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どれくらい走ったのだろうか、竜也たちはようやく林を抜けた
夏未を背負い、梨華を抱えて走るというとんでもない荒業。我ながらようやっとる

竜也のとっくに体力は限界を超えていた
運動が得意じゃない祐里と光もかなり辛そうな表情を浮かべている

「悪りぃ、タネキ、河辺。1回下ろしていいか?」
と言いかけたが、ぎりぎりで自重した。さすがにいきなりアスファルトに座らせるのもアレだし

その様子に気づいたのか、光が地図を見ながら言った
「もうちょっと頑張れる? もうすぐ目的地に着くから」

おい、今度はちゃんと大丈夫なんだろうな?
と内心で呟きながら、竜也は「わかりました、石川参事」と軽口を叩いた

あえて軽口を叩くことで限界というのを誤魔化したかったのだが、祐里にはバレバレだった
「無理しちゃって。また腰やるぞ」

汗さえ拭えないので、竜也は汗垂れ流し状態。それに気づいた夏未が、負ぶさりながら汗を拭くという極限の状況下
いやぁ、プログラムって本当に素晴らしいものですね

「杉浦、もう大丈夫だから下ろして」
梨華はそう言ったが、いつもと全然声のトーンだったので竜也は「ノー」と小さく返した

「ここで止まっててもしゃあない。さっさと行こうぜ」
これは竜也の本音だった。それを聞いて、光は「わかった」と言って先導を開始した

今ここで襲われたら笑えるなー、などと竜也は不謹慎なことを考えていた
もうすぐ落ち着ける、というところで何かあるのがお約束と言えばお約束だよな...

思った矢先、光が急に立ち止まった
おいおい、どうした...言いかけて、竜也は思わず天を見上げた
竜也の後ろで夏未を支えながら歩いていた祐里が立ち止まった2人に気づいたので、
「どうしたの?」と前方を見て光と竜也と同様に愕然とした

ちょっと離れた前方にいたのは、鎌を持った渡辺享明だった
変わり果てた風貌で、こちらの様子に気づいたのか舌なめずりしながらウインクをしてきた
”こっちに来い”的な、右手でおいでおいでと挑発をする渡辺に対し、誰も言葉すら出なかった

「...どうする? 逃げられる?」
光が小さく呟いたが、竜也は「無理だ。俺一人なら囮になれるんだがな...」と返した

「杉浦。私を置いて早く逃げなさい」
様子に気づいた梨華が下りようとしたが、竜也はそれを必死に阻止した

「どうした。来ないのか?」
渡辺はしきりに挑発してくる。ポケットに銃は入ってるのだが、手が塞がってて使えない...って、それだ

「進藤、左ポケットに銃が入ってる」
祐里にそう耳打ちしたかったが、出来なかった。人を撃てなんて言いたくないし、かえって逆効果になる未来しか見えない

再び竜也は天を見上げた。”ここまでか”...

その時だった
ヴァーという叫び声が響き渡り、ぱららららという乾いた音が響き渡った
その弾は渡辺の近辺に殺到したので、「チッ」と言いながら渡辺は足早に去って行った

「おい、大丈夫か?」
マシンガン片手に駆け込んできたのは吉田八郎だった

渡辺を追うか一瞬考えた様子だったが、竜也の様子に気づいてやめたようだった

「杉浦、お前無茶しすぎだろ。よく二人も庇って守り切ったな」
吉田は感心したような表情を浮かべて頷き、そして続けた

「種崎は俺が運んでやる。どこか行くアテあるんだろ?」
言うと、竜也に梨華を下ろすように促した

「ごめんタネキ、1回おろすぞ」
竜也はそれに従い梨華を1度立たせたが、ふらーっとした様子で足元がおぼつかなかった

「熱あるのか...で、河辺はどうしたんだ?」
吉田はいつになくよく喋った。普段あまり喋るイメージがなかったのでちょっと意外

「私は足が痛くてね。ちょっと歩けないんだ」
夏未がそう言うと、吉田はまた力強く頷いた

「病人と怪我人を抱え、さらに女子2人を守りながら魔物(渡辺のことだろう)に立ち向かう
杉浦、お前を見直した。さすが、物事が変わるのは一瞬だな」

言うと、吉田は梨華を軽々と抱えた
肩からマシンガンをぶら下げつつ、女子を抱えるというシュールな絵図

「吉田、お前ランボーみたいでかっこよかったぞ」
竜也が茶化すと、吉田は満更でもない表情を浮かべながら首を振った

「ヨシハチでいい。ヨシハチって呼んでくれ」
吉田はニヤッと笑った

10分くらい歩くと、1軒の家が見えてきた
光が「ここにしましょう」と言ったのでそれぞれ立ち止まった

「種崎、下すぞ」
言って、吉田は梨華を立たせた。ふらつく梨華は祐里がさりげなく支える

「なあ、お前らはこれからどうするんだ?」
吉田は首を回しながらそう聞いた。そして地図を開くと
「俺はここが怪しいと思ってるんだ。昨日近くに行ったら、兵士がうじゃうじゃいてな」
そう言って、吉田は廃墟のあたりを指差した

それで光は、小さな声で吉田に耳打ちした
「ヨシハチくん、そこはまだ行っちゃだめ。明日の...そうね、17時くらいに。私たちもそこに行くから」
吉田は一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、言ったのが才媛・光だったので小さく笑ってから頷いた

「よくわからないけど、水木がそう言うならそういうことなんだろうな」
吉田は一人で納得していた

家に入ろうとする竜也たちを尻目に、吉田はすぐにその場を立ち去ろうとしている
それに気づいた祐里が、「ヨシハチくんも休んでいけば?」と促したが、吉田はすぐに手を振ってそれを制した

「いや、俺はいい。後藤と合流したくてずっと探してただけだしな」
ここまで言って、ニヤッと笑った
「せっかくの杉浦のハーレムに、俺が加わるわけにいかないだろ。ほら杉浦が死にそうだ、早くいけ」

夏未を背負ったまま、竜也は首を振って苦笑した
「ねーよ。むしろ虐げられてるわ」
そう言った直後、竜也は祐里に頭を叩かれてそれを見て吉田も笑った

「後藤くん、私たちは見てないわ。会えるといいね」
そのやり取りを見てなかったかのように、光はクールに言った
それを聞いて吉田はまた小さく頷いた

「そうか。結構歩いてるんだけどな、いまだに会えねーんだよ。ま、じゃあ俺は行くわ」
吉田はそう言って右手を挙げて歩き出した
「明日の17時な。何があるのか知らんが楽しみにしとくぜ。後藤と一緒にお邪魔してやる」

そこまで言って、吉田は振り返ってニヤッと笑った
「杉浦、ほどほどにしとけ。ちゃんと近藤さんつけるんだぞ」

竜也は思わず苦笑した。背中の夏未もくすくす笑っていた
祐里も呆れて苦笑していたが、光は一人思案顔で首を傾げた。そして急に歌を口ずさみ始めた

"さぁ狙いを 定め 遠く遠く飛ばせ眩く光る時代 近藤 築き上げろ”

「いや、それ近藤違いだし」



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