ)
あの後も執拗に祐里の悪口を言おうとしていた笹唐に対し、圧力をかけていたのも享明だった

そんな享明が唯一心残りだったのは、クラス一の才媛・光のことだった

光が学校交流(だったかな? 詳しくは知らん)で何日かハーバードに行って、戻ってきたその翌日のこと
享明は光に告白し、華麗に撃沈した

「ごめんなさい、勉強が忙しくてそれどころじゃないの」
そう言われては、享明も返す言葉がなかった

その後も光は学年試験で常に1番を取り続けていたし、文化祭ではバンド演奏をするなど精力的に過ごしていたのを見て
内心尊敬の念すら覚えていた

驚いたのは、今年の漢字コンクール(稜西高校名物。3学年合同で行われる)で、その光が2位だったこと
もっと驚いたのは、1位があの杉浦竜也だったこと
単なる祐里の腰巾着だと思ったら、意外な才能もあるもんだな


閑話休題

もうその光と話すことはないのだろうなと思うと、内心寂しさを覚えていた
そして、何かもう一つ。何かわからない、得体の知れない感情が浮かび上がってきている気配も感じた

天の声、いや違う
地の底から響くような、悪魔の囁き

そんな時だった

再び、「きゃー」という二つの悲鳴が近くで聞こえた

享明が振り返ると、そこには二つの同じ顔をした女生徒の姿。下広島萌奈と萌美が立ち尽くしていた
その表情はそれぞれ怯え切った様子

享明が話しかけようとすると、間もなくそのブスなほうが開口一番
「人殺し! 近づかないで!」
そう叫んだ

享明の心に浮かび上がっていた感情は、一気に彼の心を真っ黒に染め上げた

何が「期待に応える男、渡辺です」、だ
ただこの場に立っていただけで、人殺し呼ばわり。そうか、そうだ。他人なんて信頼するほうが間違っていたんだ


いいだろう。この俺が一番の正義で、本物で、頂点だってのを全世界に知らしめてやる


享明は怯えて立ち尽くしているブス2人を、素早すぎる動きでリュックからいつの間にか取り出した鎌であっという間に惨殺した

萌奈、萌美、そして笹唐の首まで刎ねて塀の上に並べた

返り血を浴びつつ、目の下にその血を塗って完全にダークサイドに身を落とした享明

「This is EVIL. Everthing is EVIL. 全てはEVILだ」

嘯きながら、ようやくこの場を後にした

外はもうだいぶ明るくなってきていたが、一人の男は完全に闇に支配されてしまった


(残り30人)