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竜也と祐里は、とりあえずという感じで一軒のとある民家に身を寄せることにした

どちらも帰宅部、そして運動能力のなさに定評がある二人だけに賢明な判断であろう
ちょっと走っただけで祐里の息が切れてきたのを感じたので、竜也が促したのだった

「大丈夫? こんな近い場所で」
当たりの様子を伺いながら祐里が言うと、竜也は無言で頷いて促した

「人間心理を読んでみた。こういう時は、なるべく校舎からまず離れたくなるもの
まして、この周囲禁止エリア多いしな。きっと大丈夫」

あまり根拠はなかったが、まずは落ち着きたいという気持ちを優先させた
後は状況を整理したいというのもあった
まあ一番重要なのは、祐里をそんなに長時間走らせるのもアレということだけれども

体調といえば、梨華は大丈夫なのだろうか

家の中に入り、ちょうどいい感じに椅子があったので二人は向かい合って座った
いつもなら他愛のない雑談でも始まる野だろうが、さすがに今回は違った
息が上がった感じの祐里は項垂れているし、竜也も言葉を発する状態にはなかった

数刻の間があり、やがて祐里が口を開いた

「...どうなっちゃうんだろうね、私たち」
いつもの祐里の口調ではなかった。今まで10年以上付き合ってきた(交際じゃないよ、悪しからず)中で、
一度も聞いたことのない低いテンション
いつもならTranquilo.と言いたくなる状況だったが、さすがに竜也は続ける言葉が出ない状態だった

「けど、ありがとね。さっきは嬉しかった」
祐里は小さく笑い、そして続けた
「デスティーノを練習してた甲斐あったね」

それを聞き、竜也も小さく笑った。まさか実技で使う羽目になるとは思わなかったけど。まさに咄嗟の出来事
あの身のこなしは、まさにスターダスト・ジーニアスだったね。帰宅部だけれども

「待っててくれって言ったの俺だからな」
竜也がそう言うと、祐里は小さく笑って首を振った

「それはそれ。あんな危ないこと、もうしないでよ」
「わかった。次はスペースローリングエルボーにする」
竜也が真顔で返すと、祐里は小さく吹いた。よかった。ようやくいつもの雰囲気に戻りつつあった

「にしても、いっつもあんたには助けられてる気がするわ」
祐里が呟くと、竜也は一瞬唖然とした様子を浮かべたが、やがて右手を振ってそれを制した

「逆だよ、逆。いつも俺に暗闇を駆けぬける勇気をくれたのはお前だから」
「お..前?」

また肩幅の広い監督のマネを仕掛ける祐里だったが、キョトンとした様子
そして竜也が続ける

「進藤が昔言ってくれたじゃん、あんたは暗いんじゃなくて大人しいだけって。アレ、すごい嬉しかった」

小学校の頃だっただろうか、引っ込み思案というか人見知り傾向が強い竜也は
「暗い」と言って揶揄われるケースがややあった
それで落ち込んでいた竜也を、そう言って励ましたのが祐里だった

自分に自信がないことをを嘆くと、
「あんたね、私の大事な友達のことを悪く言わないで。許さないわよ」
口調こそ穏やかだったが、祐里の表情は真剣だった

そう、俺がここまで楽しく過ごせていたのは祐里のお陰
これは飯盒事なき本心

「あんな酷い事をしたのに。何事もなくまた話して、そして仲良くしてくれた
あの時は本当にうれしかった」
これは竜也が幼少期に覚えた感情。まあ、これは今言うことではないから言わないけれども。まあ、いずれね

「そういうことは覚えてるのに。。なんでかなー」
祐里はちょっと不服そうだったが、やれやれという感じで一人で首を振って納得した様子で続けた

「じゃあさ、これ覚えてる? 私が昔言ってた夢の話」
聞いて、竜也はすぐ頷いた

「そんなの決まってるじゃん。歌手になりたいって話だろ?」

祐里は小さく笑った
「もう1個、言ってたのは覚えてない?」

それを受けて、竜也は即答した
「うん、知らん。進藤は歌手になるために生まれてきたとしか思ってなかったしな」

普段は人の目をほとんど見て話さない竜也だったが、この時だけは真顔で祐里の目を見てそう言った
これもまた、飯盒事なき本心

幼稚園が一緒で、家がたまたま近かった。ただそれだけの話
本来なら、俺なんかの友達でいてくれるほうがおかしいくらい、眩しい存在になっていてもおかしくなかったのに
まあ、こういうこと言えばまた怒られるから言わないけれども

出会い、それは人生の少しだけ残酷な賭け事

「けど。。もう歌手になる夢は叶わないよね」
祐里は寂しそうに呟いたが、かける言葉が浮かばなかった

「なーんてね。私にはもう1個、大切な夢があるの。そっちはまだ大丈夫。きっと大丈夫」
祐里は自分に言い聞かせるように呟いた


一瞬の沈黙


「竜。あんた、いつも全てはDESTINOとか言ってるけど」
沈黙を破った祐里は続けた
「変えられない運命なんてない、そうでしょ? そうだよね」

祐里の真剣な表情にちょっと驚いた竜也だったが、やがて大きく頷いた

「当たり前。こんな運命なんて...僕は認めない」
唐突に石川先生の物真似をぶち込む空気クラッシャーをかました挙句、
得意の見開きポーズと共に、右拳を握って天に掲げ上を見上げた

「あんた、ちょっとは空気読みなさい」
祐里は苦笑いを浮かべたが、どうやら本気で笑いだしそうな雰囲気に戻っていた


「俺、生きて帰ったら鬼滅明里さんのサイン会に参加するんだ」
「。。。死亡フラグかましてんじゃないわよ」


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