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「直、サッカー好きか?」

この言葉は生涯忘れられない

憧れていた”先輩”と同じサッカー部に入るために、稜西高校を選んだ酒樹直
中学の時からずば抜けた才能を見せていたので、もっと「上」の高校からもオファーがあったのだが、
どうしてもこの高校でなければならなかった

無事入学し、サッカー部へ
陸上部並みの走力を誇り、抜群のドリブルセンスも持ち合わせた直はすぐにレギュラーの座を伺うほどになった

2年上の先輩、久永はそんな直をとても可愛がってくれた
可愛がってというと語弊があるが、上下関係が厳しくなりがちな体育会系のノリではなく、1年2年3年分け隔てなく
実力主義な割に、とても過ごしやすい空気を作っているのが久永だった

柔和な雰囲気なだけではなく、テクも超一流
ドリブル、パス、シュート。どれを取っても直をして、「この人には一生敵わないわ」と思わせるほどの技巧
俺が頑張ってJリーグなら、この人はリーガエスパニョーラとか行くんだろうな

5月の連休が終わってすぐ、直は早くもレギュラー組の扱いになった
運がいいというのか、何なのか
ちょうど直の得意とする右ウイングのポジションにだけ、2年も3年も本職の部員がいなかったのだ
いや、いても俺はレギュラーだったと思うけど。久永さんはMFだしね

プレイだけじゃなく、甘いマスクにも定評があったので直目当ての女生徒もそれなりに出始めてきていた
久永さん? 彼女がいるんだって(他校に)

とはいえ「追っかけ」には興味がなかった直には、クラスで一人気になる生徒がいた

パッと見ただけで目を引く髪の色をした女生徒。進藤祐里
男女分け隔てなく話す彼女だが、基本的にシャイな直とは接点がなし
キャーキャー言ってくる女子の中に入ってきていれば楽だったんだろうけれども

人間、一度気になってしまうともう駄目なもので、とある日、直は人生初めての告白をした

「ごめんなさい、私はもう予約済みなんだ」
祐里のいつもの返答。まあ脈はなさそうかなと思っていた直だったが、改めて振られるのはさすがに効いた
まあ、いい。明日のサッカーの試合で発散してやろう。うん、そうしよう

そして翌日の試合。直と久永はもちろんスタメン
前半から相手に押し込まれる展開(去年の代表校だったわ、そいや)も、久永を中心に必死に守る稜西イレブン
「お前はカウンターを狙うんだ。あんまり戻るな」
久永はそう指示し、直だけを前線に残して必死に耐えるが一方的に相手ペース

「しまった!」
一瞬のスキを突かれ、相手が決定的なシーンを迎え
それを懸命にクリアしたのは、咄嗟の判断で守備に参加した直だった
久永を中心として、みんなに揉みくちゃにされて感謝され、直はようやくチームの一員になれたと感じていた

前半の終わりごろから、相手の攻勢がようやく鈍り始めた頃
チームにも異変が生まれていた

明らかに久永の呼吸が荒くなっている

直が駆け寄ると、「大丈夫だ。それより、次行くぞ」
久永は力強くそう言い、ボールをセットした

直が軽くボールを蹴り、久永へ渡すと

そこからは信じられない光景だった

一人、また一人とドリブルで相手を躱していく
パスにそなえ走る直、そしてほかのメンバー

それを尻目に、久永はどんどん相手を躱して行き、ついにはキーパーまで躱してしまった

ゴールトゥーゴール。まさかの11人抜き
追走に精一杯だった直は心底驚いた。なんなんだよ、この人。やばすぎだろ

直後、久永は倒れた
驚きかけよる直、そしてほかのメンバー、そして敵のイレブン

久永は直を見ると小さく笑って、こう言った
「直、サッカー好きか」
「はい」

久永は朝から高熱だったのを、無理しての出場だったらしい
担架で退場していったが、本人は「大げさだ。やめてくれ」と言って笑っていた

とはいえ緊急事態が起きたので、試合は前半で打ち切りとなった
全国レベルの強豪校を零封、そして先制出来たことは大きな自信になった


その翌日の出来事

早朝、一通のグループラインが直のスマホに届いた
「久永が死んだ」


悪い冗談としか思えず、普通に登校すると校内は異様な雰囲気だった
部室を覗きにいくと、中ではみんなが男泣きをしていた
それでようやく、マジか。現実かと悟った

その日の授業は何とか普通に出たものの、部活はさすがにやる気が起きなかった
そのまま帰宅して、普段触ったこともないSNSなどをやってみた
どうでもいい。時間さえ潰せれば、もうどうでもいい

入り浸って2日目のこと(学校には登校してました)
直の書き込みに、知らない相手からレスがついていた
適当に貼っただけの画像に対して、ピンポイント爆撃的な画像で

なんだこいつと思う反面、何か親近感を覚えて同じように画像でレス
すると待ってましたかのように、すぐに返信
直は夢中になった

1週間くらいやり取りが続き、素朴な疑問が上がった
やたら俺がいる時間と一緒にオンラインになってる気がする

最初はずっとオンラインな引きこもりのニートなのかと思ったが(失礼)
一度休み時間に画像で返信してみたが、その時は一切反応がなく放課後になってからレスがある

これは同じ学生かなと探りを入れてみると、「15歳、高1」との回答があった
どこまで本当かわからないのがオンラインだが、嘘は言ってなさそうな雰囲気を感じ取った
間もなく同じ函館ということがわかったので、「1度会って一緒にカラオケでも行かね?」と誘いをかけてみた
シャイな直にしてみると、かなり思い切った行動

いつものレスの速さではなかったが、やがて返信があった
「いいよ」、と

そして待ち合わせ当日、現れたのは
クラスメイトの杉浦竜也だった

お互いに驚き、「マジ?」という反応
クラスメイトではあるが、ろくに話したことがなかった2人なのだからそれも当然である
シャイな直、そして人見知りな竜也なので最初はぎこちなかったが、やがて話してると自然に意気投合し始めた

カラオケ
お互いに好きな歌手こそバラバラなものの、好きな曲がわりと近い印象を受けた
その際、「俺ギターやっててさ」と軽く話したこと、それをしっかり覚えていたのは驚いたな

割と長い時間歌って解散の時間になり、帰り際に直は竜也に聞いた
「そいや杉浦って、進藤と付き合ってるん? 仲良く見えるけど」

すると、竜也はすぐにかぶりを振った
「ないない。あいつはイケメン好きだしな。まして、俺にはそんな資格ないから」
笑うと、右拳を上げて去って行った

「悪いこと聞いたかな?」

直がそう思っていると、スマホに着信音
何事かと見てみると、いつものSNSにいつもの竜也からの返信があったので、内心安堵した
せっかくできた友人を、軽率な一言で失うところだった。これからは注意しよう

翌日、直が登校するとすでに登校済みだった竜也はいつものように祐里と話していたが
直を見かけると、得意の右拳を上げるポーズを見せてきた

”あぁ、これから楽しく過ごせそうだ”

それから直は普通に部活にも戻り、バンド活動と称した会合に参加したりと楽しく過ごしてきた
あの時言った、「一番刺激があって、魅力的なトランキーロの世界」
これはあながち冗談ではなかった。あの出会いがなければ、あのまま怠惰に過ごして終わっていたのだから


「さて、俺に今出来ることは。。まずは、みんなを揃えることから始めるか。それを出来るのは、きっと」

直の右手には小さな機械、簡易レーザー。探知機がしっかりと握られていた


(残り30人)