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後藤と渡辺が対峙して数刻が経過していた

どちらも動かないのではなく、動けない状態。隙を見せたほうが殺られる。まさにそんな雰囲気

「おい後藤、お前は顔じゃねえんだよ。引っ込んでろ」
いつものセリフで渡辺が威嚇するが、後藤はどこ吹く風でそれを受け流した

「お前は俺が除霊する。プレミアムな男に戻してやる」
後藤はそう嘯いた

それを聞いて、渡辺は怪しい笑みを浮かべたまま鎌を大きく振るって見せる
「出来るもんならやってみろ」

二人は微妙に距離を取ったまま、睨みあいを続けている
渡辺は鎌を持っているが、後藤は素手のまま

まともに戦えば渡辺が有利に思えるが、後藤は柔道の猛者
迂闊に手を出せないと踏んだか、渡辺もなかなか仕掛けるタイミングを見いだせない

「見えたぞ…。しっかり見えた! お前にはやはり非常に強い悪霊が憑いてる。そして、それは強大。恐ろしい…」
後藤は数珠を手にしてそう呟いたが、表情には余裕があった

余裕綽々の後藤を見て、渡辺は敢えて満足げに大きく頷いた
「後藤。俺と一緒に組んでプログラムなんて破壊してしまわないか?」
提案してきたが、後藤はそれを一笑に付した

「もう言葉は不要だな。早く元の渡辺享明に戻れ」
言うが早いか、後藤は一瞬で間を詰めた
「覇!」
掛け声一閃、手刀で渡辺が持っていた鎌を叩き落とすとあっという間に組み伏せた
”昇龍結界” 足を極めながらの腕固め、後藤は渡辺を攻め立てるが、渡辺は余裕を崩さない

「後藤、そんなもんか。そんなんで俺を除霊できると思ったのか?」
渡辺は腕力だけでそれを振りほどくと、逆に”バンシーマズル” 腕を極めた形のフェイスロックを仕掛けてきた

「やるじゃないか。さすがはプレミアムな男だ」
「ほざけ!」

その後も一進一退の攻防が続き、両者は必死の形相ながらも闘いを楽しみ始めていた

やがて渡辺のほうに疲労が見えて来たので、後藤はチャンスと見て大技を仕掛けようとした
”昇天・改” ブレンバスターの形に取ったが、渡辺は必死に抵抗して逆に壁際に追い詰めた

「後藤、死ね!」
渡辺は至近距離からラリアートを喰らわせようとしたが、後藤は身を翻してそれを躱した
壁に寄り掛かった渡辺に対し、”村正”フライングニールキックを炸裂させ、そのままファイナルカットの体勢に取った

「元に戻れ、渡辺!」
後藤はそのまま”GTR"を決めようとしたが、渡辺がいつもの”渡辺享明”の目に戻って
「後藤、すまなかった。俺はどうかしていた」と許しを乞うたので、思わずそれを中断してしまった

「馬鹿め、だからお前はアホの後藤なんだ」
渡辺は高笑いをすると、後藤の両足を取ると、そのまま寝ころばせ股間へ向けてストンピングを敢行した
悶え苦しむ後藤を見て、トドメだとばかりに首切りポーズをする渡辺

鎌を手に取り首を刈ろうとしたが、後藤は必死の形相で顔面に頭突きを喰らわして難を逃れた
そのまま後藤は渡辺にしがみつくと、一気に崖側まで押し込んだ

「おい、無駄だ。お前も死ぬぞ」
渡辺が制止するが、後藤は聞く耳を持たなかった

「お前を元に戻せなかったのが残念だ。ならいっそ一緒に涅槃へとしゃれ込もうぜ」
後藤は不敵に笑むと、渡辺もろとも崖に落ちて行った



同じ頃、相変わらず祐里は泣きじゃくっていた

竜也は一向に目を覚ます気配を見せず、それどころかピクリとも動こうともしない
脈はあり、心臓も動いてはいるのにもかかわらずだ

夏未は完全に取り乱している祐里に対し、かける言葉も見当たらずへたり込んでいた
祐里はその夏未にようやく気付いたのか、涙を浮かべたまま小さく笑みを浮かべた

「ねえ夏未、このまま竜が死んじゃったら私もその銃で殺して。お願い」
とんでもないことをいきなり言われたので、夏未は唖然呆然として開いた口が塞がらない状態だった

「私ね、竜がいないなら生きていてもしょうがないんだ」
祐里は淡々と話し出した。感情が欠落してしまったのか、いつもの祐里とはまるで別人のように

「ずっと一緒だったんだよ。それなのに...それなのにさ...」
一気に言って、祐里は天を見上げた。その目からはまた涙が溢れ出している

そんな様子を見ていると、夏未の目にも涙が滲んでくる
祐里だけじゃないよ。竜くん、私も貴方のこと...

”ねぇあの夜の泣き顔の理由聞ける筈なんてない こみあげる涙にいつかの夢を見てたのを 願いを叶えると全てを託してた”
祐里は泣きながら、小さな声で歌い始めた
いつもの明るさは微塵もない、か細い声でたどたどしく

”二人抱しめた恋を離せずに永遠の祈りを
数えきれない思い出たちがこんな夜に溢れてくる
切なさも恋しさも何もかも分け合いながら夜を越えて
ずっと二人で生きてゆこう幸せになれる様に”

歌い終えると、祐里は再び涙が止まらなくなっていた
「あんたの大好きな歌。いつも私に歌ってくれたじゃない...」

夜空にまた祐里の泣き声が反響していた
夏未はもう居た堪れなくなってきていた。いっそ祐里と無理心中でもしたくなるレベルで辛くなってきている
仮にそれを提案したら、即刻受け入れられそうでやばい

「...男の中の男、出てこいや」
夏未は思わず呟いていた
何気ない”高田延彦”のモノマネ、いつもなら流されて終わり。しかし、今日はなぜか祐里の表情が一瞬で変わった

「ねえ、まさかと思うけど。10年前の公園で竜が会った女の子って、夏未なの?」
祐里が怖いくらいに目を大きくして聞くと、夏未は驚きながらも小さく笑って頷いた

「よくわかったね。私だよ」
夏未がそう言うと、祐里はようやく普段の表情に戻ってから小さく笑って何度も頷いた

「そっか...そうだったんだ。バカ杉浦、あんたがお礼言いたかった人目の前にいるよ...」
言って、祐里は嵌めていた指輪を天に掲げて夜空を見上げた

「神様...なんていないだろうけど、もしいたら竜を返してください。お願いします...」
祐里は再び泣き崩れ、夏未は再び言葉を失って涙を浮かべるだけであった