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「いつまで寝てるの? って種ちゃんまでここにいたの。早く起きなさい」

6畳の部屋に光の声が響いた
ん?という感じで、竜也は重い瞼を開けるとすでにだいぶ明るくなっていた
直後に「ううん」という祐里の声も聞こえ、眠そうに目を擦っている様子が目に入った

「...種ちゃん、どんだけ熟睡してるの」
もうしょうがないな、という感じで光は苦笑していた
「祐里、種ちゃん起こしてあげて。私は夏未と朝食の準備あるから」

祐里が梨華の体を揺すって起こそうとしたので、光は部屋を出て行こうとしたが

「...種ちゃん、冷たくなってる...」
そう言うと祐里はパニック状態になったので、竜也はまたくだらない冗談やめろよと梨華の腕を触った瞬間に絶句した
「...マジかよ」

二人の反応を見て光は完全にフリーズしてしまっていた
やがて祐里は竜也にしがみついて泣き始め、竜也はどうしようもない心境で放心状態になっていた

喧騒に気づいた直と夏未も部屋にやってきて、そして事情を察した
直もその場に腰を下ろして呆然としていた

祐里は激しく泣きじゃくり、竜也は魂ここにあらず状態で、直も俯いたまま一言も発さない
居た堪れない空間に耐えきれなくなったのか、光が急に頭を下げた

「ごめんなさい。私のせいだ...」
そこまで言うと、光まで泣き崩れ始めた
「私が熱冷ましの薬飲ませたから...病気の人に違う薬飲ませちゃダメだったのに...それで。。。」

今まで一度も見せたことのない光の動揺しきった姿

4人のその状況を、夏未は一歩下がったところから見ていた

いや、もちろん動揺はしているんだけど。ただ、このままじゃダメ...そう思う気持ちのほうが強かった
そして脳裏によぎったのは、普段梨華がよく話していた言葉
『あいつらさ、私がいなくなったらどうなるかが心配でさ。ずっと一緒じゃいられないじゃん? 進路違うんだから』

ともすれば暴走しがちな祐里と竜也を陰ながら支えていたのが梨華だったんだな、と改めて思い知らされた
普段なら冷静な光まで取り乱しきっているのだから、もうどうしようもなかった

夏未は思い立って、梨華が寝るはずだった部屋に行ってみた
そこで見たのは驚きの光景だった

吐血した後を必死に隠した跡、そして...

夏未は一読して目に涙が浮かんだが、それをすぐに拭い去った
夏未はそれを持ち、居間に戻ってもう一つの”モノ”を持って竜也たちの部屋に戻った

戻っても相変わらず祐里と光は泣きじゃくっていて、竜也と直は呆然と座り込んでいるだけ
そこで夏未は覚悟を決めた

竜也にしがみついて泣きじゃくっている祐里の頭に、夏未はいきなり銃口を突き付けた
「いい加減にして。ずっと泣いててもどうにもならないでしょ」

今まで見せたことのない夏未の強い言葉と表情に光は唖然としていた
竜也も直も呆然としたまま動けず、祐里は泣いたままだったが夏未のほうを見るとちらっと笑った

「いいよ。。。殺して」
それぞれの反応は、夏未の想定を大きく下回るものだったので思わず持っていた銃をその場に投げ出してしまった

「...どうして。怒ってよ...何だったら私を殺すくらい怒ってよ...」
夏未はついに堪えきれなくなって泣き出したが、持っていた梨華の”遺書”を光に手渡した

「...読んでみて。種ちゃんからみんなにって」
夏未はそう言うと、項垂れてしまった

涙目を擦りながら、光はそれに目を通すと...
「...参ったわ。さすが種ちゃんね」
言うと、今度はそれを直に手渡す
受け取った直が目を通し、思わず直は苦笑いを浮かべた。「おみとぉし!かよ。タネキには敵わねえわ」

言って、直は祐里に渡した
「杉浦、お前も一緒に読んだほういいぞ」
直はそう言って、ようやく落ち着いたのかいつもの表情に戻り、夏未のフォローに回っていた

祐里は手紙を開くと、竜也と一緒に読み始めた


『さて、あなたたちがこれを読んでるってことは私はどうやら死んじゃったみたいね
寝ようと思ったら、自分でも笑えるくらいに血を吐いてね。なんか嫌な予感がしたから書いておきます。もし死ななかったら、これ笑い話の種にできるじゃんって
実は昨日も書いたんだよね。捨てただけど(笑)

まずは光へ。あなたのことだから、熱冷ましの副作用とかで私のせいって悩んでるかもしれないけど、それは間違いだから
私が同意して飲んだんだから自己責任。責任感じなくていいからね。責任感じるんだったら、ちゃんと私の大事な仲間を助けてあげてください(笑)

次に酒樹。あんたは人が良すぎるからね。けどそれは長所だから。これからもしっかりみんなをフォローすること
無理に前に出なくていいからね、誰かが暴走しそうなときは絶対に止めること

そして夏未。あなたは大変だと思う。けれど、祐里や杉浦を陰から支えられるのは夏未しかいないと思うんだ
私の大事な友達をこれからもよろしくお願いします(笑)

祐里へ。どうせ泣きじゃくってるんでしょ? けどそれはもういいから(笑)
私がいなくなってもあなたには大切な仲間がたくさんいます。これからも楽しく過ごせるよう祈ってるからね

んで杉浦。あんたは祐里のことだけ考えてなさい。私が死んでもあんたには祐里がいるんだからね。落ち込んでる暇なんてないよ
あんたには過ぎたるものなんだから絶対に離すんじゃないよ(笑)

最後に。私は教師になるのが夢なんだって昔言ってたけど、実は去年から変わってました
明日を無事に迎えられること。それが私の夢。函館に帰ってから、これを酒の肴に数年後一緒に読みたいなと思ってるんだ
ただ、もしも...そう考えると怖くて。祐里と杉浦の部屋にお邪魔して来ます
明日、みんなに会えますように』


読み終えて、竜也は思わず天を見上げた。溢れ出る涙を抑えるのは無理だった
今度は逆に祐里がその竜也を抱きかかえた
「いいんだよ、泣いても」
そう言って祐里は自分の涙を拭うと、夏未に「ごめんね」と謝った

涙目のまま、夏未は「ううん」と首を振ったまま小さく笑った

竜也は涙が止まらなくなった
梨華といろいろあった10年間が走馬灯のように頭をよぎって、溢れ出る感情を抑えきれなかった
その竜也を、祐里は自信は涙を堪えながら慰めている。「大丈夫だから、大丈夫だから」と

「...種ちゃん。私に任せて。みんなは絶対に私が助けるから」
光は強い意志を目に宿して、一人頷いた。そして、全員のほうを向き直った

「みんな、よく聞いて。今はもう10時になろうとしてます。残された時間はあと6時間ちょっと。
もうこれ以上無駄には出来ないんだ。だからごめん、ここで種ちゃんとの最後のお別れにしてほしい」
光はそう言うと、深々と頭を下げた
「気持ちの整理はつかないのは当然だと思うけど...けどね、ここでこのまま時間を使い切るのは絶対種ちゃんは望んでないと思う」

夏未は涙を拭うと、梨華の手の上に1枚の写真を置いた
先日の祐里のファミレスでのあの写真
「手紙と一緒に横に置いてあったんだ。みんなと一緒のほうが種ちゃん喜ぶと思って」
夏未がそう寂しそうに笑うと、直が突然挙手をした

「いや、その写真だと河辺が写ってないだろ。ちょっと待っててくれ」
言うが早いか直は部屋を出て行き、そしてすぐに戻ってきた

「こっちのほうがいいだろ」
言って、直は1枚の写真を梨華の上に置いた

「実は昨日のあの瞬間を隠し撮りで動画に入れておいた」
6人でグータッチをしたあの瞬間の画像
直は照れ臭そうに頭を掻いた。動画を画像にしてプリントアウト、これを一瞬で済ませてきたらしい

「...酒樹、やるわね」
祐里は小さく笑って、右の親指を立てた

一人、涙が止まらなくなっている竜也に対して、祐里は小さく笑ったまま竜也の頭をポンポンと叩いた
「...まあ、あんたが一番種ちゃんと長いからね。気持ち整理しろっていうの無理よね...」

祐里がそう言って光と直、夏未に目で合図した
それで3人は部屋から出て行き、竜也と祐里が残された

ややあって、竜也がようやく落ち着いたのか「ごめん」と小さく呟いた
言って、何度か頭を振ってから自分の目を拭った

「ダメだわ、まーたタネキに怒られる」
涙目のまま竜也はそう言って、小さく笑った

とても安らかに、笑みさえ浮かべているような梨華の死に顔

「...なんで笑顔のままなんだよ」
竜也はそう言うと、右拳で左胸を2度叩いてから天に向かって掲げると、左目を左手で見開いて上を見上げた

祐里は黙ってそれを見守っていたが、やがて「バーカ」と小さく呟いた

「...よし、行くか」
竜也はしっかりとした眼差しで祐里を見据えると、祐里もしっかりとその目線を受け取ってから頷いた

「タネキ。何があっても進藤だけは絶対に守るから。見守っててくれ」
竜也は内心そう呟くと、祐里と共に部屋を後にした