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「ったく、いちいち挑発に乗るな。あほか」

逃げ切れたっぽい雰囲気を察して、竜也は祐里を咎めると夏未も頷いていた
テヘペロな祐里に気づいて、竜也はやれやれという感じでお手上げポーズだったが夏未がだいぶ疲れてるのを察したので
祐里に少し休もうと合図を送った

ちょうどいい所にベンチがあったので、ちょっと無防備かと思いながらも3人は祐里、竜也、夏未の順でそれぞれ座った
祐里はちょっと楽しそうで、竜也はそれを見て呆れたような表情を浮かべた
夏未はかなり疲れた感じで息が上がっていたのが気になったが、竜也がそれを聞くと大丈夫と小さく頷いていた

「けどさ、あんたもあれだけ私の悪口言われてたのに何とも思わなかったの?」
祐里が冗談っぽく言ったので、竜也はもう勘弁してくれと思ったが、それと同時ににある事件が頭に過ぎった

「去年か。笹唐がおまえの罵詈雑言かました時に俺は切れたんだぞ」
思い出しながら苦笑しつつ竜也が言うと、祐里と夏未は驚いた表情を浮かべた

「あ、そうか。河辺はクラス違ったし、進藤には言ってなかったな。水木やタネキは教えてなかったんだ」
竜也がそう続けると、祐里と夏未は同じタイミングで頷いた

「意外。いいとこあるじゃん。で、殴り合いでもしたの?」
祐里が楽しそうに聞いてきたので、竜也はまた苦笑して首を振った

「すぐに裕太郎と岡田に止められた。そしたらヨシハチが笹唐にラリアートかましていた」

本当に訳が分からないが、これが事実
当然のように状況が呑み込めないので、祐里と夏未は互いに顔を見合わせてポカーンとしていたが、やがて祐里が笑いながら頷いた

「ヘタレじゃん。友達けなされたんだから自分でやりなさいよ」
祐里がそう言うと、竜也は頷きながら苦笑した

「それはその通りなんだがな。裕太郎と岡田に立ちはだかられたからな、どうやってもムリポ」
それを聞いて夏未は笑って頷いた
「高宮くんと岡田くんか。あの二人のガタイに竜くんじゃ、それは無理でしょ」

身長は裕太郎より高いがマッスルでは勝てないし、岡田にはどちらも惨敗
まして両方ともレスリング部の猛者なのに対して、こちらは帰宅部。デスティーノ喰らわせるのもまあ無理やろねえ

「それもそっか。まあ怒ってくれたみたいだし、一応お礼言っとくね。ありがと」
祐里はまたあははと笑っていた。いや、お礼言われることじゃないしと思って竜也もつられて笑った

「ヨシハチくん、その時も助けてくれたんだね。すごいじゃん」
夏未が感心したように言ったので、言われればと竜也は思った
「ヨシハチに2つも借りか。まあ函館戻ったら返すべ」

さも当たり前のように竜也がそう言ったので、祐里は少し考えてしまった
ホントに無事に戻れるのだろうか。そういう未来が待っているのだろうか、と
ダメダメ、マイナス思考は竜だけにしとかないと...


「さて、そろそろ行きますか」
竜也が言って、立ち上がろうとした瞬間
突如、竜也は吹き飛んでいた

え?
次の瞬間には夏未も吹き飛ばされていた

祐里が何事と振り返った、その後ろには不気味な笑みを浮かべた水田菜々の姿があった
右手に大きな石を持っていた水田はその石で竜也を殴りつけ、その後に夏未を蹴り飛ばしたようだった

「祐里、危ない」
吹き飛ばされた夏未が叫んだが、既に遅かった

水田は石をその場に投げ捨てると同時、祐里の首をスポイラーズチョーカー(鉄製のワイヤー)で締め上げていた
言葉も発せずもがき苦しむ祐里を見て、満足そうに微笑む水田は倒れこんだ夏未を一瞥するとさらに不気味に微笑んだ

「安心して。貴女もすぐ一緒に葬ってあげるから、そこで大人しく待ってなさい。どうせ動けないでしょ」

小馬鹿にした態度で、水田はぐいぐいと祐里の首を締めつけて行った
薄れゆく意識の中、祐里は必死に夏未に合図を送っていた。右ポケット、右ポケット...

夏未は瞬時にそれを理解した。倒れたまま動かない竜也のズボンの右ポケットから銃を取り出すと、迷わずにそれを水田に向けた

一瞬たじろいだ水田だったが、相変わらず祐里の首を締めることはやめずに逆に挑発してきた
「やれるもんならやってみなさいよ。どうせ進藤を撃って同士討ちになるだけよ」

今にも堕ちそうな祐里だったが、「いいから撃って」という合図を送っていた

一瞬の逡巡で、夏未は覚悟が決まった

狙いを定めて引き金を引くと、銃声音と共に「うぎゃー」という水田の演歌がかった悲鳴が上がった
綺麗に水田の右肩に銃弾が直撃し、首絞めが解かれて祐里はその場に崩れ落ちて激しく咳き込んだ

夏未は再び銃を構えて水田を威嚇した
「次は頭よ。どうする?」

思わぬ剣幕に驚いた水田は、「覚えてなさいよ」と大昔の悪者のような啖呵を切ってその場から走り去っていった

げほげほ咳き込む祐里の元に夏未は近寄り、「大丈夫?」と声をかけた
祐里は半分涙目になりながらも、「私は大丈夫だから...」と小さく頷いた

まさかゲームで鍛えた腕が実際に生きるとは思わなかった、と夏未は内心考えていた
バイオハザードとか得意なんです


夏未が一瞬物思いに耽っている間に、祐里はふらつきながら竜也の元に駆け寄っていた
「ちょっと、竜。竜って」
今にも竜也の体を揺すりそうなのを見て、夏未は痛む足をかばいながら同じように竜也の元へ近寄った

「ダメ。頭打ってるんだから、揺すっちゃダメ」

夏未が必死に制止したが、祐里は完全に取り乱していた
「頭から血出てる。嫌だよ、竜。死んじゃ嫌ーーー」

泣き出し叫び喚く祐里の悲鳴が夜空に反響していた
夏未はかける言葉もなく呆然としつつ、自然と目から涙が溢れ出していた

「..竜くん、戻ってきてよ..」



撃たれた痛みと脅された腹立ちで水田菜々は錯乱していた
「何なんだよ、あのクソアマ。次会ったらぶっ殺す」

そう言って走っているうちに、急に首輪に違和感を感じた

「あ!?」
いつものビブラート効きまくりの声を上げたと同時、首輪が華麗に爆破されて水田菜々は即死した

禁止エリアを踏み入れたことに気づいたのは、きっとあの世についてからのことであろう
演歌おばさん、涅槃で待つ