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直が出て行った後、「じゃあ私も作業に戻るわね」と言って光が別の部屋に戻ろうとしたところを、竜也が呼び止めた

「酒樹と何喋ってたん?」
竜也が聞くと、光がわざとらしく笑って手を振った
「内緒よ。恋の悩み相談っていったところかしら?」

光はそう言って、部屋に戻って行った
呆気に取られた竜也だったが、ついでに祐里にも同じ質問をしたところ、祐里も同じように笑っているだけだった
それを見て、梨華が急に左打ちの構えをして見せる。誰だっけ、この力感のない打てそうもない構え

「杉浦にピッタリ。DTクローマー!」
言って、梨華は走って居間へ逃げて行った。祐里も笑って続いた。何なんだよ、全く
竜也は苦笑した。「うるせーよ、おい」
思って、やがて続いて居間に戻る


しばし時間が経った

「鍵はかけないでおいて。そして、さっきまでと同じように過ごしていて」
光からの指示

あまりにも不用心としか思えないが、竜也からすると何となくその意図は理解できる気がする
「空城の計」というとちょっと違うが、もし”やる気”な連中が「来訪」してきたとしても、この体たらくを見ると毒気に中てられるんじゃないか
まあ、そんなもんじゃないかな。知らんけど

とはいえ、飛び道具で襲撃されたらひとたまりもないけどね
まあ、それはそれ。これはこれ


竜也、祐里、梨華の3人は座談会を決め込んでいたが、やがて竜也は「悪ぃ、ちょっと横なっていいか」と言った
食後、そして一応緊張感(ほんとだよ?)が重なったのだろう。ちょっとした睡魔が襲ってきたのだった

「あんたね、鼾うるさいんだからどっか別の部屋行って寝なさい」
祐里が言うと、「わかった。すぐ戻る」といって、竜也は隣の寝室に移動していった

やがてすぐ寝息(いびき)が聞こえて来たので、祐里と梨華は顔を見合わせて笑った

「そいえば」
祐里が口を開いた。梨華はん?という感じで、紅茶を飲みながら祐里の顔を見た

「種ちゃん、竜と小1の夏休みからの付き合いだったんだって? てっきり2学期からだと思ってたわ」
祐里が言うと、梨華は即座に首を振った。「違うよー」と

「あれ、竜がそう言ってたよ? うちの近くの公園で会ってたと思うって」
祐里が続けると、梨華はちょっと思案した様子だったが、やがて言った
「ううん、私じゃないな。そもそも貴方たちの近くの公園とか、私行ったことないよ」
「マジか。じゃあ誰だったんだろ。。」

祐里が不思議そうに天井を見上げたのを見て、梨華は「何かあったの?」と聞いた

「何かさ、あいつの記憶と私の記憶がずれてるんだよね」
祐里が言うと、梨華はすぐに頷いた。そして笑いながら言った
「それは簡単。10年前、私たちが出会った時のことでしょ? 杉浦、ずっと泣いてたじゃない。だからきっと。。
自分の悪いことばかり覚えちゃったんじゃないかな。逆にね」

根拠こそないが、きっとそうだろう。そして、、

”あんた、予約済みとかその時の話と関係あるんじゃないの?”

梨華はこの疑問が頭によぎったが、質問するのはやめておいた
お節介焼きすぎはよくないからね。まあ面倒なことになりそうだったら、考えておこう

「じゃあ、私も一つ聞いていい?」
梨華が言うと、祐里は小さく頷いた

「なんで私をボーカルにしたの? どう考えてもあんたのほうが上手いじゃない」
素朴な疑問をぶつけてみた。すると祐里は、笑みを浮かべながら子供用ビールをまた一口飲み、そして続けた

「それは簡単なこと。種ちゃん楽器できないじゃん」
祐里は言って笑い、そして続けた
「どうせならみんなでやったほうが楽しいじゃん。最初からあいつも巻き込むつもりだったしね」
祐里は竜也が消えて行った寝室のほうを見て、小さく笑った

「あとね、こんなこと言うやつがいてさ。祐里の歌は、いつも"ザ・祐里”になっちゃうからつまんないって言った人がいてさ」
梨華が「杉浦?」と聞くと、祐里は首を振った
「光。酷くない?」
祐里は笑っていた。つられて梨華も笑った
「うん。でもそれはわかるわー」
「ひっでぇ」

「しかし、あいつはよくこんな状況下で寝れるわね」
祐里が言うと、梨華は小さく首を振った
「私もさすがに疲れたかも。横なろうかな」
言って、梨華がその場で横になった

それを見て「毛布でも」と思った祐里は、気を利かせて寝室へ向かった
寝室では、竜也が案の定というか大いびきで寝ていた
「つかあんた、そんな爆睡してちゃ私たちを守れないじゃない」

思いつつ、頭を軽くこつんと叩いて毛布を持って居間へ向かう

戻ると、梨華もすでに小さく寝息を立てていた
早いね、やっぱり疲れてたんだな

祐里はそっと梨華に毛布を掛けた
一人天を見上げたが、やがてすることがなくなったので光の様子を見に行くことにした

「光、ちょっといい?」
言いかけ、部屋の様子を見た瞬間に祐里は固唾を飲んだ

そこには見たこともない表情で、タブレットとスマホ、そして部屋にあったパソコンを駆使している光の姿があった
さっきまでの柔和な姿が嘘のように鬼気迫る姿を見て、祐里はかける声を失って、そのまま居間に戻った

「光はみんなのために、あんなに必死になっている。酒樹も危険を顧みずに夏未を探しに行った
私たち、ほんとにいいのかな、このままで。。」

祐里は再び天を見上げていた



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