「どうしてこうなった」
竜也は絶句していた
部屋には2つの布団がしっかりと並べられていて、竜也の隣には同じように絶句している祐里の姿
「あみだくじの結果です。異論は認めません」
梨華と光の悪だくみにハマった結果としか思えないのは気のせいだろうか
光のお達しにより、夜9時ですがもう消灯ですとのこと
明日早いんだからさっさと寝なさいということで、各自それぞれ部屋に散ったわけなのだが
布団が2つ並んだ部屋に置かれるのは照れるわと竜也は思い、祐里のほうを見てみると
どうやら同じような感じだった。祐里もさすがに苦笑いしている
「立っててもしょうがないし、とりあえず座るか」
竜也が促したので、祐里は頷いてちょこんと座った
竜也もその横に座ったものの、お互い気恥しくて顔を見合わせることができないでいた
「なんだか、昔を思い出すね」
祐里が言ったので竜也は頷いた。いつだったろう、そうだあの時
10年前、祐里が旅行から戻ってきた日のことだ
どちらもなんか気まずく、しばらくずっと話せずにいた。そんな時もあった
「杉浦 杉浦〜 頼りになる男〜」
祐里が不意に口ずさみ始めたので、竜也は思わず苦笑いした
「杉浦 杉浦〜 お前はいい男〜」
「なんだよ急に」
竜也が笑いながら言うと、「あんたの応援歌でしょ」と祐里は小さく笑っていた
”往年の名選手杉浦のテーマ”
草野球では鳴らした竜也だったが、明らかにタイプが違う選手である
右投両打、走攻守揃ったバランス型のセカンド。どっちかといえば杉谷の応援歌のほうがあってると思う。誕生日同じだし
”スギウラ、ミギデウテヤー”
しかし、野球の応援歌なのに祐里の歌唱力は圧巻だった。そりゃ歌手になれっていうわけだ
あれ、歌手になるって言ったのってもしかして、、
「そいや、お前が歌手になるって言ったのいつからだっけ」
竜也が祐里のほうを見ないで聞くと、祐里はわざとらしく竜也の正面まで移動してきた
「あんたのせいでしょ。あんたがずっと、”祐里ちゃん歌上手いねー”っておだて続けるからさ」
そう言いながら笑った
「声変わりする前は、あんたのほうがよっぽど上手かったくせにさー」
確かに昔は物凄いソプラノボイス出せていた記憶はある。上手かったかはまた別のお話だけど
「夢を叶えろ、祐里ー」
どっかのおっさんのマネをしながら竜也が叫ぶと、「早く寝なさい」と光の声が届いた
ったく、修学旅行かよ。Cabron.
「しゃあない、電気消すぞ」
竜也が言って立ち上がって消灯し、二人はそれぞれ布団の中へ
どちらからともなく、思わず失笑してしまっている
「やれんのか、おい」
祐里が妙にしゃくれたマネでそう言ったので、竜也は布団の中で思わず吹いてしまった
「モイスチャーミルク配合です」
どこかのドラゴンのモノマネで返したので、祐里もつられて笑った
「ったく、ホントあんたはいつだってそう」
祐里が不意に呟いた
「私が不安だったり、落ち込んだりしてるときには必ず傍にいてくれる。もちろん今もそう」
ちょっと声が震えてるように感じた。まあ状況が状況だししょうがないわな、と竜也は思った
そもそも何で同じ部屋に寝るのかは意味わからんけど
「あのな、何度も言ってるけどそれ逆だから」
竜也が返した
「ぶっちゃけ。進藤は眩しい存在だし。いつからだろうな、お前は俺の夢そのものになっていた。そんな気がするわ」
我ながらとんでもなく、クサいことを言ってしまったと竜也は思った。まあしゃあない、切替いてく
「ねえ」
祐里が言って、右手を伸ばしてきた
「手、繋ご」
言われ、竜也も素直に左手を差し出した
「幼稚園の時思い出すね。。覚えてないけど」
祐里が笑いながらそう言ったので、竜也もちらっと笑った
少しの沈黙があった。お互いの鼓動が聞こえている、そんな気さえする。悪くはない、とてもいい空気が流れていた
「ねえ、子守歌歌ってよ」
祐里からの無茶ぶりがあって、再び竜也は苦笑した。ホント、今日のあんたはどうかしてるぜ
急な”リクエスト”ではあったが、竜也の脳裏にある曲が浮かんだ
『I hear the lonely words...』
竜也は小さな声で歌いだした
英詩から始まる、印象的なバラード。歌詞の一部一部が、竜也が祐里に感じている思いと繋がる壮大なバラード
握られている左手に、祐里のぬくもりを感じながらアカペラで続ける
『無限のこの宇宙で出逢う奇跡の様な』
まさにここは竜也の想いだった
この地球上で、一緒にいれている奇跡。そう、まさにDESTINOな関係
『ただ夜が明ける事を祈ってた日々 悲しみに沈む夜も貴女が変えてくれた
恋と呼ぶには短いあの夏の夢、別々の道を選んだ貴女を忘れない・・・』
フルコーラス歌い切ると、竜也はさすがにどっと疲れが出た。いや、さすがにこの歌はしくったかと内心感じていた
ややあって、祐里は小さく「ありがと」と言った
「じゃあ次進藤な」
竜也が空気を読まずにそう言ったので、祐里は思わず小さく吹いてから右手を振った
しかしややあってから、小さく口ずさみ始めた
『静かに色づく この街並みを 一人歩けば モノクロに映る...』
”遠く消えてゆく”、とても優しく、そして切ないバラード。つか、この曲って...
間奏に入るフルートが印象的で、わざわざカラオケの時にフルート演奏まで披露してくれた、夏未の18番ソングであった
『遠く消えてゆく 時の流れにそっと手を振り 切れない気持ちは優しい思い出へと 変わってゆけるから」
祐里は歌い終えると、ふうと息を一つついてから思わせぶりにこう言った
「どうしようかなー、言っちゃおうかなー。ねえ竜、どうしよ」
何だよ、それと思って竜也はまた苦笑した。曲の余韻もあったもんじゃない
返事がないのを肯定と取ったのかはわからないが、祐里がやがて言った
「あの子..夏未、この曲歌う時はいつもあんたの顔ずっと見つめて歌ってるのよ。うん、昨日もそう」
「どっかの誰かさん、いっつも人が歌ってるとき曲探しに夢中で気づいてなかったと思うけど」
へ?と思った。いや、多分声に出してしまったと思う
それからまた沈黙が続き、やや経つとやがて寝付いたのか寝息のような声が聞こえてきた
握られていた手が離れたのを感じたので、竜也は「ごめん」と小さく言って布団から出て、居間へ向かった
竜也が居間に行くと、先客がいた
なぜかろうそく2本だけをともして、光が一人思案している様子だった
気づいた光が、「どうしたの」と聞いたので、竜也は「さすがに寝れん」と苦笑しながら答えた
「それはあなたが昼寝しすぎたからでしょ」
光は笑いながらそう言って、自分のスマホを竜也に手渡してきた
「ねえ、それ今届いたんだけど。貴方はどう思う?」
竜也がスマホを受け取り、画面を見るとそれはメールの画面だった
件名は”Re:”
そして送り主は”河辺夏未”
ちょっと驚いた様子の竜也に気づいた光が、「内容まで見てくれる?」と言ったので竜也は「あぁ」と言って画面をスクロールした
『光ちゃん、こんばんは。貴女がやってること、すべてお見通しよ。まあせいぜい頑張って』
挑発的な文章、そして...昨日撮った、あの写真。夏未が撮った、あの写真の光の顔の上に大きくバツ印が付けられていた
「おいおい、なんだよこれ...」
竜也は絶句したが、すぐに違う感情が生まれてきたのを感じた。はい、所謂一つの勘ピュータです
「竜ちゃんはこれどう思う? 夏未がやったと思う?」
光の眼差しは真剣だった。ちょっとボケようかと思った竜也だったが、さすがに空気を読んでそれはやめておいた
そしてすぐに首を振った。「んなわけがないだろ」、と
それを受け、光も大きく頷いた。「うん、私もそう思う」と小さく言った
ややあって、
「はい、寝ますよ。竜ちゃんも部屋に帰りなさい」と光が言って、ろうそくの灯を消したので、竜也は右手を挙げて部屋に戻った
部屋に戻ると、祐里がちょこんとしゃがんで竜也が戻るのを待っていた
「どうかした?」
祐里が聞いたので、竜也は小さく首を振った
「ううん、ちょっと水木と話してきただけ」
その後2人は再び布団に入り、それぞれやがて眠りに落ちた
(残り24人)