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酒樹直は後藤と別れてから、光に言われた位置をくまなく探していた

「全然いねえな。まあ普通に考えて移動してるか」
独り言をつぶやきながら、地図に再び目をやった

”こちら側だと崖だから、市街地のほうにでも行くか”

そう思った直後、「ぽぽ、ぽぽっぽ、ぽ、ぽっ…」
と変な音が聞こえてきた。機械的な音じゃなくて、人が発してるような感じがした
それも濁音とも半濁音とも、どちらにも取れるような感じな気味が悪い音

直はん?と思って、周囲を見渡したが何の気配もなかった

”気のせいか。まあ俺もいろいろあって疲れてるからな”
直は内心苦笑した

昨日はだいぶ歩き回った上に発砲されたし、さっきはさっきで後藤に後ろから声をかけられ心臓が止まる思い
だいぶ寿命縮んでる気がするわ
カッコつけて出てきたはいいけど、やっぱ杉浦に行かすべきだったか。。
まあヤツには無理か。無理というか、杉浦と離したら進藤がパニック起こすのは目に見えてるし

地図を見ながらいろいろ逡巡していた。先ほどの反省を踏まえ、レーザーのチェックも忘れていないが何も反応はなかった

「ぽぽっぽ、ぽ、ぽぽ…」
再び音が聞こえてきたので、また直は身構える
気のせいだろうか、草木が鳴いている感じさえしてきた
いったい何が起きようとしてるんだ??

直は再び周囲を見渡したがやはり何の気配もなく、レーザーも相変わらず反応を示さない
おいおい、なんで俺はプログラムで”怪奇現象”に遭遇しなくちゃいけないんだ?
直が自嘲していると、かすかにだがギターの音が聴こえたようなきがした

「ぽっぽぽ、ぽ、ぽっ、ぽぽぽ…」
再び聞こえた、これは人が発していると声だ直は直感した。そして、その声の持ち主はすぐ近くにいる...
明らかに声は近づいてきている気がした

再びギターの音。そして、「へいじゅー、どめぎばぁ」という歌声がはっきりと聴こえた

直は半分パニックになりながら何度も周囲を見渡すが、やはり誰の姿も見当たらない
直は自分の心臓の鼓動が速くなっているのを感じていた
声や音はすれど、姿かたちは一切見えない。これで落ち着いて居られるのは人間じゃねーわ
思わず逃げ出したくなったが、身が竦んで動けない。そんな状態

そんな時だった。簡易レーザーの画面が突然真っ暗に消えたので直はさらに動揺した
「おいおい。これはもうTranquilo.じゃいられねーよ」
直が呟いたと同時、レーザーの画面が今度は黒白と点滅を始めた

そして、画面が急に切り替わった
『Hey Jude, don't make it bad.』

同時、直は背後に気配を感じたので振り返った
そこには、いつの間にか至近距離まで迫っていた、ギターを持った豊田愛季の姿があった

思わず直はその場にヘタレ込んでしまった
それを黙ってニコニコ微笑みながら見つめる豊田の姿に、直は戸惑いを隠せない

頭が真っ白になって声が発せなくなった直を、黙って眺めていた豊田はおもむろに右手を何度か振り始めた
見事な”スイング”で、直の周辺を何度も何度も空を切る
その右腕には鉄製のグローブが嵌められている。一撃でも喰らったら致命傷は間違いなかった

「でわぁ・・むふふ、私の大好きなビートルズのスーパー名曲、聞いてくーっださぁさい」
豊田はそう言って、また右手を振り下ろすがなぜか空を切り続ける
何が起きているかわからず、もう直は呆然と見守ることしかできない城代だった

「...酒樹くん。貴方たち”Cercle des anges”のみんなはいい人だから...」
ニコニコ笑ったまま、豊田は小さな声でそう呟いた

「へいじゅー、どめきばぁー」
豊田は急に反転すると、別の方向へ歩き始めた
「てかさぁそぉー あめきべたあ」

それでようやく直は我に返った。まずい、水木に言われたことを伝えないと...

「ちょっ、豊田。待ってくれ」
思わず声が裏返ってしまった。我ながら恥ずかしい
呼ばれて豊田は立ち止まり、やがてすぐ振り返って近づいてきた

「ほっこりー。どうしたのー?」
豊田はニコニコしてはいるのだが、直はとてつもない圧を感じてしょうがなかった
これ一歩間違えば俺、涅槃行き決定だろうなー
積尸気冥界波打たれる寸前的な?

直は豊田に地図を見せた。そして廃墟の位置を指差す
「ここだ。ここに文化祭で、お前を陥れたやつがいる」

直がそう言った直後、周囲の空気や温度が変わっていくように感じた
やべえ、マジで俺死んだわこれ。直はもう泣きたい気分だった

「...誰...誰が言ってたの?」
聞き取れないくらい小さい声で豊田がそう呟いた。表情はにこやかなままだがとてつもなく体が震えている

「水木光。あいつが調べてくれてな。豊田、お前にそう伝えてくれって頼まれたんだ」
直はやけくそでそう言った
もう知らんわ。さよなら、進藤。振られても好きだったよ。杉浦とお幸せにな
直は脳内でお別れを済ませていた


しばしの沈黙があった

「...光ちゃんかぁ」
豊田は自問自答して何度か頷いた
「それなら...しょうがないねー」

豊田の目から笑いが消えた。右腕をまた何度も振り始めたので、直はもう生きた心地がしなかった

「酒樹くん、早く行きなよ。じゃないと私、貴方も殺しかねないよー」

豊田がそう促したので、直は荷物をまとめて立ち上がった
それを見て豊田は、またニコニコ笑いだした

「じゃ俺はこっちに行くから」
直は”待ち合わせ”の場所のほうを指差すと、慌てて歩き出した
豊田は笑って頷くと、”廃墟”のほうへ向けてゆっくりと進みだした

「へいじゅー どめきばぁー てかさぁそぉー あめきべたあ」


直と豊田のやり取りを、遠目で眺めている女子がいた
「へぇ、酒樹か。あの妖怪を懐柔するとか、どんな手品使ったのよ」

その女子・播磨安比奈は神出鬼没に歩く豊田に恐れをなしつつ、興味を持って近づかず離れずに観察をしていたのだった
「酒樹といえば...。どうせまた一緒にいるんじゃないの。杉浦はともかくとして、進藤祐里。あいつだけは絶対に許さないわ」

安比奈はそう呟くと、つかず離れずに直の尾行を開始した



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